第21話 猛獣なんだけど!♡♤



「えっと、出雲……観光地だった気がする。たしか縁結びで有名な神社があった」


 東日本では確実にない。九尾が西国の王とも言ってたからな。西日本のどこかだ。

 せめて京都くらいならよかったのに。地理的にも予想がつくし、ていうか、地名に異世界らしさが皆無。もっと異世界来ましたー感が欲しかった。


「こんなことなら、日本地図、持ってくればよかったなぁ」

「出雲は、出雲の国の首都じゃ。以前は尼子氏がおさめておった」

「いや、急に戦国設定とかいらないから!」


 その言いかたなら、静岡県だって駿河国するがのくにじゃないとおかしいだろ。


 とにかく、新幹線じゃないとツライ距離だということはわかった。電動自転車あって、ほんとによかった。徒歩だったら、それだけで何年かかったことか。戦国時代の人は一日に何十キロも歩いたらしいけど、現代人のおれにはムリ。


「玲音。森に入るぞえ。気をひきしめるがよい。ここからは何が起こるかわからぬ」


 九尾に言われたけど、なんかぜんぜん危険なふんいきじゃないんだよな。

 木漏れ日がさす明るい雑木林だ。森ってほどじゃない。ただ、草原と違って倒木とかあるから、チャリで通るのがキツくなってく。そこが難点だ。


「サイクリングロードでもあればなぁ」

「ある」

「えっ? あんの?」

「かつてハイウェイと呼ばれておったものがある。今、そこにむかっておるのじゃ」

「なんだ。そうか!」


 よかった。高速使って移動できる。と安心してると、九尾が変なことを言った。


「ただし、移動の要所ゆえ、見張りが立っておるじゃろうのう」

「誰の? 西国の王以外にも王様とかいんのか?」

「もちろん。皆が皆、王と呼ばれておるわけではないが」


 そうだよな。おれ以外に男が十九人いるんだもんな。


「あれ? でも、おれ含めて二十人の男がさ。全員、日本に集まってるわけじゃないだろ?」

「世界中に散らばっておるらしい。日の本におるのは六人じゃ」


 二十人のうち六人がこのせまい日本に? けっこう多くね? やっぱ、八乙女博士がいた国だから、この世界の要ってことか?


「そういえば、西国の王の名前も外国人だもんな。有沢みたいに、日本人のくせに変なニックネーム使ってるのかな?」

「そこまでは知らぬのう。わらわも西国の王に会ったわけではないからの」


 話しながらペダルこいでたんで、なんかにひっかかってしまった。見事に自転車ごところぶ。


「イッテェー!」ってほどでもなかった。わりと、フカッと着地した。茂みの枝葉のおかげかな?


 おれはのんきにかまえてたんだけど、自転車止めてこっちを見る九尾の顔つきがかたい。

 色っぽく着物の裾をふとももまで乱して、見えそうで見えない感じが視線を離さない。あんだけヒドイめにあって猛省したってのに、おれの息子は元気だなぁ。

 それにしても、自転車こけたぐらいで、やけに緊張してる。


「あはは。カッコわりぃ。さ、行こう」


 おれは立ちあがって、自転車を起こそうとした。したんだが……。


 ん? なんか背後で異様な物音が? グオオとかなんとか? イヤな気配を感じる。


「……玲音。動いてはならぬ」

「えっ? なんで?」

「背中をむけて逃げると、追ってくるのじゃ」

「……」


 追ってくる? 何が?

 おれは恐る恐る、目玉を動かした。そおっと背後に視線を送る。おれの頭よりだいぶ上に顔みたいなものがある。人間……いや、そんなわけないな。人間なら身長三メートルだ。


 ちょっと待て? 三メートルもある何かが、おれのうしろに立ってる? しかも人間じゃない何か? つまり、そういうこと?


 ごくりと息をのむ。

 どうしよう。動いたら、おれ、られるんだろうか?


「ど、どうしたらいいんだ?」

「戦うのじゃ」

「た、戦う?」


 もしかして、これ、ザコ戦か? そうなのか?

 ウソだろ? だって、どう見ても、ニホンツキノワグマなんだけど!

 いきなり熊かよ? 熊? 猛獣じゃん!


 ああ、戦闘音楽とかなしで、いきなり遭遇そうぐう

 思ってたのとぜんぜん違う。

 これがバトル? やっぱさ、ただの暴力だよな?


 しょうがない。おれはゆっくり、ふりかえった。相手を怒らせないように、じわじわ、ジリジリ。


「グオオオオッ!」


 って、もう怒り狂ってる!

 憤激する猛獣と戦闘……イヤだ。この世界。冒険者に優しくない。


「玲音。ひるんではならぬ。スキルを使えばよい!」

「スキル?」

「時よ止まれじゃ!」


 そうだった!

 でも、その瞬間だ。

 おれはものすごい衝撃を受けて、ふっとばされた。む、胸が……焼けるように痛い!


 頭がグラグラして意識が遠くなる。

 いきなり猛獣はダメだって。

 せめて、スライム……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る