第22話 お待たせ! 玲音!♡♤



 ああ、強くなる決意したばっかなのに、ここで死ぬのか?

 ツキノワグマと対等に戦えって、そんなの一般高校生に要求したってムリに決まってるだろ!


 怒りのせいで、なんとか気絶せずに保った。


「時よ、止まれ……」


 虫の息なんだけど、つぶやく。

 熊のやつ、うしろ足で立って、前足伸ばしたまま、氷づけになったみたいに硬直した。前足の片方の爪は血にぬれてる。おれの……おれの血だ。


 胸元に視線を落とすと、服がやぶれて、見事に三本の爪痕がついてる。皮膚がはがれて血がダーダー流れおちてる。


「もう……ダメだ……」

「玲音! 倒すのじゃ。十分ほどで魔法は解けるぞよ」

「そんなこと……言ったって……」


 熊に胸肉えぐりとられたんだぞ! この状態で動くのもままならないんだよ!


 ダメだ。貧血のせいか、立ってられない。めまいがする。耳鳴りも。

 おれは地面にひざをついた。このまま倒れれば、魔法が解けたあと、熊になぶり殺しにされるのはわかりきってる。


 そうだ! 時間を戻すんだ。有沢のときみたいに。それで、ケガを治せば——


「と、時よ、もど……」


 まだ言いきる前に、九尾が宣告した。


「玲音。時戻しは一日一度しか使えぬ大技じゃ。明日にならねば使えぬ」

「そんな……」


 じゃあ、どうするんだ?

 こんな立ちあがることもできないフラッフラのおれに、熊を倒すことはおろか、逃げだすこともできねぇよ。


「なぐるがよい! 玲音は武器を持っておらぬから、素手か、けりしか攻撃手段がない」

「なぐるって……」


 そんなことより、止血してほしい。おれ、死ぬよ。失血死だ。なんか意識がもうろうとして、あんま痛みも感じねぇかも。


 何度かきつく目を閉じたりひらいたりして、どうにか意識を集中する。ほんとのとこ、半分、上の空だった。力なく、こぶしをつきだす。


 あっ?


「グオオオオーンッ!」


 熊がふっとんだ。

 布団がふっとんだくらいキレイに弧を描いて、二十メートルは空中をつきぬけていった。


 嘘だろ? 瀕死ひんしのおれのヨレヨレパンチだぞ?

 伸ばした手の甲が、なんとかポテンと獣毛をなでた。それだけなのに?


「玲音! やったぞえ! モンスターを倒したのじゃ」

「モンス……」


 いや、ふつうにニホンツキノワグマだったけど。

 勝ったのか? これでいいのか? これがバトル?

 いつも命がけなのか?


「も、もうダメ……だ」


 目の前がブラックアウト。

 何も……見えない。

 このまま眠ったら、ラクに死ねそうだ。



 ——山田くん。ダメだよ。死なないで。


 誰?


 ——お願い。もうちょっとだけ、がんばって。信じてる。待ってるから。


 沙織……?



「——音! 玲音! しっかりしろぉ!」

「玲音。わたくしと心の波長をあわせて」

「スキルじゃ。呪文を唱えるのじゃぞ」


 誰? 沙織? 何さわいでるの?


 あんまりさわがしいので、うっすらと目をあけた。沙織の顔が三つも見える。ついでに胸の谷間もだ。うち一つはかなり巨乳。たゆん、たゆん。手ェつっこみてぇ。

 えーと? まさか、九尾が分裂したとか? それはないか。たしか、レジェンドだから分裂能力ないとか言ってたもんな。


「玲音! キュアと言ってみてくださいませ」


 ピンクの髪……ん? キュア?


 そのとたん、おれはパッチリと目が覚めた。

 どこも痛くない!


「ケガ、治った?」


 嘘だろ? 肋骨見えてたぞ?

 でも、たしかに見おろしても、さわってみても、もう穴も爪痕もなかった。流れた血が服を汚してるだけだ。


「玲音! よかった! 治ったんだな。チクショー!」

「わたくしのスキルの発動がもう少し遅ければ、手遅れでしたわよ」


 両側から抱きついてくるのは、おおっ、紅葉と桃花じゃないか。


「な、なんで二人がここに?」

「逃げだして追ってきたんだよ。死にかけてっからビビったぜ?」

「感謝してくださいませね」


 どうやら、おれは桃花のスキルで回復したようだ。そう言えば、回復魔法を持ってるって言ってたっけ。


 九尾が厳しい小姑みたいな顔つきで説明する。


「玲音。今後のこともあるゆえ、しっかり学習しておくのじゃ。スキルはホールダー一人につき一つじゃ。カスタムゼロ以外はな。スキルは持っているだけで主人に効果をもたらすものと、呪文を唱え活用する魔法系とにわかれておる。魔法系はスキル一つにつき、大技と小技があるのじゃ。わらわの時戻しと時止めのように。大技は日に一度のみ使用可。小技は一度の戦闘につき一度ないし最大三度使えるものもある」


 桃花があとをとった。


「わたしの回復スキルは、味方全員を全回復するキュアと、味方全員を全蘇生するリバイブが使えるのですわ。当然ですけど、リバイブが大技ですから、使いどころを考えてくださいませね」

「全回復と全蘇生? すげぇじゃん」


 桃花はうっすらと頬を染めた。照れてるけど、誇らしげではある。


「それはまあ、スーパーレアですもの。ただし、キュアは一日に三十回しか使えませんわ。ご留意くださいね」


 いや、死にかけてたのに、あとかたもなく治るとかスゲェから。三十回も使えるなら充分だ。


 おれはたぶん、期待するような目で紅葉を見たんだと思う。九尾にしろ、桃花にしろ、スゴイ技が使える。もしかしたら、紅葉もそうなんじゃないかって。


 紅葉はちょっと困った表情で、

「わりぃ。おれはレアにすぎねぇから、そこまでじゃねぇよ。獣使役ってスキルだ」

「獣?」


 紅葉は親指を立てて背後を示した。どこのサラブレッドかっていう立派な馬が二頭いる。どうやら、それに乗って、紅葉と桃花は追いついてきたらしい。


「モンスター化してない動物なら、なんでも服従させることができる。おれのスキルは戦闘中は使えねぇけどな。そのかわり、戦闘中以外ならいつでも、マスターとおれ自身が使えるんだ。要は持ってるだけで効果あるアビリティ系だな」


 それだって、スゲェ。

 もしかして、そのへんの鳥つかまえて伝書鳩がわりにできたりするんだ? 犬猫だってモフりほうだい?


 おれのホールダーって、じつはなにげにスゴイんじゃね?

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