第20話 次の目的は?



 岩場を隠れみのにして、都市から離れていった。チャリは電動だから、けっこういい感じにすっとばす。

 岩場が目立たなくなると、まわりには草原がひろがっていた。人工の建物がいっさいない。何もさえぎるものがない青空を、おれは生まれて初めて見た。


「うわー。すげぇ。こんなのゲームのなかでしか見たことないよ」


 世界は滅びたなんて言われてたから、もっとこう荒廃した感じを想像してた。でも、人間がいなくなれば、そこは自然に還るだけのことなんだと、おれは痛感した。


 遠くに森が見える。

 だけど、都市に近いあたりは畑だ。動物よけだろうか。区画ごとに鉄柵でかこまれている。さっきのに似た造りだ。背の高い鉄柱は散水用のスプリンクラーだろう。


 九尾がそっちをさけるんで、近くから見ることはできない。でも、おれが毎日食ってた野菜は、ここで作られてるんだとわかった。ジャガイモやトウモロコシやニンジンなんかだ。野菜のなかでは比較的に栽培がかんたんなものなんじゃないか。だって、肝心の米や小麦がないってのは、そういうことだ。


 遠すぎて、よくは見えないけど、そこで作業してる人間がいることはわかった。たぶんだけど、みんなまた沙織だ。この星には彼女のクローンと変異体しかいないんだから。


 でも、なんというか、動きがみんなヨボヨボしてないか?

 髪も白い。九尾だって白いけど、ふんいきがぜんぜん違う。


「あれって、もしかして、みんな、年よりの沙織?」


 おれが畑を指さすと、九尾は悲しげな顔をした。

「十五歳までにホールダーになれなかった者は牧場行きじゃ。そこで多くは食肉に加工される。分裂の限界に達するまで生きのびても、次は農場送りとなる。ああなると、肉としては極端に味が落ちるからのう」


 運よく食われずに生き残っても、死ぬまで労働か。

 天国なんかじゃなかった。とんだディストピアだな。

 だから、最初の日におれのホールダーに選ばれなかった子たちは、あんなに必死になって殺しあったんだ。天国か地獄かのわかれめだったんだ。

 みんな、沙織なのに……。

 もとは同じ、一人の沙織だったのに。


「牛や豚を育てることはできないのか?」

「そのためには家畜のエサとなる植物も育てねばならぬじゃろう? コスト面から言っても、容易さから言っても、分裂増殖のほうがラクに手に入る」

「そうかもしれないけど」


 まあ、八乙女博士だって、好きで自分の愛娘をこんなふうに改造したわけじゃないだろう。どうしても、そうせざるを得なかったってことなんだろうけどさ。納得いかないんだよな。


「沙織の親父さんは、なんで自分を改造して増やそうとしなかったんだろう? いや、もちろん、おれは沙織のほうが嬉しいよ? 召喚された世界におっさんしかいなかったら、ほんとに地獄だと思う」

「娘だけは生かしたい親心じゃったろう。じゃが、それ以前に、細胞の若さの問題もあったのじゃ。生き残っておる者のなかに、ティーンエイジャーが娘の沙織しかおらなんだのじゃ。クローン再生、分裂増殖する個体は三十年しか生きぬ。大元が老齢であれば、寿命はさらに短くなるであろう」


 なるほどね。そういうことか。


「それにしても、九尾。どこにむかってるんだ? おれ、これからどうしたらいい? 強くなって、いつか、あの都市へ帰るとは思ってるよ? けど、具体的にはどうしたらいいんだ?」

「まずは戦闘を重ねてレベルをあげることよのう。細かいところでは、日々の飲食物を得ねばな」

「たしかに」


 今朝までは黙ってても食べ物が運ばれてきた。今日からはそうはいかないんだ。自分で調達しないと。

 そのへんにコンビニでもあれば……ああ、ほんと、おれたちの世界って平和で便利だったんだな。すべてが満たされてた。


「大きなところでは、誰かと協定を結ぶとよかろう。とりあえず、その者のもとで寝食を得つつ、レベルをあげるのじゃ」

「そうだな」


 協定か。

 誰かと共闘して有沢を排除するって選択肢もあるのか。

 それはいいかもしれない。なにしろ、悪名高きアリョーシャだから、やっかいに思ってるやつは、きっと少なからずいる。


「おれと協定結んでくれそうなやつの心あたりってあるかな?」

「たとえば、西国の英明王と名高き、ディートリッヒ・アルムガルトならば適任じゃな。和睦わぼくにより、広大な領土を統括する賢き王じゃ。弱き者も快く受け入れ、庇護ひごしてくれるという話じゃのう」

「よし! そこに行こう!」

「うむ。参ろうぞ。では目的地、西国出雲じゃな」


 えっ……?


「出雲?」

「出雲じゃ」

「えっと……ここ、どこ?」

「静岡じゃ」

「だよね。おれの実家」


 静岡県静岡市。

 富士山が見える三保の松原が近い。やっぱり、この世界でもちゃんと、土地的にはもとの世界と対比する位置に来てたんだな。


 えっと、出雲ってどこ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る