四章 放浪の日々
第19話 都落ちのおれ
考えてみれば、かんたんに肉を増やすには、アレが一番なんだ。
ほかの都市でもたぶん、みんな同じことがおこなわれてる。それで、順番に食べて、食べられて、世界がまわってるんだ……。
「しかたないのじゃ。わらわたちには、いくらでも代えがおるからの」
「でも、でも……」
おれが食ってたのも、彼女たちの肉だった。
だから、沙織はそれを悟らせないために、いつも一人で準備してたんだ。
でも、それについては不思議なほどイヤな気はしなかった。たぶん、これが昨日の夜に知ったことなら、おれは発狂しそうなほど不快になって、混乱し、沙織にあたってあばれまわってたかもしれない。でも、今はいろいろありすぎて、気持ち悪さや沙織を責める気分は湧いてこなかった。ただ、悲しい。
ごめん。沙織。
おれ、なんもわかってなかった。沙織は言葉どおりの意味で、身を挺しておれのためにすべてを捧げてくれてたんだな。
「玲音。バイセクルじゃ」
「うん」
ひたすら九尾についていった。泣きながら。
今日、おれは死んだ。昨日までの弱くてダメなおれは死んだんだ。
強くなって、もう一度、ここへ帰ってくる。そして、沙織をとりもどす。できることなら、おれのホールダーじゃない子たちも、みんな幸せにしてやりたいもんだ。どうやったら、そんなことができるのか、まだサッパリ見当もつかないけど。
「九尾」
「うむ?」
「バイセクルって、コレか?」
「うむ」
「……」
まちがいない。
そうだった。チャリって英語でバイシクルだよな。まあ、徒歩よりはマシだけど? あっ、それに電動式みたいだな。ギアついてる。
「九尾は乗れんの? コレ」
「問題ないぞえ」
どう見ても問題だらけなんだが。自転車って振袖で乗るもんじゃないだろ?
前に大正時代の女の子が袴とブーツはいてチャリ乗ってる映画、見たことあるけど、九尾のはほんとにただの着物。袴もブーツもないから、当然、チャリンコに乗れば、裾がはだけて、そこはかとなく色っぽいことに……。
いや、妄想してる場合じゃない!
とにかく、時間がない。
おれたちはそれぞれチャリをころがしつつ、ゲートにむかった。時間は——ギリギリだ。もうすぐ、やつらが来てしまう。
「当面、ここには帰ってこれぬぞ。玲音」
「わかってる」
「つらい旅になるやも知れぬ」
「覚悟の上だ」
長い廊下がまっすぐ続く。廊下というか、坂道と言ったほうがいい。傾斜がある。地上に通じてる道なんだ。
そのさきにゲートがあった。
四角い細い線が白く光ってる。あそこにハッチがあるんだろう。
おれは九尾とならんで、ゲートをめざした。もし、ここであのアリョーシャやろうに捕まったら、もうおしまいだ。
けど、ほんとにタッチの差だった。おれと九尾がゲートをとびだすのとほとんど入れ違いくらいで、数人の女の子がやってきた。
「裏口って、ここ?」
「じゃないの?」
「あたしたちだけで見張ってたって、戦えないよ?」
「出てきたら、マスターに知らせればいいのよ。そんなこともわかんないの?」
「あたしもアリョーシャといっしょのほうがよかったなぁ」
「しょうがないでしょ。文句言わない」
「へーい」
まちがいなく、有沢んとこのホールダーだ。
都市のまわりは大きな奇岩にかこまれてた。あちこちに岩が点在してるんで、隠れるには適してる。
どうにかこうにか見張りの女の子たちをかわしながら、少しずつ遠くなった。
その直後、魔法が切れた。一瞬、風景がブレて、空間のゆれを感じた。ふりかえると、ゲートの見張りが三倍に増えてる。あれじゃ、少しでも遅れてれば都市から逃げだせなかった。
「あれが、おれたちのいた都市か……」
ここからなら都市の全容が見えた。背の高い超高層ビルっていうか、レース編みの塔みたいな白いSFチックな建造物が数本ならんでる。塔と塔のあいだを白いレールがつないで、見るからに繊細な感じ。まるで空にむかって咲く花みたいだ。
ああ、あのキレイな都市を追いだされて、おれは旅立つんだな。完全なる敗北。都落ちだ。おれは追放された。というより、逃走した。
おれの大事な……一番大事な
八乙女さん……君の思い出まで破壊されたような気がする。
ただひたすらみじめで、胸の奥がかきむしられるように、焼かれるように、切り刻まれるように痛い。じくじく、なんかが流れてる。
叫びたいような、泣きたいような気持ちを抑えながら、おれはチャリにまたがった。
ごめん。沙織。必ず、とりもどしに来る。それまで、どうにか無事でいてくれ!
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