第18話 地下の秘密



 都市のなか、ほとんど歩いたことないから、どこへむかってるのか、さっぱりわからない。


 銀色の壁と細い廊下。

 階段やエレベーター。

 下へ、下へと九尾はおれを導く。


「地下に乗り物があるのじゃ」

「乗り物?」

「バイセクルとか言うものじゃ」


 バイクのことかな?

 まあいい。乗り物はたしかに必要だ。


 ときどき廊下で人影を見るけど、みんな、だ。増殖した沙織たち。ほんとに、みんな同じ顔。世界人口二十億人のほぼ全員が沙織だって、ほんとなんだ。


「玲音。急ぐのじゃ。時間があまりないゆえな」

「なんで?」

「一時間したら、アリョーシャの軍団が来るじゃろう。都市のゲートはすべて見張りがつくに相違ない」

「それもそうか」

「それに、ちょうどそのころには魔法の効力も切れるゆえ。もとの時間に戻るのじゃ」


 もとの時間。つまり、一時間後か。


「となると、追いかけてきてるな」

「うむ」


 つまり、やつらの到着前にこの都市を出ていくしかないんだ。

 それにしても、地上までえらく遠いなぁ。いったい、ここ何階建てなんだ?


「あとどのくらいでゲートにつく?」

「ここが今、二十階じゃな。地下へよってから表ゲートにむかったのでは、まにあわぬぞえ。裏ゲートより出ようぞ」

「裏ゲート?」

「地下じゃ」


 どつちみち地下をめざしてるんだから、そのほうがムダがないだろうな。


「しかし、玲音。心しておかねばならぬぞよ?」

「なんで?」


 これ以上、落ちこむことなんか、もうないよ。

 なんて考えてたのに、そうでもなかった。地下で待ってたのは、衝撃の光景だったからだ。


 おれは今まで、快適な生活をあたりまえに享受きょうじゅしてた。食べ物があって、欲しいものを言えば、なんでも沙織が持ってきて、心地よい寝床があって、労働することもなく、退屈だとか贅沢ぬかしてられた。


 でも、その裏にはこういう犠牲があったからなんだ。


 ようやく地上階から地下へ入る。地下は照明もほとんどなく暗い。ぼんやりと非常灯のようなものだけが緑色に光る薄気味悪い空間。


「九尾。前がよく見えない」

「わらわのをにぎっておるのじゃ。あやまたず、ついてくるのじゃぞ」


 九尾の着物のたもとをにぎりながら、カツンカツンと、やたらに足音の響く、鉄骨の階段をおりていく。

 天井の高い吹きぬけになってるようだ。下のほうをのぞくと、蛍みたいな小さな緑の光のなかに、大勢の人影が黒くうごめいている。フリーの沙織の集団か? それにしても、もっと明るい地上の部屋にでもいればいいのに。


「ここは?」と、おれがたずねると、九尾はこう答えた。

「牧場じゃ」

「牧場?」


 じゃあ、人影に見えるけど、見間違いか? いつも、おれたちが食ってた牛。または熊とかなのかな? 暗くてよく見えないけど、どう見ても二本足で立ってるみたいに見えるんだが……。


 二階か三階ぶんはおりただろうか?

 近づいて、おれはがなんなのかわかった。


 牧場、そして、おれたちが食ってた肉——


「な、なんだよ、ここ……」

「しッ。きゃつら、御身を見れば、襲ってくるやもしれぬ」

「襲う? だって……」

「御身のホールダーにしてもらうためじゃ」


 そうか。たしかに、前に殺しあった子たちみたいに、パニックが起こる可能性はある。


 おれは息をひそめて、それをながめた。

 恐ろしい……いや、なんて悲しい景色だ。

 これが牧場。

 つまり、ここで飼育されてるのは……。


 遠くから見て二本足に思えたのも当然だ。全員、人間なんだから。

 みんな同じ顔。沙織だ。

 髪の色や目の色、肌の色は多少違う。が、その多くはカスタムゼロのようだ。


 ケージのように柵にかこまれたせまい空間に、二、三十人ずつが閉じこめられている。そんなケージがたくさん集まっていた。


 みんな、全裸だ。

 そして、しばらくすると、ケージの一つに、とつぜん雨が降った。スプリンクラーがひらかれたのだ。火事でもないのにどうしたんだろうと思ってると、ケージのなかの沙織たちが苦しみだす。


「うわあああーッ!」

「イタイ、イタイッ……」

「ギャアアー!」


 悲鳴があっちからも、こっちからもあがる。

 おれはもう見てることができなかった。同じだからだ。前に百合が目の前で分裂したとき。

 たぶん、あのスプリンクラーのせいだ。きっと、分裂をうながす薬剤が散布されてる。


 つまり、あの肉は分裂して増殖した、沙織……。


 おれは涙があふれた。

 ホールダーに選ばれなかった沙織たちは、みんな食肉用の牛や豚みたいなあつかいを受けて、ただ分裂して増えるためにだけ生かされている。


 沙織。沙織……。

 なんで君が、ここまでヒドイあつかいを受けなければならないんだ?

 こんなの、まるで家畜じゃないか。いくら無限に増えるからって、ヒドすぎる。

 まさか、八乙女さんの父親は、このために娘を改造したとか?


 やっぱ、この世界嫌いだ。

 ぶっこわしてやりたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る