第9話 増殖するヒロイン



 わけはわかんないけど、妙に背筋がゾッとする。

 この恐怖。

 前にもどっかで感じたっけ。

 そうそう。残り一枠をめぐって、女の子たちが殺しあいを始めたときだ。あのときも恐怖にすくんで動けなかった。


 あんな感じの冷たい気配。

 百合はあいかわらず、ううう、ううううと押しつぶされたような声をあげてる。


「お……おい? 百合。大丈夫なのか? どっか、ぐあいでも……」


 だが、そのときだ。

 ギャアアアッ——と、まるで断末魔の叫びを発して、


 おれからは黒いシルエットしか見えてない。見えてないんだけど、とうとつに頭からバリンと、その影が大きく二又になった。うしろから見ると、Yの字だ。


「……ゆ、百合?」


 正直、腰がぬけた。へたすると、チビってたかもしんない。怖すぎて頭、真っ白だ。


「痛い……い、痛い……イタイよぉーッ!」


 百合は叫びながら、どんどん裂けていく。割れめがいっきに腰まで。


 おれは気がついた。

 ただ裂けてるんじゃない。は裂けた上半身だけ、二人になってる。裂けたさきの両方に頭が一個ずつ、腕が二本ついてるじゃないか。


 まるで、プラナリアだ。切れめを入れると、そこから体が増殖していく。それを早まわしで再生してるみたいに、ぐんぐん裂けていく。


 二人の百合は上半身を倒し、ウゴウゴと両腕で床をひっかいた。腕の力でひっぱって、さらに腰から下を分裂させようとしてる。


「ヒイイイイッ……」という、なさけない悲鳴は、たぶん、おれ。

 自分が泣いてることすら、そのときは意識してなかった。


 カーンと竹を割ったような音がして、百合の腰がちぎれた。そのままの勢いで、メリメリメリッと、足が分断される。落雷が木を直撃したみたいな感じで裂けた。


 つまさきまで完全にわかれた百合は、力つきたようによこたわってる。二人(二人なのか?)とも動かない。


「し……死んでない、よな?」


 アレだ。ついに見てしまった。沙織が言ってたやつ。

 わたしたちは分裂して増殖するんですって。


 ほんとに分裂した。

 まさか、目の前でそれが起こるなんて。

 こ、こんなの、人間じゃねぇよ。コエーッ!


 おれは怖々、近よった。

 本心のとこは、こっそり逃げだそうとしたんだが、フットライトに照らされて、妙にキラキラしてんだよな。

 なんだ、あれ?


 ちょっと気になったんで、二人のわきをそろそろ通りぬけ、壁ぎわのスイッチを入れる。わりとレトロな設備。近未来なんだから、音声リモコンとかでもいいのにな。


 パチッ。

 照明がついた。その明るい白い光のなかで、を見たおれの体に電撃が走る!


 な、なんと……なんという美しさァー! うおおおおー!

 長い足。丸くてプリンプリンな小尻。うつぶせに倒れてるから背面しか見えんじゃないか。でも、クルクル巻いた長いブロンド!


 出た。金髪美少女だ。肌の白さも、これは白人のそれ。

 変異したんだな。

 百合が茶髪ゆるふわ巻きだから、さらに変異が進んで金髪巻毛になったんだ。


「お、おい。大丈夫か?」


 肩に手をかけると、金髪美少女は起きあがった。うるっとおれを見つめるブルーグリーンの瞳。


 オーノー! おれ、おれって、もしや、金髪ふぇっちぃだったーーーー!


 まちがいない。

 初めて知った自分の性癖。

 沙織(つまり好み)の美少女顔で、純白の肌にブルーグリーンの双眸そうぼう、輝く巻き巻きブロンド。まっきー。

 来る。思いっきり、下半身にビーンと来た!


 ああ、おれ、この子が第一夫人だったらよかったなぁ。


「君をホールドする!」

「ありがとう」


 ちょっと外国っぽいアクセント。透きとおる声。

 綿菓子……いや、ハチミツか? 薔薇ばらの花にも似た。その場合、白薔薇だ。ミルクセーキみたいに白くて甘い女の子。


「うーん、フランソワーズ。長いな。アンジェリク。なんかのマンガの主役っぽい。ジャンヌ……違うな。よろい着て戦いそう。君にピッタリな名前はなんなんだ?」


 このさい、せっかくだから西洋人っぽいのがいい。推奨すいしょう横文字。


「わたし、百合から生まれたし、リリーでいいよ?」

「えっ? リリーって百合だよね?」

「百合から生まれたし」

「でも、イメージ薔薇なんだけど」

「じゃあ、ローズ」


 ローズ……。


「ふつうだな」

「ふつうでいいよ」


 笑顔がマックスキュートッ!


「じゃ、ロザリーにしようか。ロザリー・ローズ。短く呼ぶときは、ロロ」

「ロロ。可愛い」


 可愛いのは君だ。

 ゴッデース! 美神。まさにヴィーナス。


「じゃ、さっそく、ベッドに行こう?」

「ふふ」


 ふふっ、だって。可愛いなぁ。


 それにしても、百合は死んだのか? 分裂すると、分裂前の子は死んじゃうのか?

 あ、起きあがった。生きてんだ。でもなぁ。分裂する瞬間、見たからなぁ。コエーんだよな。半分に割れかけたときの顔を思いだす……かなりグロかった。


「あ、百合。ご苦労さん。帰っていいよ。分裂して疲れたろ?」

「……」


 百合は無言で立ち去った。

 後日、これがもとで、おれはとんでもないハメにおちいる。

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