第2話 召喚されましたとか、マジか♡



 転生、転移、召喚——

 今のおれたちの年齢で、それを聞いたことないやつなんていないと思う。

 おれもテレビやマンガやアニメのなかでは、さんざん見たよ?


 見たけどさ。いざ、それが自分の身に起こったら、ぜんぜん嬉しくないね。

 たしかに、この床の無機質な固さとか、八乙女さんの少女らしい可愛いエロ全開なボディーとか、どうにもっぽい。

 ただの夢じゃないんだろうよ、これは。

 夢のようなひとときをすぎたあと、ちょっと冷静になってみると、サアッと血の気がひいた。


「あの、それでおれ、もとの世界に帰してもらえるんだよね?」

「それはムリ。召喚機は一方通行だから」

「えっ……? ということは、おれは?」

「ここでずっと、わたしといっしょに暮らそ?」


 おれはここらで一回、気を失ったほうがいいかなと思った。もしかしたら、次に目がさめたら、なーんだ、ただの夢でしたってオチもあるかもと、木綿糸くらい希望にすがってみた。


 でも、よく考えたら、好きな子が目の前にいて、おれの第一夫人? だかなんだかになってくれるという。いや、もうなった。二人は熱い契りをかわした。楽しかった。

 これから毎日、あんな気持ちいいことできるんなら、それもいいんじゃね、というわけだ。


 問題は、この世界の文明が、どのていど保たれてるかだな。

 さすがに水洗トイレないと、生きていけない気がする。


「あの、この世界、滅んだって言ったよね?」

「言ったけど」

「それって、生活するのに困るレベル? あっ! だから、八乙女さん、裸なの?」

「それは、あなたを……誘惑するためよ」


 ぽっと頬を赤らめて、しなっと両腕で上下隠そうとするんだけど、今さらだから。しっかり見たよ。手のひらの感触で、サイズ感もおぼえたし。


「人類は滅びたけど、生活には困らないよ。都市のなかにいるかぎり」

「でも、ほら、パンデミックが! 感染すると百パーセント死ぬんでしょ?」

「それももう大丈夫。父がわたしを改造するときに、あの病気にかからないようにしてくれたの。あなたはわたしとつながったから、わたしを媒体にして免疫を持った」

「そうなのか」


 なるほど。じゃあ、ひとまず、安心か。

 文明的な暮らしが約束されて、こんな美少女がそばにいて、病気にもかかる心配ない。

 あとはもとの世界の新作ゲームできないとか、連載中のマンガ読めないとかくらいだけど、それはまあ、我慢できなくない、たぶん。もしも退屈したら、この世界のマンガ探して図書館行くか。うん。それがいい。


「わかった。なら今、何時? 学校行くの?」

「そんなのないよ」

「じゃあ、働くの?」

「わたしたちが生きてくために必要な仕事は、全部、ロボットがしてくれるよ」


 な、なんてことだ! 勉強も仕事もない? それって、やっぱり天国じゃないか!

 美少女と毎日イチャイチャするだけの世界。

 そんなの、ほんとにあっていいのか?


「ほんと? それでいいの? だったら、おれ、なんか食いたいなぁ。腹へったよ」

「食堂に行きましょ」

「お金は?」

「あなたはタダよ。というか、基本的に人間は都市のなかのもの、なんでも自由に使っていいの。ただ、気をつけないといけないこともあるんだけど……」

「へえ。どんな?」


 八乙女さんが何か言いかけたときだ。急に外がさわがしくなった。壁がガンガンたたかれる。


「おいこらァー! カスが男ひとりじめとか、ふざけんな? 出てこいやー!」

「そうですわよ。貴重なものはみんなでわけあいませんとね」

「あうっ、あうっ、ヒドイでしゅ。ゼロカスタムさんがイジワルするでしゅよ」


 何アレ? 今度は何が起こってる?


「女の子の声がする」

「……もうかぎつけられたんだ。けっこう、がんばって追跡できないよう、ごまかしたのにな」

「えっと、八乙女さん」

「沙織って呼んで」


 八乙女さんはおれの目を下からのぞきこんでくる。うるっと大きな目で見つめられると、はいはい。なんでも言うこと聞くけどね。


「さ、沙織?」

「うん。わたしも、玲音れおんって呼ぶね」


 ふたたび、感激ー!

 下の名前も知ってたんだ?

 ……いや、世界が違うんだから、おれのクラスメイトの八乙女——いや、沙織じゃないのか?

 てことは、なんで、おれのこと知ってたんだ?


「えっと、なんで、おれの名前を?」

「召喚者の記憶はステータスを見ればわかるから。あなたが気絶してるあいだに見せてもらったよ」

「ステータス?」


 今度はゲームか?

 しかし、そんなこと考えてる場合じゃない。

 外のさわぎは、どんどん激しくなり、ついにはドアがやぶられた。外からすごい勢いであけはなたれる。


 そして、おれは呆然とした。

 いや、じつのところ、さっき、なにげに沙織が話してたんだけど。そこまで重視してなかったつうか、ほかにも気になることだらけで聞き流してしまってたってか。


 とびこんできた女の子の一群は、みんな、同じ顔だった。

 全員、だ。

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