ceathair
「さぁ、着いたよ。ここがトリニティ・カレッジだ」
オシーンに連れられるまま、見知らぬ街を歩く。彼は絶えず話し掛けてきたが、そのほとんどが頭の中に入らず、桜井の耳をするりとなぞっていった。
「この大学は図書館が立派でね、観光客の間でも有名なんだ。さて、今日はどうかな……」
オシーンは荷物を半分奪った代わりに、桜井の左腕を掴んで離さない。決して逃がさないと言わんばかりに、強引に体を引き寄せてくる。
「……ああ、意外も意外。随分と空いているじゃないか。良かったね、キョウ」
「あ、はい……」
嬉しそうな口調の彼は、にこやかな微笑みを浮かべている。あのカフェでの剣幕が、まるで嘘のようだ。……いや、嘘だと思いたかった。
「どうだ、すごいだろ? こんなに大きな図書館ができるなんて、全く思ってもみなかったよ」
「た、確かに、大きな図書館ですね……」
堂々とそびえたつ本棚に、ぎっしりと並んだ書物。架空の世界に存在すると言われても、容易に信じてしまいそうだ。これは確かに、圧巻と言わざるを得ないだろう。
「しかし、ここに来るのは久しぶりだな……。よし、今日は上の方を見てみよう」
そうつぶやいた途端、オシーンは近くに立て掛けられていたはしごを使い、するすると上へ上ってしまう。随分と空いているどころではなく、誰もいない大図書館の中で、彼の足音だけが響き渡った。
「あ、こんなところに……。ふふふ、面白い本を見つけたよ」
何やらクスクスと笑いながら、身軽に下りてくるオシーン。そのまま床に足をつけると、桜井の左腕を無理やり掴み、ベンチの方へと引っ張った。静寂に包まれた空間に、二人の声が反響する。
「これはね、この国の歴史書だよ。古い本だから、全部昔の言葉で書かれているみたいだけど……。せっかくだから、僕が翻訳してあげる」
「え、読めるんですか……?」
「うん。僕も使っていたからね」
……オシーンの言い方は、どこか引っかかる節がある。見た目は青年のはずなのに、生きている時代がどこか異なる、そんな雰囲気があるのだ。
「とは言え、最初から読み聞かせても面白くないから……。うん、ここからにしよう。影の国の女王・スカアハと、彼女の愛弟子の話だ」
「影の国の女王……?」
影の国とは、一体どこのことだろうか。歴史書にしては、随分と曖昧な表記だ。
「『女戦士としても有名なスカアハには、有名な弟子が二人いた。悲劇の戦士、フェル・ディアドと、短命の英雄、クー・フリン』……」
「……うん?」
桜井の頭の中に、大小の疑問符が浮かび始める。明確なことは言えないが、しかし何かがおかしいのだ。
「続けるね。『スカアハは未来を予知する能力を持ち、女神でもあり魔女でもあった。彼女の下で育った二人の戦士は、後の戦いでも大きな活躍をすることになる』――」
「ちょっ、ちょっと待ってください!! それ、歴史書じゃないですよね!?」
――女神だの魔女だのと言う、現実からかけ離れた単語。歴史書と言うより、最早神話だ……。桜井はようやく、オシーンの話が嘘であることを理解した。
「……君の言っていることが、よく分からないんだけど」
「いやだって、女神とか魔女とか、どう考えてもおかしいじゃないですか!」
「おかしくないよ。神も魔法も存在するんだから、女神も魔女もいるだろ?」
オシーンは「何を変なことを」と言いたげに肩をすくめ、ずいっと顔を寄せてきた。彼の繊細な髪の毛が、桜井の黒い髪と混ざり合う。
「キョウ。君は何が信じられないんだい? 影の女王・スカアハか? 二人の戦士の存在か? それとも……」
彼の右指が、桜井の左指と絡む。腹の中を探るように、一本一本を掴み取るように。
「……僕のことが信じられないのかい?」
「……っ!」
まるで見透かすような、低いひくいトーン。桜井は思わず顔をのけぞらせ、緑眼の追及から逃れようとした。
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