trí

 オシーンの話は、フィアナ騎士団に所属していたフィン・マックールと、彼が築き上げた功績に関するものだった。ところどころ、難しい英単語があったものの、その大まかな内容は理解できた。要するに、非常に名高い騎士だったらしい。

「フィン・マックール……。初めて知りました。アイルランドの騎士団に所属していた、勇敢な騎士だったんですね」

「ふふふ、そうだよ。有名人だから、ぜひ覚えておくといい」

 世界史に疎い桜井は、アイルランドの歴史について、一かけらの知識も持ち合わせていなかった。アイルランド人から生の話が聞けて、少し得をした気分になる。

「さてと。君のお父さんからは、相変わらず音沙汰なしかい?」

「あ、はい……。一体、どうしたんだろ……」

 カフェに入ってすぐ、ケーキを食べている途中。オシーンが一息ついたとき。彼は何度も何度も、父にメッセージを送り、電話の着信ボタンを押した。だがいくら待っても、父からの連絡はなく、電話も繋がらずじまいだった。

「……じゃあさ、僕の散歩に付き合ってくれないかい? 寝泊まりする場所は確保してあるから、何なら君も泊ればいい。お父さんと連絡が取れないんじゃ、どうしようもないんだろ?」

「え……? いや、それは……」

 彼は好意で提案しているのかもしれないが、待ち合わせ場所を離れて街中をうろつくのは、いくら何でも危険だった。それも散歩の相手は、先ほど出会ったばかりの青年だ。

「何をためらう必要があるんだい? わざわざ日本からここまで来たんだから、ぶらぶらしなくちゃ損だろ?」

「気持ちはありがたいですけど、勝手に待ち合わせ場所から離れるわけにはいかないので……」


 ――やんわりと断った直後、ガシッと肩を掴まれる。そのあまりの力強さに、思わず悲鳴が漏れそうになった。

「キョウ。僕の誘いに乗らないなんて、恩知らずもいいところだ」

 彼の緑色の目は、鋭く冷たい。深く被ったフードの下から、まるで睨むようにこちらを見つめている。

「あ……」

「もう一度聞くよ。……僕の散歩に付き合ってくれないかい?」

 無意識の内に、ぞわっと立つ鳥肌。……それを感じた瞬間、桜井は首を縦に振ってしまっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る