第11話 全ては神の導きのままに⑦

(一体何が目的なんだ……?)


 宰相の背中に知らず汗が滲む。

 ファティア公爵が虚偽の報告をするとは考えにくい。自分達の事を棚に上げて魔術が使えない娘を今まで散々見下げてプライドを保ってきた夫婦だ。しかもあれだけ憤慨している様子からして本当に魔術が使えるとは知らなかったのだろう。

 力を隠していたのか、それとも追放された先で目覚めたのかは知れぬが、彼女の目的が全く見えない。

 あれだけ目立っていた彼女の事だから他国でもその名は有名だった筈。美貌と有能さは引く手数多で、それこそ何処ぞの王族に身初められても何ら可笑しくはない。

 ところが予想に反して追放されてからの彼女の足取りは全く掴めなかった。誰かが隠したというような形跡も無く、彼女自身がまるで一流の隠密のように姿を消したのである。

 それにこのタイミングでの、あえて人前に姿を晒した上での避難誘導。名誉を取り戻す為だとしてもそれ以前の行動が全く不可解で、うすら寒いものすら感じる。


「私にはあいつの魂胆が見えております。毒か薬などでアイラの力を失わせ、その隙に救世主気取りになって我々に意趣返しでもしているんでしょう。

 実際王都ではアイラではなくアレこそが救世主だとのたまう輩まで出る始末です。まったくアレらしい小賢しいやり方ですよ」


 仮にも実の父親のくせして厭らしく口端を歪めながらのファティア公爵の主張は一応筋は通っている。アレクサンドラが企てたものでなければの話だが。

 普通の人間であれば考える者も居たであろう。一行に力を取り戻さない聖女より実際に窮地から助けてくれた人物の方に人は関心を向ける。そうして世論の力を借りて名誉を回復する手段は無くも無い。

 しかしアレクサンドラは天才なのだ。天才であるが故に公爵令嬢の身分も未来の王太子妃の立場も、周囲からの賞賛の声すら彼女の興味対象ではない。

 彼女にとってはそう生まれたから、そう決まったから、頼まれた仕事をこなしていたら勝手にそう言われたという認識でしかない。つまりどれも未練が無く簡単に捨ててしまえるのだ。亡き国王夫妻に代わって長年彼女を見てきた宰相には彼女の性質はよく分かっていた。

 そんな彼女は幼少の頃からよく口癖のように暇だと言っていた。数々の専門書を読破しては暇だと言い、ピアノも教師がもう教える事は無いと言わしめるまで弾きこなしては暇だと言い、貴族達から相談された案件も的確な指示をしては暇だと言い、膨大な王妃教育もあっと言う間に合格基準に満たしては暇だと言う。彼女は常に暇を潰す何かを求めていた。

 考えてみれば瘴気の再発でどこもかしこも大混乱な中、彼女だけは実に良いタイミングで国を出て行った。もし瘴気の再発を予知していたとして、自分は上手く追放されて安全な土地でタラスティナの混乱ぶりを眺めていられるのだとしたら彼女にとってはいたく愉快な暇潰しであろう。

 更に避難誘導でさえ我々の反応を見る為の布石だとしたら下手に騒げば彼女の思う壺だ。

 しかしそれを2人に話したとして納得する訳もない。片や彼女を愚か者の一つ覚えのように見下し、片や彼女の猫被りに騙されていた素直な性格の持ち主。

 加えてこの件が教会の耳に入ればプライドの高い彼等の事だ。救世主は2人も要らないとばかりに彼女の捕縛を要請するであろう。そして王家には向こうからの要請を跳ね除ける力は無い。


 その後、宰相の危惧した通りに聖女への不敬罪としてアレクサンドラを捕えるよう王都中の兵士に命令が下された。

 たかが女1人と命令は直ぐに遂行される筈だった。ところが予想外にも難航し全く成果は挙げられず、時間ばかりが過ぎてゆくにつれて兵士の士気は下がる一方であった。痺れを切らした教会が私兵を投入させたが国王軍との連携はあまり上手くいっておらず、却って現場が余計に混乱するだけとなった。

 その上この状況に更に追い討ちをかけているのが財政の逼迫である。軍を動かすにも相応の金がかかる。そして稼働させている日数が長ければ長い程支出は重なっていく。

 瘴気が蔓延してから作物は他国へ売る物から他国から買い取る物へと変わってしまった今、収入は減り続ける一方で支出は食料の輸入によって増えるばかりだ。餓死者を防ぐ為に借金に手を出してまで仕入れているのだが、それでも国民全員分は賄えきれないのが現状である。

 また相次ぐ貴族達の没落により税収が激減してしまい、これ以上借金を重ねてしまえば破産の可能性が見えていた。

 アレクサンドラの捜索を打ち切れば凌げるかもしれないが、それをしてしまうのは事実上の敗北宣言であり王家の名に傷が付いてしまう。また教会との関係も悪化してしまう。

 それは避けねばならない故に規模を縮小してでも捜索は続行しなければならなかった。収入の増加が見込めない今、金を捻出するには更なる必要経費の削減に踏み出すしかない。

 これまでもメイドや料理人、果ては馬屋番や洗濯係、皿洗い係に至るまで王城の使用人は立場に限らず雇用を打ち切ってきた。今働いているのは城が回る最低限の人数だけである。

 使用人が無理ならばとレオナルドは軍備費の資料に目を見遣る。

 タラスティナは昔から敵が多い。それはこの国の肥沃な土地を狙う国だったり、過去の戦争で奪われた土地を取り返そうと息巻く民族だったり。そういう輩は今まで悉く魔術と武力で返り討ちにしてきた。

 終戦後も隙を突かれないよう国境の防衛に少なくない国費を割いてきたのだが、これを機に改めても良いかもしれない。数百年前の歴史など相手にとっても今更だろうし、起きるかもしれない事に金を割くよりも現在進行形で起きている事に金を割くべきだろう。

 そう1人で納得したレオナルドは早速軍備費削減の書類を作成し、宰相に話を通さずに勝手に通達してしまった。話さなかったのは単純な理由、反対を恐れたからである。

 

 彼のこの決定は結果的に言えば破産の回避には有効であった。しかし同時に破滅までのカウントダウンの始まりでもあった。

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