53話【VS.】地の底に根付く遺恨 アザー原生種 AZ-GLOW 2

 ミナトは即座に左手を突き出し狙い定める。

 天井に見えるその部分目掛けてフレクスバッテリーを構えた。


「ここで外すほどオレの生まれた星は優しくないんでなァ!」


 蒼き流線型の先端よりワイヤーが射出される。

 蒼き光が線となって飛翔し天井の巨大な隆起物に貼り付く。

 その光に合わせてミナトの悪辣かつ愉悦を謳う表情が照らしだされる。


「夢矢! 愛! このガイドの向こう側にあるヤツにほどほどのやつをオモックソぶち込んでくれ!」


「え――あ!? は、はいよくわからないけどやってみます!」


「ほどほどとオモックソって……。一文で矛盾させるとかなかなかすごい注文してくれるじゃん」


 愛と夢矢が同時に雷球と蒼光の矢でワイヤーの向こう側を狙い放った。

 2つの攻撃が弾けた閃光がソレの姿を顕になる。

 そして夢と愛が「あっ!」「うげぇっ!?」自分のやったことを後悔する。


「おいおいおいおいおい! 正気かよ!」


「…………」


 殿のジュンと信も闇を仰いであんぐりと大口を開けた。

 落ちてくる。もっとも不安定かつ巨大な岩が天井から剥がれ、闇から地下へ落ちてくる。

 しかもその1つの衝撃が撹拌されてより大きな災害へと変貌していった。

 もとより落盤を引き起こすほどこの場所は脆いのだ。人の手によって防護されている箇所はすでに削げ落ちてそこいらに転げている。

 そして文字通り叩き起こされた不安定な大岩たちが――天井が、AZ-GLOWの群れ目掛けて崩落を開始しようとしていた。


「守備を捨てて死ぬ気で走れええええええ!!」


 ミナトたちは一心不乱に走った。

 もはやすでに数体のアズグロウは岩の洗礼を受けて押しつぶされている。

 これにてアズグロウVS大岩VSノアの民による3すくみの完成だった。


「ミナトくんのばーか! ばーかばーかばーかばーか! おたんこなすー!」


「いひぃぃぃ! こんな場所で死んでたまるかってんですわアアア!」


「コレって作戦なんですかぁ!? 手の込んだ自殺じゃないんですかぁ!?」


 涙ながらの罵詈雑言が心地よい。なによりも生きている証だ。

 これにより杏とウィロメナの仕事量が目に見えて減っている。ジュンと信が殿を止め攻撃側についたことで敵の波を貫く手が増えた。

 そして怒濤の進撃によってようやく出口が見えてくる。


「全員が飛び込んだら《不敵プロセス》の壁を張るんだ!」


 ミナトの合図に合わせて全員が細道に飛び込む。

 そしてジュンと信が蒼き壁で崩落する洞と細道の間に蓋をする。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……全員生きてるか?」


「な、なんとかね。あのまま戦ってたらちょっとマズかったかも」


 杏はミナトに応じつつ息を切らせながら滴る汗を袖で拭う。

 間一髪だった。それでも生き残った。

 珠やジュンの盾役が落石からみなを守るよう応対してくれたことも生存要因のひとつだろう。

 ぎりぎりの賭けだった。そしてその賭けに一党らは無事勝利したということになる。


「グッ!? コレはやべぇ圧だぜ!? このままだとこの道そのものが連中に破壊されかねねぇ!?」


「全員出口まで走り続けろ! ここは俺たちが押しとどめておく!」


 ひと息つけると思われた。

 だがジュンと信の訴えによって状況が好転していなことを知らされた。

 一難去ってまた一難。アズグロウはなおもこちらに向かって詰め寄ろうと蒼き壁に群がる。

 しかも細道となる穴自体が押し寄せる圧に耐えられず。このままでは破られかねない状態だった。


「杏ちゃんたちは先に行って! 私たちはここで敵を減らしてから地上に脱出するから!」


 ウィロメナが前髪を散らすよう振り向きながらこちらへと叫ぶ。


「っ、わかったわ! ほらミナトもへばってないで走りなさい!」


 杏は、奥歯を噛み締めながら傷だらけの手でミナトの腕を引く。

 ウィロメナはジュンとともにここで敵の群れを迎え撃つつもりらしい。

 2人ならば下がりながら攻防を切り替えて迎撃することは可能だ。しかしあまりに敵の数が多すぎるため途方もない。

 ミナトは息を切らしながら横にいる友の肩に手を触れる。


「ここ、頼めるか?」


 肩を叩かれた信は僅かに動揺した。

 が、それも一瞬だけ。


「当然だ」


 迷うことなくそう言ってのける。

 この状況で第2世代能力に長けた信を頼ること。それはつまりここにミナト自身の刀を置いていくことに他ならない。

 しかも現状、与えられた任務のほうはというと、幾分か逼迫している。先の夢矢が語ったことが事実ならばここで足を止めるわけにはいかない。

 だからこそミナトはこの窮地に友を頼る。信じられるからこそこの場に残して先に進むことにした。


「俺の予想が正しければ夢矢の父親は地獄に向かっている。それでももし地獄へ辿り着く前に保護出来さえすれば円満に事が終えられるはずだ」


 信は1度おさめた長刀を鞘からすらりと抜き放つ。


「ミナト、お前は先に進め。誰も死なせたくないという願いのために足を止めるべきじゃない」


 見目良くも透き通った頼りがいのある横顔だった。

 長年隣で肩を並べているからこそ互いに互いの意を汲み合う。なにより2人の願いはもうこの星で人が朽ちぬこと。

 ミナトは去り際に振り返り「絶対に追いついてこいよ!」もう見えぬ3人へ響きを残す。


「俺は雑に壁を作ることが得意だからこそやってやらぁ! だからお前らは自分自身が1番得意だと思うことをやれぇ!」


 頼るにはこれ以上ないほど快活とした怒鳴り声が戻ってきた。

 一党らはウィロメナとジュン、信の3名を置いて地上への道を駆け上がる。

 3人を置いていくことに抵抗や懸念の類いは当然あった。それでもここで信じてやらねば3人の覚悟に水を差すことになる。


「はぁはぁ、はぁ、はぁはぁはぁ!」


「杏さんアナタの傷のお加減は如何ですの?」


「こん、なもん、かすり傷がそこそこってだけよ!」


 思いを残し、身体だけはがむしゃらに前へ進み続けた。

 先ほどの謎に満ちた部屋を皮切りに、突如噴出したAZ-GLOW、そして虎龍院剛山の連れているという女の子。

 引っかかる点を上げればキリがない。だからこそ真実のために虎龍院剛山を確実に救わねばならない。

 その思いだけが急ごしらえの進行チームの痛む足を前に突き進めている。

 そうしてようやく光なき地底から地上にあふれる白き光のなかへ舞い戻った。

 ミナトは、ぜぇぜぇ喉で呼吸をしながら点呼を取る。


「もし取り残されて死んでるヤツがいたら返事してくれ」


「死んでたら返事なんて出来るわけないでしょ、って――……へ?」


 杏はあまりの唐突な事態に目を丸くした。

 周囲も彼女と同じようにして唖然とその光景に釘付けとなった。


「……っ!」


 ミナトは、傷だらけの彼女の体を全身で抱きしめていた。

 ロマンの欠片なんてない。ただ強く彼女の華奢な身体に両腕を巻き付けて頬に頬を寄せる。

 上がった吐息が互いの耳を吹いた。肌にはしどと浮いた汗に濡れ、重なるとどちらの汗だかわからなくなった。

 それでもミナトは彼女の熱を全身に感じながら伝える。


「……ありがとう……」


 消え入りそうなほど小さく耳元に囁く。

 すると杏の身体がひくっ、と跳ねた。


「それ……私がアンタに言わなきゃいけない台詞なんだけど。アンタが機転を利かせてくれなかったら私死んでたかも知れないし……」


 ミナトは熱が引いてようやく自分が怯えていたことを知った。

 もし間違えれば失っていた。この腕の中にいる女の子がいなくなっていたかもしれない。そう考えるともう震えるほどにたまらなく怖かった。

 しばし身じろぎひとつせず時が流れる。互いの跳ねた鼓動がとくり、とくりと正常な脈を取り戻すくらいの時間を覚える。

 そして杏は震えるミナトの背にそっと手を添えた。


「……ごめん。もう無茶しないから許して……」


 1手間違えれば全員が死んでいただろう。

 しかも彼女は真っ先にあの闇の奥底で1人沈んでいたのだ。

 お互い呼吸が整うと、どちらともなく自然と距離をとる。


「休憩もすんだしいきましょう。1流のガイドの仕事を期待してるわよ」


 そうやって微笑む杏の頬は、ほんのりと桃色をしていた。



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