52話【VS.】地の底に根付く遺恨 アザー原生種 AZ-GLOW
「早く逃げろといっているんだッ!!」
信の怒号によって正気に戻される。
彼とジュンが咄嗟に動いて盾となってくれたため損害はない。しかし2人が反応出来なかったら確実にウィロメナがやられていただろう。
しかもこの部屋では戦うのに狭すぎた。自由に動けないばかりか抜剣することさえ仲間に被害を与えかねない。
「ここはジュンと信に任せて外に走るんだ! そのまま洞窟内でアズグロウを迎え撃つ!」
ミナトは信頼する友の声に従って指示を飛ばす。
ジュンと信の2人体勢ならば壁が抜かれる心配はない。なにより恐れるべきは四方から敵に襲われること。
「こ、これがアザーの原生種……アズ、グロウ?」
「なにやってるのよ! 久須美は珠を抱えてるんだから1番手でとっとと走るの!」
杏の鋭い蹴りが久須美の豊かな臀部を蹴りつけた。
強かな打撃によって柔和な肉がふるりと波を打つ。
「いぃったいですわぁ!? どさくさ紛れになにしてくださっておられやがるんですの!?」
久須美は涙を浮かべながらも黒いゲートに向かって走り出す。
初陣だからか《セイントナイツ》の行動にムラが多い。経験という裏付けがないため緊急事態という認識が薄いのだ。
「夢矢! ぼーっとしてたらあっという間にお陀仏だぞ!」
ミナトは呆然と固まった夢矢の手を強引に引く。
「ご、ごめんなさい! でもちょっと待って下さい! この手紙にはつづきがあるんです!」
「……つづき?」
夢矢は早口で手紙を読み進める。
「この少女は音に反応している。この星の胎動するかのような音に対しそちらへ向かおうとしている。そう書かれているんです!」
「――ッ、音だと!?」
「…………」
ミナトと信は意図せず互いの目を見やった。
あまり良い情報ではない。というより限りなく最低の流れだった。
しかしそれは知らぬ夢矢にとっては1本の希望の糸でしかない。
「もしかしたら父さんはその音のする方角を目指しているのかも! 僕たちも急いで音を追いかければ追いつけるかもしれない!」
杏たちはすでにゲートを抜けてしまっている。
あとはミナトと夢矢が脱出すればジュンたちも撤退が可能だった。
ミナトは夢矢の手を引いてゲートへ引きずり込む。
「だーもーならさっさと走れ! ここで死んだら音を追いかけるどころじゃないんだよ!」
「ひあぅ!? は、走りますからお尻叩かないで下さぁい!?」
背後では破られた木壁の反対側もメキメキと軋みを上げていた。
どうやら外の敵は1匹ではなくもっと多数いるということ。
この撤退という判断は正しかった。もしあの場で反攻していたら確実に挟み撃ちからの圧殺まで秒刻みとなっていたはず。
そうしてようやく淡い光のなかからゲートを抜けて闇へと舞い戻る。
「う、そ……!」
すると杏が深く暗い洞窟で青ざめていた。
横で久須美も目を剥いて硬直したまま佇んでいる。
そして同じようにミナトも過酷すぎる現実を前に絶望した。
「これは……前例がないくらい前代未聞のクソッタレだな」
洞窟が沈む闇のなか。
人と同等ほどに大きな紅の瞳が1つ、2つ、3つ、4つ。
上から下までびっしりとアズグロウが蔓延っている。
「手紙に書いてあった現象とまったく同じことが起こってる……! これが父さんの見た景色……!」
「いや、お前の父さんとやらは後ろから追われることはなかったはずだ」
声を潜めて語り合う後ろから足音が近づいてきていた。
どうやらジュンと信もこちら側へ無事戻ったらしい。
つまり遅かれ早かれ前後から奇襲を受けるということになる。
「ということは……剛山さんの見た景色よりもっと壮絶と言うことになりますね」
ウィロメナはローブをばさりと舞い上げ臨戦態勢を整えた。
ローブの切れ間から2本の短剣が構えられる。
杏も背負っている鏡面の如き剣を引き抜く。
「3次元から襲ってくるであろうこの数とまともにやり合ったら確実に誰かが犠牲になるわね」
「戦力を削られ切って劣勢になれば全員という可能性も大いにありますわ」
「つまり犠牲者を出さないためにはやることは1つだけってことだね」
久須美と愛の身体もぼう、と淡く蒼を帯びていった。
ぼんやり、と。生の蒼によって洞窟の小範囲が定かになっていく。それに合わせて闇に浮かぶ数多の瞳が彼彼女らを一斉に捉えだす。
心音がやけに高い。あれほど蒸し暑かったはずの洞窟の空気が震えるほど低く感じた。
とくり、とくり。秒針を刻む音と似た鼓動だけが時間の経過を教えてくれている。闇のなか絶望の底で揺らぐ蒼が唯一の光となっていた。
そしてミナトは叫ぶ。
「全員全力撤退ッ!! 入ってきた細道向かって死ぬ気で走れッ!! 互いを互いの盾で守り合えッ!!」
今度は揃う。全員が「了解!」と声を揃えた。
それから全力で疾走する。
同時にアズグロウたちも行動を開始した。
『――――。――――――』
『――――――――――』
『――――――――――――』
数えるのがバカらしくなるほどの触手が一党らに向けて放たれる。
1本1本は線だが群れることによって面となって行く手を阻む。
杏が小柄な身体で触手の渦に突撃する。
「《スイッチ》ッ! せええええええええい!」
紅の剣の変形機構を起動させた。
根から割れた剣が先端で合わさり大剣は長剣と化す。
斬るのではなく、薙ぐ。まるで雑草を削ぐように紅の剣閃が襲い来る触手を大薙ぎに刻む。
しかし数は膨大。1振りの隙を逃さぬとばかりに触手が杏の身体目掛けて群れていく。
「《スイッチ》! 杏ちゃんの綺麗な身体を汚させるようなことはさせない!」
ウィロメナが進撃する杏の援護に割ってはいる。
短剣の間合いは短いがその分手数は多い。さらに剣身は微細な震動を発しており触れた端から触手は分断されていった。
2人の活躍によって瞬く間に道が切り開かれていく。
杏による戦車の猛攻とそれを守るウィロメナの繊細な援護が道を作り出す。
「上からも落ちてくるぞ! 左右だけじゃなく上も下も全部注意しながら進むんだ!」
唯一蒼をまとっていないミナトだけは観察に注力した。
殿は信とジュンが《不敵》を随時貼ることで対応してくれている。
しかして上からの落下までは手を回しようがない。この戦場は相手にとって有利すぎる地形だった。
「僕だってッ、こんなところで倒れていられないんだ!」
おもむろに夢矢は
矢のない弓に番えるのは、蒼光の矢だった。
それを今まさに杏へ覆い被さろうと襲い来る触手の球体目掛け、放つ。
『――――――――――!』
ひょう、と。放たれた矢は見事アズグロウの瞳部分を容赦なく射貫いた。
一切迷いのなく射られる蒼光はさながらレーザーの如し。超速度と精密さで敵とその触手穿つ。
「早くしゃんとなさいな! 夢矢が《セイントナイツ》での初手柄を上げてしまっておりましてよ! ずっと狸寝入り決め込んでいるのはとっくにわかっておりますの!」
久須美は走りながら背に縋り付く珠を揺すった。
身には蒼を帯びているため重いと言うことはないだろう。しかし1人を背負っていると動きは確実に制限されてしまう。
すると彼女は目をこすり、こすり。顔を中央に寄せるように不愉快さを隠そうともせず、瞼を開く。
「んぁ~……だってここまだ夜じゃんかぁ……」
「アナタの夜基準なんぞどうでもよいことですわ! このままマテーリアルの方々に頼り切りではお家の名が廃りますわよ!」
珠は気だるげに「わかったよぅ」そう言って頭をしな垂れた。
それから首に吊り下げていた2つの円形を取り外す。
そして前髪の奥で猫のような縦長の瞳がギラリと蒼い輝きを帯びる。
「んぇあ……っ、《
紐で繋がった円形の片側を頭上にて高速で振り回す。
蒼をまとう円形はさらに遠心力でより大きな円を描く。
円は他の空間にも穴を開けるよう発現していき一党らを守る円の壁となる。
ミナトは発現した円の壁たちを仰ぐよう目を見開く。
「これは、第2世代能力か?」
「おーっほっほっほ! ご
「さっき杏になにやら言ってたわりに今日イチで嬉しそうだな! めちゃくちゃ友だちの活躍喜びやがるじゃないか!」
ミナトの突っ込みなんてもう届きはしない。
久須美はさながら自分の功績とばかりに高笑う。
珠を背負って走っているだけなのにお株を奪わんばかりのはしゃぎぶりだった。
「ふっ、ほっ、よぉい……だるぅ」
しかも珠の回しているのはただの円形ではない。
「あんまり揺らさないでぇ。狙いがブレちゃうからさぁ」
「なら降りてご自分の脚で走ったらどうですの!? というよりワタクシも戦いに参加させていただけませんかしら!?」
馬役が
頭上での高速回転に加えて巧みな指の動きで蒼き円を操っていく。
そして投射するとまるで蒼き蛇の軌道を描いて敵の群れへと潜り込んだ。蒼き円に触れた触手が次々と切断されていった。
無数の壁が矢の如く進行する一党を守り抜く。信とジュンが殿を務め、珠の壁と円が横槍を屠る。愛の電撃と夢矢の矢が中距離の敵を捌く。
背水の陣なれどここにきてチームワークが完成している。が、決して優勢に傾いたというわけではない。
「敵が群がりすぎてる! このままだと私たちだけの力じゃ道が切り開けなくなっちゃう!」
「つっ――それ、でも、やるっきゃないわ! もしここで足を止めたら全員一斉に押しつぶされてあの世行き確定よ!」
杏とウィロメナの仕事量に限界が訪れようとしていた。
なにせ彼女たちは攻勢を一手に担っているようなもの。敵の物量に対して本当の意味で腕が足りていない。
しかも杏はいたる箇所に被弾してしまっている。パラスーツが削げたところに鮮血を浮かべていた。
「はあああああああああ!!」
それでも杏の剣を振るも、駆ける足も、止まらない。
責任感の強い彼女ではこのまま死ぬまで前のめりに行ってしまいかねない。
ミナトは傷つきつつある勇敢な背を見ながら脳をフル回転させる。
「もう1手だ……! せめて少しだけでもズガンと敵を減らす手がいる……!」
これでは間違いなく杏の体力が出口まで持たないことだけは確定していた。
ウィロメナは巧く立ち回っているが、それも杏が奮起してくれているからこそ。
このまま杏の集中が切れるか蒼が途絶えれば、2人は黒い波に呑まれることになる。
――考えろ! ない頭絞り尽くして足りねぇなら脳を焦がして薪に
東に頼まれていたとかそういうのはどうでもいい。
ミナト自身が杏を死なせたくなかった。ただそれだけ。
――オレに出来ることの限界の1歩先にあることも含めろ! もし多少無茶でも全力で乗り越えて打開しろ!
『……う、え』
強烈に思考するなか、また耳の奥の辺りからぼんやりとした声が聴こえた。
ミナトは反射的に洞窟の天井があるであろう闇を見上げる。
「……うえ?」
『ズガン』
「あー……あーぁ?」
幻聴の言うとおり上へ、目を細めてくまなく探った。
すると黒一色の天に僅かな輪郭のずれのようなものが見える。
「ははっ、確かにズガンといくならあれを使うべきだろうな。多少の無茶は覚悟して実際にやってみる価値しかねぇ」
ここまできて迷うという工程はなかった。
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