51話 殻の部屋、死の星より『Messege』

 虎龍院剛山からの手紙に綴られていたのは想像を絶するものだった。

 それぞれの見立てに寄ればBキャンプが崩壊は事故、あるいはAZ-GLOWによる襲撃と思われていた。

 しかし手紙を読み進めていくとそのどちらでもないという衝撃の事実に行き当たってしまう。


「隣の部屋のベッドみたいなところに手紙に書かれていた卵的な物体があったぜ」


 警護のジュンと捜査を終えた愛が隣の部屋からこちらにやってくる。


「サンプルはいちおう回収したけどねぇ、今のところ素材の予測すらつかないかも。これはノアに戻ってから大仕事が待ってそうだよ」


 開いた扉の奥にちらりと黒い殻のようなものが見えた。

 端切れの如く茶色がかった不潔なベッドの上。でかでかと光沢有る球体の殻が鎮座している様は歪としか表現のしようがない。

 卵はに亀裂が開いておりなかから染み出た紅い液体が布地を汚す。なんらかがなかにいた形跡があった。

 そして手紙には割れた卵のなかに少女が眠っていたと書かれている。


「それで虎龍院さんは卵のなかから女の子を見つけて慌てて外にでた。そしてあの扉を越え洞窟に帰ったところでキャンプが敵性存在の襲撃を受けていたということですわ?」


 久須美は空に視線を投げ唇に指を添えた。

 毛量の多いゴージャスな髪が首の傾きに合わせて流れる。


「文脈から察するにそういうことでしょうね。そして襲撃によって気絶し目覚めてからここに戻ると、女の子もまた目覚めていた」


 杏は腰をひねるよう体重をかける足を変え熟考する。

 腕組みし口元を山なりに眉間へとしわを寄せた。

 ここからはもう推理する段階となっている。というよりこの混乱を鎮めるためには究明するしかないのだ。

 アザーの原生生物はAZ-GLOWのみと思われていた。しかし手紙がもし真実であるとするなら話が大きく変わってくる。

 この星はAZ-GLOWという暴力的な生物が元より支配する星ではない。あるいはAZ-GLOWという生物が発端となって終わりを迎えたということになるだろう。


「別の生命体がこの星にいるなんて聞いたことないわ。しかもこの部屋から見るに文明までもってる種族がいたってことになるわね」


「しかも地中深くで眠りについていることさえわけがわかりませんわ。もしかすればここ以外にも似たような場所があるかもしれませんの」


「でも地質調査用ビーコンで集めたデータに映らないんじゃ探すのは途方もないことだよ。今回のだってただ偶然見つけちゃったってことだしさ」


 情報が錯綜する。

 しかもすべてが1点に繋がっているようでてんでバラバラだった。

 杏、久須美、愛がそれぞれ意見を口に出すと、もうまとまりがつかなくなってしまう。


「だーっ、やめやめ! お前ら1回落ち着けっての!」


 たまらずジュンが少女たちの間に割って入った。

 彼女たちはわりと落ち着いて意見交換を交わしている。

 が、彼にとってはとても耐えられないものだったのだろう。


「とにかく夢矢の父親を探すことが先決だろ! それ以外のことはミッションに含まれてねーんだからあんま幅広く考えるの止めようぜ!」


 短絡的な考え。

 だが、賛同する者もいる。


「俺もそれに賛成だ」


 そっぽ向いているようで話は耳に入れている。

 信は、凜とした佇まいでジュンの意見に賛同した。


「目的を見失うことはすなわち停滞を意味する。ない知恵絞って無作為に時間を浪費するよりまずは己に出来ることをこなすべきだ」


 決してこの少年は無口というわけではないことに薄々周囲も気づく頃合いだ。

 無駄な対話こそ望まない。だが主張すべきコトはしっかり考え把握している。

 なにより夢矢の父が死ぬことで悲しませたくない、と彼自身が口にしているのだ。

 ただの不器用で、ただ優しいだけ。しかも他者の死を望むようなタイプではない。

 杏と久須美の2人は、それ以上口にすることさえなく、首を縦に振って意見に賛同を示す。


「確かに信とジュンの言うとおりここで意見交換していても時間の無駄ね。このまま案山子になっていてもそれはただの案山子だもの」


「そうなると夢矢のお父上のその後を追わねばなりませんわね。手紙には負傷した少女の進みたがっている方角を目指す、と書かれていましたけれども……」


 2人の視線がそちらへすぅ、と吸い込まれていく。

 今、手紙を保持しているのは夢矢だった。

 彼は父からと思われる手紙を穴が開くほど凝視しつづけていた。 


「この字……確かに父さんのものだ!」


 手は震え、力みすぎて紙にシワが寄ってしまう。

 しかしあれほど弱々しかったはずの瞳には確かな輝きが秘められている。


「論文を書き慣れているはずなのに文体がめちゃくちゃで感情的になってる! これは手紙に書かれている不可視の存在が追ってきているなか慌てて綴った証拠だ!」


 子は、父を誰より知っている。

 ゆえに父は、子に意思を託すため手紙を残す。


「さらに不思議なのはアレクナノマシンがあるのにどこにも連絡を入れようとしていないこと! つまりこれは回線になんらかの障害が発生していなくては説明がつかない! そうなると父さんはナノマシンを使用せずどこかを彷徨っているということになる!」


 夢矢は剛山の意思を漁るようにして手紙から推理していく。

 コレは彼にしか出来ないことだった。父を追って死の星にまで流れ着いた夢矢だからこそ辿れる。


「…………」


 だからか、ちょっとだけ、ほんとうにちょっとだけ、羨ましくなった。

 生まれてから親という概念が芽生えたことさえない。天涯孤独の身の上に、その輝きは目を細めるほど眩しい。

 ミナトは3脚のテーブルに腰掛け足をぷらぷらさせていた。少し離れた場所で面々の様子を眺めている。


――オレもそのうちディゲルたちに顔見せてやらないとな。どうせなら3人で行きたかったけど……っ?


 ふとテーブルにのんびりとつけていた手になにかが触れた。

 手紙が置かれていたすぐ近くに、もう1つある。

 先ほどは手紙のほうに意識が向いていたため気づきもしなかった。


「これは……箱か?」


 長辺20cmほどの長方形をした木箱が放置されていた。

 手に取って見ると存外軽い。古いものなのか材質である木が乾燥しきって軽くなってしまっている。

 しかもこれはただの木箱というよりやや洒落た作りをしていた。


「見た目だけで言えば小物入れっぽいな。長方形の角部分にメッキのような飾り付けがされてる」


 試しに振ってみるとなかからカラカラという高い音する。

 ミナトは試しに簡易的なロック代わりの引っかかりを外す。

 瞬きを繰り返しながら木箱の中をあらためてみることにする。


「ピアス? それともイヤリングってヤツかね?」


 中に入っているのは白く長い巻き貝の殻だった。

 貝殻に細い金具を取り付けただけの質素なもの。しかして女性もののアクセサリーであるかのよう。

 さらには片耳分だけだった。通常対になっているであろうものが1点のみ。木箱の中に大切そうに納められていた。


「……あれ?」


 それはウィロメナの声だった。

 会議中も周囲を警戒していた彼女が窓際に1人立っている。


「さっきまで緑色の草原が広がっていはずなのに……なんで外が真っ暗になっちゃってるんだろ?」


 屋内がしんと静まりかえった。

 意見交換していた杏たちでさえ口を閉ざす。

 夢矢も手紙から顔を上げて窓のほうを見つめる。

 部屋の全員がウィロメナのほうへ注目していた。それでいて誰1人として暗黒を映す窓から目が離せなくなっていた。

 そして黒く蠢く外側にぐるぅり、と。血色の瞳がでかでかと出現する。


『――――――――』


 次の瞬間。木の壁が貫かれる。

 黒く野太い触手に穿たれた木壁はビスケットの如く破砕した。

 脆弱な壁を破壊した無数の触手が屋内に伸び生えていとも容易く侵入を許す。

 突如外側から現れた敵性存在は一党らを覆わんばかりに触手を伸ばし襲いかかる。


「きゃっ――っ!?」


 もっとも窓辺に立っていたウィロメナはあまりの事態に反応出来ず。

 瞬く間に人1人如きの身体は漆黒の濁流に呑まれかける。

 そこへ蒼の閃光を横切る。尾を引くよう2つの影が間に割り込んだ。


「ウィロ下がれェ!! 「《不敵プロセス・ヘヴィ・αアルファ》!!」


「っ、《不敵プロセス・ライト・βベータ》! 手狭すぎて戦い憎い! 全員即座にこの部屋から脱出するんだ!」


 信とジュンが刹那に駆る。

 そして触手とウィロメナを隔てるようにして6角形の連鎖体を出現させて守護した。




(区切りなし)

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