47話 光求め、影追い『Survivor』

 ゴムの4つ輪が砂を混ぜて散らす。

 3台のサンドバギーが目的地を目指していた。

 今回の搭乗する車は前回の派遣任務のときとは訳が違う。高機動戦闘さえ視野に入れた機銃付きのもの。

 3人乗り全地形対応車、450ccの無段変速機仕様。無駄に水陸両用であり当然の如くフレックスバリアも完備している。

 最新型で豪華かつ仰々しい。こんな物を寄越してくる辺り大規模派遣任務への本気具合が窺えた。


「もうそろそろで到着だ。降車の準備を整えて、降車してからの行動は迅速に頼む」


 機銃席に立った少年は、《ALECナノコンピューター》でチームへ指示を飛ばす。

 トライクの運転をしながらではこうして周囲360を警戒するにもムラがでてしまう。運転は他人任せなため両手がフリーなのはありがたい。

 ミナトはデジタル式望遠鏡越しに索敵をつづけていた。


「出発してから2時間ちょい。ずっと神経ピリピリさせているのに疲れないなんて逞しい集中力だよね」


「しかも前もそうだったがマジで1匹足りとも接敵エンカウントしないってんだから熟練様々だぜ」


 同乗する愛とジュンは半ば呆れがちに苦笑した。

 安全地帯である管理キャンプをでて早2時間が過ぎる。走っている道なき荒野はアザーの原生生物であるAZ-GLOWの生息地だ。

 しかしチームの時間は優雅に流れていくだけ。熟練のガイドが的確に敵との接近を回避する道筋を提示していく。


『もっとヒリつくような緊張感のなか任務に当たると思っておりましたわ。そのぶんちょっとだけ肩透かし気分ですわね』


 久須美からのオープン回線がALECを通して耳に届いてきた。

 彼女含めて夢矢、珠、チーム《セイントナイツ》は、愛と同じくアザー初体験となる。


『僕もはじめは緊張していたけどちょっと落ち着いてきたかも。このままなら戦闘しないで済むならいいんだけど』


『せめて1戦くらい手柄をたてて帰りたいところですわ。なにより戦闘をしたという貴重な財産が欲しいですもの』


『くかぁー……』


 もっと過酷な想像をしていたらしく、初めてアザーに降り立つ面々の感想に差異はない。

 3台はエンジンを唸らせながら荒野を突き進む。前方1台を先導兼リーダー車として後方2台というフォーメーションを組んでいる。

 もしもっとも危険な先導車にトラブルがあったとしてカバーに回れるというもの。しかしその危機管理もどうやら甲斐なく済みそうだった。


『前方12時の方角に人工物らしき影を目視したわ』


 後続車に乗る杏からの通信だった。

 蒼い瞳が微量のフレックスで視力を補正している。

 ミナトは即座に身体の方向を12時の方角に向けた。


「あそこが先日崩壊したばかりの目的地で間違いない。このまま警戒を怠らず速度をそのままに直進をつづけてくれ。なにかあったら連絡を入れる」


 了解、ラジャー、オーライ。統一感のない返答が鼓膜をかすめた。

 夢矢の父、虎龍院こりゅういん剛山ごうざん率いる地質調査部隊が降り立ったのであればあそこしかない。

 ミナトは目的地を見定めながら身を細める。


――鬼が出るか蛇が出るか。幽霊だけはご勘弁願いたいところだな。


 あの目的地は地質調査をするなら垂涎すいえんものの地形だった。

 さらには鉱石採掘をメインとして稼働していた場所である。

 今となってはすべて過去の話だ。しかしその過去にこそ確証を足り得たし、それ以外の場所ならもう諸手を挙げるしか出来ない。


『父さん……待ってて! すぐ助けに行くから……!』


 だからあとはもう生存を祈るだけだった。

 夢矢の儚い願いを通信で聴き、面々もまた同じ願いを各々胸に抱く。

 間もなく崩壊したBキャンプへと到着する。



…… …… ● …… ……



 いくつもある採掘用機器が転倒したままの状態で放置されている。

 もぬけの殻となった採掘地は耳が痛いほどの静寂に包まれていた。

 採掘地到着し周囲警戒を終えた一党らはようやくひと息つく。


「ここにお父さんがいるのかな?」


 夢矢は少女のように愛らしい顔を不安でいっぱいにしていた。

 警戒中も気はそぞろ。――当たり前だが――薄い胸に手を当て、おろおろと落ち着きがない。

 久須美はそんな彼の薄い背に優しく手を添える。


「一帯をざっと確認しましたがご遺体は散乱していないご様子ですわ。もしかして回収はお済みですのかしら」


「前回の派遣任務の時にディゲルさんとかが何往復かして片してるのを横目で見てたぜ。俺も手伝うっつっても絶対に手伝わせてくれなかったがな」


 ジュンが鈍った身体を伸ばしながら応じた。

 少なくとも回収された中に虎龍院剛山と同じDNAをもつ遺体はなかった。

 全員はしばし穴あきチーズのよう切り立った山を裾から見上げる。


「ここから探すとなるとなかなか骨が折れるぜ。しかも絶対にいるって保証もねぇしな」


「しかも坑道がいくつか崩れちゃってるね。爆発……でもしたのかな?」


 ウィロメナは露骨に渋顔をするジュンを諫めようともしなかった。

 なにせ鉱山での死因はいくらでも存在する。石炭分の自然発火が原因かあるいは天然ガスでも噴き出し引火で暴発でもしたか。

 なお前回は事故原因の判明には至らなかった。しかし今回は科学捜査の目がついている。


「表がそれほど荒れてないから地下に偶然空洞があって坑道が落盤したと考えるのが普通かな。ぱっと見て劣化放置されていたタイプの古い坑道だけが地震の影響で崩れてるみたいだね」


 宙に浮いた半透明のキーボードを叩く手は迅速そのものだ。

 愛は凄まじい早さで原因究明を進めていく。

 瞳はすでに現実を見ておらず。画面に映った情報の羅列を滑るように見送る。

 杏が前屈みになって「わかりそう?」問うと、愛は「たぶんねぇ」視線すらくれず余裕の笑みを浮かべた。


「なにより僕たちは前回の派遣任務でこの地域のデータを手に入れてる。その時収集した地下の情報さえあればまるっとすべての景色が丸見えなるって寸法さ」


「確かに前回私たちがやったのは地質調査だったわね。リベレイター探しと平行しながらだったけど巡り巡ってって感じだわ」


 前回、《マテリアル》のこなしたミッションは、地質調査だった。

 特殊機器を用いてフレックスを広範囲域に飛ばす、いわゆるソナーというやつ。それがここにきて夢矢の父を探すことに繋がるとは誰が予想しただろう。

 しかもこのBキャンプ崩壊そのものが革命の発端だった。このノアへ献上する鉱石が採掘出来なくなったためアザーも強行することを迫られた。


――ある意味ここが始まりの地であると言えなくもない、か。


 少し離れた場所でミナトは仲間様子を眺めていた。

 ここにいるとあの頃の絶望が嫌でも蘇ってきてしまう。Bキャンプの封鎖に伴い未来まで閉鎖された気分だった。

 そんななか光の帯とともにやってきた3人の少年少女たち。ミナトにとってジュン、杏、ウィロメナは等しく恩人だった。

 と、1人黄昏れているところへまた別口の友が歩み寄る。彼が歩むたび腰に下げた長尺の刀がかちゃり、かちゃりと拍子を奏でる。


「イージスは見つかったか?」


 凜々しくも男らしい目鼻立ちの抑揚著しい顔がこちらを見つめていた。

 ミナトは唐突な名前の浮上に虚を突かれつつも「……いや?」横に首を振った。


「お前の入院中独自に探してみたが見つからなかった。少なくともイージスがノアにいないことだけは確かだ」


「……ならどこにいるってんだよ。宇宙漂流でもして遭難しつづけてるとでも言いたいのか」


「そこまではわからない」


 すまん。信はしゅんと頭を下げて視線を逸らした。

 言葉が強くなってしまう。正直なところそれくらいミナトは、友の言葉であっても信じたくはなかった。

 可能であれば憔悴するまで己の手でノアの船内を引っかき回すくらいのことをしたいくらい。

 ただここは1度飲み込むしかない。彼を責め立て傷つけて得られるものはなに1つとしてないのだから。


「そうか。悪い少し当たっちまった」


「気にしてないさ。なによりお前が1番辛いことは俺がよく知ってる。ただあまりイージスの影に追われ過ぎないよう気を楽に持って欲しいとも思ってる」


「…………」


 拳を握ると包帯の下で傷跡が疼いた。

 革命を成すことで家族を助けることが出来た。ディゲルとチャチャはすでに死の星を脱している。

 だがミナトは、家族の1人だけを救えていない。過去にその手を優しく包んでくれた温もりは遙か彼方の霞みの奥にある。


「あと、もう1本の剣も見つかってない」


「……そうか」


 信の表情は、とても辛そうだった。

 だからミナトもそこまでとし、口を閉ざす。

 そしてどうやらあちら側でなにか進展があったらしい。血相を変えた愛の元へ他の面々が集っている。


「な、なんなのさこれ……!」


 あれだけ意気揚々とキーを叩いていた指もすでに止まっていた。

 ミナトは歩み寄ってその薄く透けた画面を彼女の頭越しに覗き込む。


「自然にこんなものが現れるなんて事象ありえないよ!」


 画面いっぱいに表示されているのは、地底を透かした図だろうか。

 そこに表示されているのは愛の言うとおりどう考えても不自然な自然でしかない。

 図には山に対し掘られた幾数の坑道が映し出されている。しかし問題なのはそこから下。人の手が入っていないアザーそのままの部分だった。


「おいおいおいなんで掘ってもいねぇ坑道の下が穴っぽこだらけになってんだぁ?」


「直線じゃなくて穴が無数に連なってるみたいね。しかもこの採掘地だけじゃなくてもっとずっと……途方もなく」


 ジュンと杏は画面を見ながら眉をうんとしかめる。

 その様子は2人だけではなく、《セイントナイツ》同様だった。


「どういうことですのこれは? ワタクシたちの手が及ぶ以前から別の手が入れられているということですの?」


「こ、こんな……ありえないことだ!」


 動揺が飛び火するようにチーム全体に広がっていく。

 そのなかでももっとも感情を揺さぶられているのは、夢矢だった。


「しかもこれは岩盤よりもっと下層に位置した場所も含まれている――およそ現実的じゃない! 僕ら虎龍院家の持つ技術を当てはめてもこれほどの地中数千メートルを掘り抜く技術までは到底届かないはず!」


 他を押しのけ画面に食らいつくよう身を乗り出す。

 つぶらで濡れた瞳はぎょっと見開かれ唇がふるふると震えている。


「これは僕ら現代の人間のなせる技じゃないよ! もし無理を通して計画を実行したとしてもリスクとコストが割に合わないもの!」


 悲鳴じみた訴えだった。

 事実はともかく、信頼に値する情報だった。

 地質学の権威、連綿とつづく虎龍院家の血筋がこれは異常だと口にする。

 そしてそれは夢矢自身で自分の父の行く末を塞ぐことと同義でもあった。未知が立ち塞がってはこれ以上の痕跡を辿ることは難しい。


「こ、こんなの複数の巨大なモグラがでも生息していない限り幾億年以上かかってしまう大事業だ!」


 だが、夢矢の放った叫びが再び道を繋ぐ。

 《マテリアル》の第2次派遣を乗り越えた面々のみが、ほぼ同時にはっ、とする。


「地中型のアズグロウか!?」


「あれがここまでやってきたってわけね! とんでもないことしてくれたじゃない!」


「つまり落盤の原因は私たちでさえ仕留められなかったアズグロウの親玉ってことだね!?」


 ジュン、杏、ウィロメナの3名は互いに見合いながらこくりと頷く。

 そしてその光の灯った3人の目が1人のもとへと集う。

 なにせ地質関係やら学のいることはわからずとも、AZ-GLOWの専門家がここにいる。


「アズグロウの性質上それはない」


 ミナトは一心に受けた期待をびしゃりと否定した。

 これは熟練として生きた経験が照らし出す結論である。


「アズグロウは習性があって3日周期で同じ場所をぐるぐる回り続ける。少なくともオレの知るヤツらの移動範囲にこのBキャンプは含まれていない」


「じゃあその習性とやらが唐突に変化したという可能性はねーのか!?」


「もし習性が簡単に変化するほどのものだとしたらオレはとっくにこの星の肥やしになってただろうな」


 そこまでミナトが言ってようやくジュンは悔しそうに口を閉ざす。

 通常であればアズグロウの徘徊する習性が変化するはずがないのだ。


――2つの例外を除いて。


 通常であれば変化はしない。

 そしてこれを口にするということは残酷な真実を伝えねばならぬということになる。

 だからミナトは僅かな間だけ口にすることを躊躇った。


「アズグロウの行動に変化を及ぼすのはフレックスの使用と人間が近くに存在することの2つだったわね?」


 代わりに例外を紐解いたのは杏だった。

 意気地なしが躊躇ったことをいとも容易く言い切ってしまう。

 こうなってはミナトもしぶしぶ「ああ」首を縦に振るしかない。


「オレの知る限りアザーでフレックスを使えるのはディゲルとチャチャさんだけなんだ。だからその2人はアズグロウの習性を知ってるからこそフレックスの使用を極力控えてた」


 ここまで言及してだいたいのメンツが察す。

 ミナトを含む全員がただ1人のほうに意識を向ける。


「……あ! ぼ、僕の父さんも第1世代ですけど使えます!」


 夢矢がおずおず控え目に挙手した。

 また目が潤みはじめ、きょどきょど周囲に彷徨う。


「ま、まさか……そんな……っ! 僕の父さんのせいでここの人たちが……!」


 誰も肯定と否定を出来ずに歯を食いしばることしか出来ないでいた。

 その可能性がもっとも濃厚である。さらにこの場にアズグロウがいないということはフレックスの発生源がすでに絶たれてしまったことにも繋がる。


「じゃあ、もう父さんは死んで……っ!」


 夢矢の華奢な身体がすとんと沈んだ。

 最後の支えを失ってしまったかの如く膝から崩れ落ちてしまう。


「とりあえず冒険のプロだってんならなかに隠れてやり過ごしたかもしれねぇ。死んだと決めつける前に落盤した箇所に行ってみるのが1番だ」


「ワタクシもそのご意見に賛成ですわ。もしなかに夢矢のお父上がいらっしゃるのであれば早いに越したことありませんもの」


 そんな頼りない方にジュンと久須美の手が添えられた。

 他のメンバーからも異論の声が上がることはない。

 この任務は彼の父、虎龍院剛山の回収。遺体すら見つけていないのなら続行となる。


「ごめ、んなさい……! ありが、とうございます……!」


 泣きじゃくる夢矢を最後尾にし、それぞれ帯びた武器を手に構えた。

 坑道は入り口のみが明るみで奥は当然のように漆黒が広がっている。

 そんななか僅かな光を携えたチーム《マテリアル》と《セイントナイツ》は躊躇なく闇に踏み入ったのだった。



……  ……  ……  ……  ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る