46話 未開惑星大規模派遣任務『First contact』
分厚い雲の層を突き抜けた艦船が次々にアザーへと着陸していく。
新型の艦は長年使用されていた
傑作とまで天才科学者の愛が語っていた。飛行速度も安定感も数倍以上に増した完成度なのだとか。
そしてようやく大規模派遣任務に挑むノアの民たちは、7代目艦長の残した遺産から地上という大気の中に飛び出す。
「すっごーい!! 声がどこまでもスパイシーに飛んでいっちゃうみたーい!!」
「うわ、埃っぽー……コレって本当に吸ってもいい酸素なのカナ」
各々が初めての踏む大地の感想を天高く叫ぶ。
まさに井の中の蛙大海を知る状態。
1人の麗しき女性が浮き足立つ者たちを律する。
「はいはーい皆さん注目ですよー。皆さんのお仕事はこのキャンプのハズレにある墓地を掘り返し遺体を回収することでーす」
ナースキャップの女性は豊満なバストの前で手をぽんと打つ。
彼女の周囲には白衣を模したスーツの集団が。清潔感のある姿の専門家がずらりと並ぶ。
「そしてお仏様を見つけしだい私たち《
もったりとした温和な声でミッションの内容を告げた。
ミッションの内容は遺体の回収。決して笑って行えるものではない。
浮き足立つ派遣チームにも自然と緊張感が生まれはじめる。
「うへえぇ~……それって生だったりスル?」
スパンキーな髪型の少女はピアスの着いた口を露骨に歪ませた。
対して糸目の女性はニコニコと晴天より晴れやかな笑顔のまま応じる。
「すべていちおう棺となる木箱などに入れられているらしいとのことです。なので安心して木箱を掘り返して下さいね」
これには彼女だけではない。
周囲のチームがこぞってほふ、と胸をなで下ろす。
「ですが場合によっては欠損した指先のみという可能性もあります。見落としに注意しつつスコップの先で破壊しないようにして下さい」
そして全員がぐったりと肩を落とすのだった。
ここ死の星アザーは良くも悪くも変わらない。変わったのは人間のほうだけ。
空は低く雲が立ちこめっぱなし、地上は埃っぽく風が吹けば赤土が舞い上がる。しかも時折雲間から灰の混ざった雨まで降ってくる始末。
キャンプは多重音響バリアによって守護されているため外部からの敵侵入の問題はない。が、0というわけではないため悠長に道楽気分という訳にはいくまい。
「はっはっはァ! 晴れてよりの大地のありがたみを実感するのは良いな! だが遠足じゃないことだけは忘れてくれるなよ!」
そんななかでも中年は元気だった。
降り立つのは初めてだとしてもすでに1度訪れているはず。なのに瞳はまるで少年のように輝いている。
東は引率役としてそれぞれに役を割り振っていく。
「チーム身所属の者たちは《スパイシースペイシーガール》とともに管理小屋裏手の墓を手厚く掘り返す作業だ! 《
飛ぶ鳥を落とす勢いで少年少女たちに指示を飛ばす。
受けた派遣チームは従順に彼の指示に従って三々五々散らばっていった。
軟派な男だが年上として正しく信頼されている。普段の態度は褒められるものではないが、現場ではきちんと大人をしている。
「はっはっはァ! そして《
ぐるっ、と。勢いよく白裾を振って白衣の天使立ちのほうへ振り返った。
そこにはもう誰もいない。すでにナースキャップの女性たちは仮設テントの作成に取りかかっている。
「私たちは防菌テントのなかで遺体の到着を待ちますー。それからサンプルを回収し身元の確認を急ぎましょうねー。もし東さんがしつこく
東はポーズを決めたままただ1人残されることになった。
派遣任務の仕事内容は墓の供養、製図、キャンプ解体の3つほど。
ちらほら残されたテントなどなどが未だ多重音響バリア内に散らばっていた。資材は有限であるため使える物は回収しなければもったいない。
なお清掃と製図によって安全が確保されれば次の工程だ。重機などが運び込まれる手はずとなっている。いったんは静まりかえることだろう。しかしキャンプはやがてもっと賑わうことになる。
「おーっほっほっほ! ごめん
「んきゃうっ!? 今の絶対にわざとでしょ!?」
そんななか荷下ろし中の久須美と杏が小競り合いをはじめていた。
持った箱ごと久須美はあからさまにぶつかっていった。だから小柄な杏の身体が弾かれて抱えた荷物ごとよたよたと土を踏む。
「あーらあらそんなところにいたんですのぉ! ちび助が小さすぎて視界に入ってきませんでしたわぁ!」
身長の差は顕著。まずもってして久須美のほうが年上なのだ。
容易に弾かれた杏は目端を吊り上げ睨みつける。
「いちいち突っかかってくんじゃないわよ! この染み! ソバカス! 久須美汚れ!」
「きぃぃぃお取り消しなさいな万年おちび! この至高であり珠玉のお肌を見てご覧なさいな!」
そしてもう口論になっていた。
あれではまるで水と油だ。互いに決して交わろうとせず反発し合うだけ。
遅れて船から下りたミナトは、薄目で耳の痛いやりとりを眺める。
「なんであの2人あんな仲悪いんだ? 革命のときもなんか色々あったっぽいし相当だぞあれ?」
荷物の積み下ろしをしていたジュンがはたと脚を止める。
「あん? 別にアイツら仲が悪いわけじゃねぇぞ?」
「どう素人目で見たって険悪だろバッチバチにお互いを意識しまくってるじゃないか。アレでチームワークとか大丈夫なのかマジで」
ミナトの懸念は2人の仲が悪いことではない。
この地で喧嘩なんて百害あって一利なし。キャンプならまだしも喧嘩が尾を引いて外でやらかすなんてことあってはならないことだ。
よいしょっ、と。荷物を置いたウィロメナもこちらにやってくる。
「ああやってお互いを鼓舞し合ってるんですよ。互いに互いを認め合う良いライバル関係って感じです」
「あの2人ってオールドホロの猫と鼠みてぇなもんだよな。いっつもああやって喧嘩してるっぽいがあれでけっこう隣で飯食ってたりしてんだ」
「なにより聴こえてくる2人のリズムはいつもぴったりなんです。だからたぶんお互いがアザーで緊張しないために思いやって――ふふっ、いちゃいちゃしてるだけですよ」
そう言ってジュンとウィロメナの2人は荷下ろしのため船のなかに戻ってしまう。
他の面々も到着後すぐに作業を開始している。ブルードラグーン号から荷下ろしの往復を開始していた。
しかし白衣を脱いだ愛はぶつくさ文句を垂れ流すマシンと化している。
「んもぉぉ~科学者に荷物運びさせるとかさぁ……。こういうのは頭脳担当じゃなくて脳筋担当に割り振って欲しいなぁ~んもぉぉ……」
大荷物と彼女の縮尺が合わない。錯覚を見ているような気分だ。
が、その身には肉体強化の蒼をまとっているため軽々と荷物を運ぶ。
夢矢も両手いっぱいの大荷物を恐る恐るなカニ歩きでちょこちょこ進む。
「っとと。うんしょ、よいしょ、ほいしょ……」
それもまた父親のためだ。
額に汗を浮かべ前髪を貼りつけながら懸命に働く。
生きているか定かではなくとも彼だけは絶対を信じて諦めていない。
「……んぇあ? あかる……あ、さ?」
なお珠はぼんやりとした薄目で雲の多い空を眺めていた。
蒼をまといながらの作業なため――約1名を除いては――非常に手早く効率が良い。フレックスによる身体能力向上を正しく使用していると言える。
こうなるともう持たざる者にとっては手持ち無沙汰でしょうがない。無職無能が極まってしまう。
「オレってアザーだとけっこう重要視されるポジションだったよな? コレが時代の流れってヤツか?」
手伝うにも非力すぎた。
なによりミナト自身がソレを1番理解しているため手は出さないと決めていた。
こうなってくると急激に故郷のアザーが居心地が――否、元から居心地は最悪だ。
ぼう、としている間にも自分の生まれ育った土地がどんどん様変わりしていく。浮浪者が迷い込むような簡易テント次々に取り潰されていった。
いちおう管理小屋である石造りの長方形はこん後のために残される予定だとか。この土地の拠点とするらしい。
さすがに思い出の家まで破壊されたとなっては心穏やかではいられなかっただろう。
そんなことを思いながらミナトは、大あくびをくれた。蓋をするように曇天な空へ伸びをする。
「せめてイージスのアホが帰ってくる場所くらい残しておかないとなぁ……」
サヨナラも言わず出て行った薄情者をアホといってなにが悪い。
それでも彼女はただ1人の恩人。せめて帰ってくる場所は残しておきたかった。
と、ここで役立たずのところに別の役立たずがやってきて隣に並ぶ。
「はっはァ。にしてもお前さんはずいぶんとあの子に気に入られているらしいな。入院中も通い妻のように面倒を見てもらっていたらしいじゃないか」
指示を終えたか、あるいは現場監督として作業光景を眺望しているのか。
その実ただ暇なだけということはミナトにも理解できた。
あの子だけではヒントが少ない。しかし入院中の通い妻で杏の話であることを理解する。
「杏のあれって気に入るとかそういうのじゃなく世話焼きってだけじゃないのか? それと革命を成功させた相手に対して人情深くて義理堅いとか?」
ミナトはなあなあな気持ちで東の持ちかける会話に応じた。
暇なのだ。中年相手でも暇つぶしにはなろう。
「だいたい合っているな。しかしだいたいが外れていると言えなくもない」
したり顔からウィンクが飛ばされる。
中年から飛んでくる星ほどかゆいものはない。
ミナトはイラッとしながら「そりゃそうだろ」と雑に返す。
「まだオレはノアの連中と出会ったばっかりだ。なんやかんやあったとはいえお互い腹の中をさらけ出せるほど安売りはしないさ」
「ほう。その言い分だとつまりお前は俺たちにすべてを打ち明けてくれていないという風に聞こえるぞ」
薄ら笑う東の目端が僅かに細まった気がした。
的確に痛いところを突いてくる。
「……オレにだって公言したくないことの1つや2つはあるさ」
「違う、お前の場合はすべてだな。お前は何も自分のことを語ろうとしない。あるいは心の戸へ知らず知らずのうちに鍵をかけている」
「…………」
なにかを言い返す気力さえ湧かなかった。
正直なところショックだった。この胸中に渦巻くのは失望か期待外れだった。
――オレだって整理がついていないんだ。そう易々と誰かに頼れるもんかよ。
会えると思っていたのにいなかった。
データベースを探しても船員名簿にさえ影も形も残っていない。
家族を守るため。その一心でミナトは革命に参加した。というのに己の夢は未だ叶っておらず。
「人ってのはよ……手に入ったと思ったものが手に入らなってなかったと知ったとき大きなショックを受けるもんだ」
「フゥン心理的リアクタンスの話か。そのつづきとして良く上げられるのは手に入らなければより欲望が強くなる、だ」
びょう、と。埃っぽい風が吹いた。
作業中の派遣チームたちははじめて舞い上がる砂にきゃあきゃあ、という黄色い声を上げている。
ミナトと東はそんな光景を遠巻きに眺めつづけていた。
「それだけじゃない。正直なところ色々な人間とどう接して良いのかさえ手探りなんだ」
「大胆な男かと思えば存外ナイーブなところもあるんだな。時として慎重な一面をもつのは欠点ではないがな」
実のところミナトは杏のことだけじゃなくだいたいの人々のことを知らずにいる。
しかも今はリベレーターということで担ぎ上げられている。が、それも75日ほどすれば噂とともに収縮していく。
「オレは英雄なんてガラじゃないんだよ。ただの無能、みんなが過大評価してくれてるだけだ」
失念されて見放されることへの恐怖は別になかった。
しかしなにより多くから与えられてしまう希望を折ってしまうことのほうが辛かった。
そのままミナトは口を閉ざす。吹き荒ぶ故郷を遠く眺めるようにして風に身を任せる。
もうこの中年に振れる話題はなかった。だからなにも「……」語らない。ただそれだけ。
「とにかくオレの言いたいことは1つだけだ。あの子は真っ直ぐだがそのせいでたまに暴走しがちになる。そのせいでアザーでも1度死にかけたと聞いている」
東は唐突に身を翻した。
よく流れる白い裾をばさ、と振って革靴が砂を転がす。
「ストッパーでも何でも良い。とにかくあの子があまり先走りすぎないよう手綱を握ってやってくれ」
「頼むぞ、マテリアルリーダー殿」言いたいことだけ言い残すとはまさにだ。
その無神経さが時としてカチンとくる。ミナトは小石を拾って東の背に投げつける。
「お前に頼まれる筋合いは――ない!」
別に怪我をさせるつもりはない小石が山なりになって飛んでいく。
それを東は横目に確認して頬横で楽々受け止めた。
「はっはァ。ああ見えて育ちは良いから胸のひとつでも揉ませてもらえ。肉体的接触がもっとも仲睦まじくなる近道であり、お前自身の見聞も広がって視野が開く」
「おまっ――バカか!?」
光景を想像しただけで頬が熱くなる気分だった。
チャチャならまだしも友だちのなんて考えたことすらない。
ミナトが怪我をさせるつもりの石を放るも、東は飄々とすべてを避けていく。
「はァーはっはっはっはァ!
そして中年は高笑いとともに砂煙の向こう側へと去って行ってしまう。
ミナトは手に貯めた石を捨て頭をがっしがしと掻きむしる。
「あのクソ中年! 若者に変な妄想植え付けて行きやがって……タチ悪すぎるだろ!」
「なんのタチが悪いのよ?」
ギョッ、と。口から心臓が出るくらい慄く。
頭ひとつぶん下を見ると隣に件の杏が立っているではないか。
「待たせちゃって悪いわね。でももう荷下ろしとっくに終わってるから出発の準備するわよ」
ミナトは人生ではじめて「お……おう」視線の向きを意識した。
なるべく彼女の瞳を見つづける。
そうすることで
「あとアンタはアンタであんまり私から離れないでいてくれる? ここはアザーなんだからバリア内とはいえもしものこともあるでしょ?」
こうしてみると今さらながらに気づくこともあった。
この少女は普段むっつりと気難しそうにしているがこうして話しているときはわりと朗らか。それに瞳もくりくりと幼げながらに澄んでおり話し相手であるミナトのことを真っ直ぐ見つづけている。
意識することを意識しだすと余計にどぎまぎが強まった。ただ世話を焼いてくれる子だと思っていたせいで女性であるということを失念していた。
「なによさっきからじっと見て? いつも以上に目が合うじゃない?」
杏が不満げにぷっくり頬を膨らした。
ミナトは慌てて「いえ、なにも?」目を空へと逃がす。
彼女は不思議そうに「? ま、いいけど……」小首を捻る。
「それより信はどこに行ったか知らないかしら。周辺と船のなかを探したのにどこにも見当たらないのよね」
どうやらすでに迷子がでているらしい。
しかもアザー出身者のなかから。
ミナトは浮かれた頭を雑な機械みたいに叩いて直す。
「あー、アイツのことだからたぶん人目の少ない場所とかに――」
ふとなにやらあちら側――管理小屋裏手のほうから甲高い声が響いてきた。
悲鳴という恐ろしいものではない。ただ普通に盛り上がっているような感じ。
ミナトと杏は互いにアイコンタクトで意思疎通を図る。
そしてどちらともなく管理小屋の裏手へと小走りに駆けていく。
近づいていくと、遠くから聞こえてきていた雑音が徐々に鮮明となっていった。
「見て見てラミィちゃんあっちにすっごいイケメンが落ちてたよー! やっぱり大地って超スパイシーだったんだねっ!」
ずりずり、と。やたらにテンションの高い少女が、線を引く。
痩せぎすな少女もはじめはげんなりしていた。
が、どうやら彼女の引きずっている物体を視認し、知覚する。
「サニィ……穴掘りサボってなにをおバカなことヲ――ぉ、マジのがちイケメンゲットキタアアア!?」
少女に首根っこを掴まれた信は、なすがまま。
ただ無抵抗。少女に引かれながら踵で大地に跡を残すのみの状態と化している。
きっと人目を避けて隠れていたのだろう。それをサボっていた少女に発見され、逃げることさえ叶わず。
因果応報。フレックス能力が使えるのにサボった結果が、ああなっている。
「ものすごい舞台映えしそうだから中央でドラムやってもらおうよ! この作業をスパイシーに手伝ったら夢のライブ会場まで1歩前進するって約束してるしさ!」
嬉々とする少女と反比例するが如く、彼は無気力にずるずる引きずられていく。
このままでは人が苦手なのに大舞台へ上げられることになってしまう。
「……………………」
そんな信のこちらを見る眼差しには――助けて、という――切望が強く滲んでいた。
○ ○ ○ … … ?
◎おまけ◎
ミナト「あれいちおうオレの友だちなんだよ……助けてやってもらえるか?」
杏「う、うん……や、やれることはやってみるわね。……いちおう」
《ステータスアップ》
※信がチーム《マテリアル》にちょっとだけ心を開いた※
※信はスパイシーという単語にトラウマを抱えた※
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