44話 緊急ミッション発令『My daddy』

「お、お願いします……!」


 ビー玉のようにつぶらな瞳が滲む。

 自己紹介に寄ればこの子の性別は少年らしい。だがあまりに中性的な顔立ちは少女であるかのよう。


「アザーで僕の父さんを探して下さい……っ! 父さんを探すのをてつだ、っでください”……!」


 仮名ブルードラグーンに乗り込んだ一党を待っていたのは、儚い願いだった。

 拭えども拭えどもあふれる涙は乾くことなく。雪の如く白い頬を線のように伝って光を含み顎先から滴り落ちる。

 しかもどうやら虎龍院こりゅういん夢矢ゆめと名乗る少年は、《セイントナイツ》の一員だった。彼の女性用とは異なるデザインをしたパラスーツの肩にも久須美立ちと同じ龍の紋章を帯びられていた。

 艦橋に通された《マテリアル》の面々は泣きじゃくる少年を前にして戸惑っている。


「セイントナイツリーダーのワタクシからもお願い致します。マテリアルの皆々様方にどうかご助力くださいますようご依頼申し上げる所存ですわ」


 すかさず久須美は姿勢を正した。

 なんの躊躇いもなく丁寧なお辞儀を返す。

 横で首を揺らす少女も頭を引っつかまれて「……おわぁ」と眠そうに鳴いた。


「という経緯で今回お前たちの仕事は夢矢君のお父上の捜索となった。チーム《マテリアル》とチーム《セイントナイツ》の共同ミッションになるから仲良くな」


「なにが共同ミッションになるぅ、よ!? そんな話ぜんっぜん聞いてないのになんでこっちが受けるのを確定したみたいな言い方してるわけ!?」


 杏は、東の一方的な言い草に青筋を立ててまくし立てた。

 彼女も含めて、《マテリアル》のメンバー全員が寝耳に水もよいところ。頭の整理が追いつかず豆鉄砲でも食らったかのような状態だった。

 しかもミナトにとっては他人事ではない。死神が殺め――……見捨ててしまったかもしれない相手の可能性だって大いにある。

 すると東はキザったらしく指をパチンと鳴らしてみせた。


「なお虎龍院氏は自発的にノアを飛び立ちアザーの調査に向かっている。そして重機や機器の搬送は済みいざ調査開始というタイミングで定期連絡が途絶えたらしい」


 ジュンも意を汲んだとばかりにひくりと肩を揺らす。


「そんな大それた派遣部隊が過去に送られていたって情報をアザーにいたミナトや俺等派遣組が知らねぇわけがねぇ。つまりキャンプとは無関係、あるいは別のところに降りたってことだな?」


 東は、注釈に手を打って軽い拍手を送った。


「理解が早くて助かる。その通り元調査部隊であるところの虎龍院氏は少数のパーティのみでキャンプとは別の区域の調査に向かっていた」


 どちらにせよ明かすつもりでいたのだろう。話を要約すると死神は無関係となる。

 段々となった艦橋は再度沈痛な静寂に包まれる。今明かされた特別任務の内容が内容なだけにおいそれと首を縦に振るのは難しすぎた。

 すでに一党等を乗せたブルードラグーン号は親元のノアを飛び立った。船首も兼ねた艦橋前面の180度にも及ぶガラス面の外はとうに暗黒一色を浮かべている。

 任務内容は虎龍院夢矢の父親をアザーから救い出すこと。

 なお、生死の類いは問わず。とにかく生死がどちらに確定してもノアへと連れて戻るだけ。


「生存している可能性はどれくらいだ?」


 船に乗り込んで最初のひとことだった。

 信は誰もが聞けずにいたことをなんのてらいもなく口にした。


「約8%と小数点以下細々とってところかな」


 愛が段の下の方からこちらを見上げていた。

 手元で船のコンソールを絶え間なくカタカタと叩いて忙しい。


「持ち込んだ食料の数から生存可能な日数を割り出してなおかつ原生生物から逃げおおせる。これらを再起動によって解放されたマザーコンピューターの演算を使い導きだした結果が約8%だよ」


 8%という数字をどう解釈するかは自由だ。

 それでも誰1人としてうつむいたことに答えは出ているのだろう。

 信は、シャープな顎に手を添え口を山なりに歪ます。


「……多いな」


 ぽつり、と。こぼされた言葉に艦橋内が僅かにどよめく。

 全員なにかを言いたそうに口をまぐまぐさせているが、ミナトも後につづく。


「ああ、多いな。あのクソ環境でズブの素人が8%の確立で生きてるなんて、奇跡に近いくらいだ」


 アザー組とノア組で意見が分かれるのも無理はない。

 あの悪辣な環境で希望的観測をすることのほうが無理というもの。

 アザーという死の星を骨の髄まで知っているからこそミナトと信は、8%を高確率と捉えていた。


「てっきり0.00以下のふざけた数値を言い出すのかと思ってたけど、存外しぶといおっさんなんだな」


「俺は葬式の材料を同情で回収させるために0%に嘘を乗せているのかとさえ考えている。それくらいあまりにも生存率が高すぎる」


 アザー組は声を揃えて辛辣な意見を交換した。

 これには東でさえ笑みを曇らせ肩をすくめる。


「はっはっはァ。……嫌な若者の代表のようなヤツらだな」


 いちおう信は言葉を濁し――たのか?――葬式の材料なんて言ったが、その実死体回収をさせたがっているということ。

 東が夢矢という少年に情を覚え、《マテリアル》にサルベージを指示してきているという可能性もなくはない。

 ミナトはオペレーターの座る硬い椅子にどっかと腰を据える。


「それにしても8%っていう数字に信憑性がないな。さっきも言ったけどあの星でズブの素人がバリアの外にでたなら生存確立は0に決まってる」


 と、押し黙って様子見をしていた夢矢が涙をひと思いに袖で拭う。

 真っ赤な目がうるうると水面のように揺れている。


「い、いえ僕の父さんは素人ではなく地質学者で探検家でもあるんです! もしかすれば星の地層を予測してどこか安全な場所を見つけそこに隠れ潜んでいるかもしれないんです!」


 背は低く身は華奢で。見れば見るほど少女にしか見えない少年だった。

 そんな愛くるしくも奮起する夢矢の頭にぽん、と大人の手が置かれる。


「夢矢君の言うとおり虎龍院氏は星の素人ではあれど冒険のプロであり生存の可能性が十分に残されている。そのため死体を確認するまで死んでいると断定するのはナンセンスとしたわけだ」


 そして東は「どうだ?」マテリアルの面々へ真剣な眼差しを向けた。

 つまりここまでが作戦内容の説明と情報の開示を担う時間だったということ。

 ここからの決定はチーム《マテリアル》のメンバーに委ねられようとしている。


「ちょっと久須美アンタこんな重要な話を知ってて隠していたってこと?」


「いえ? 夢矢の様子が変だとは思っておりましたが内情を知らされたのは今日がはじめてでしてよ?」


 夢矢が睨み合いになる寸前で2人の間に割り込む。


「あ、東ちゅう……東さんが僕に黙ってた方が良いって教えてくれたんです! だから久須美ちゃんはなにも悪くないんです!」


 それを聞いて杏と久須美は同時にハッとした。


「…………」


「…………」


 凄まじい剣幕と辛辣な視線が首謀者を鋭く射貫く。

 まさに虫けらを見るが如く。

 東はコーヒーをすすろうとしていた手を止める。


「はっはっはァ! この船にお前たちが意気揚々と乗ってくることさえ俺の目論見通りだったというわけだ!」


 銃を模した指でぱぁん、という動作ジェスチャーをした。

 あの革命を緻密に組み上げた男だ。たかだか若人の1人2人を巧みに乗せて誘い込むことくらい朝飯前だろう。

 余裕の様子から見るにこの無精髭中年の目的は、隔離。《マテリアル》と《セイントナイツ》を他のチームから引き離し特別任務を引き受けさせる算段なのだ。

 怒りに震える手が武器の柄を手にし紅の鏡面が背から引き抜かる。


「わぁぁぁ! 杏ちゃん待って剣! その剣を構えるのをまず止めよう!」


 ウィロメナが殺気立つ杏を見て慌てて止めに入った。


「今から東をコソぐわ! そしてこの男のどこかしらの肉片を刮いで焼いて宇宙に捨ててやる!」


「別に焼かないでそのまま宇宙に捨ててもいいよね!? あ、でもやっぱり刮ぐのも止めよう!? あと刮ぐってなにかな!?」


 蒼が立ち昇っていない辺り杏も本気ではない――と信じたい。

 とにかく東の目論見は置いておくとしてもこれは至極真っ当な依頼だった。

 アザーに降りたことがあるチームは《マテリアル》だけ。なおかつ熟練のガイド2名も揃っている。そこへ追加戦力として依頼人及び依頼人のチームまで追従する。

 しかして誰も難航を極めるであろう仕事に首を軽く振ろうとする者はいない。ぎゃあぎゃあ暴れる杏を置いてこちらは粛々と情報の整理をはじめていた。


「捜索するつっても星単位の話じゃ何年かかるかわかったもんじゃねぇよな。せめてどこらへんに降りたのかくらいの予測はつかねぇのか?」


「ん~……あるのは半年くらい前にノアを出航したっていう人づての情報くらいかなぁ~。その時に使用した船を特定してトラッキングすれば1発だろうけど、マザーの再起動で細かい記録が消えちゃってるっぽいんだよねぇ」


 今ばかりはジュンも厳粛さをまといキリリと表情を引き締める。

 愛も情報を探るためサーバーにアクセスしたりと指を忙しなく動かしつづけていた。

 そして最後はコンソールを叩く手を止め、ばんざーい。お手上げとばかりに色く透けた脇の窪みを晒してしまう。


「しかも星が雲で覆われているせいで宇宙からの眼は利かないときた。このままじゃあ僕らが探し回ってるうちに虎龍院さんは食糧不足で致死率100%だねー……」


 生存に賭けるのであれば早期発見が要と言える。なのだが肝心の向かった先が定かではない。

 そうでなくてもあの星には超危険生物AZ-GLOWが蔓延っている。無策で探し回るというのはやはりというか現実味に欠けた。

 各々口を閉ざす代わりに天を仰いで喉を唸らす。このままではただ平行線を辿るだけになりかねなかった。

 しかしここでノアの民だからこそ予想だにしていなかったであろう人物が1歩前に躍り出る。


「あの星に人類未到の秘境はいくらでも存在する。俺たちアザーの民でさえキャンプ周辺以外の領域は未踏の地だったはずだ」


 寡黙を貫いていたはずの信が悠長に語り出す。

 元より一層凜々しい顔立ちで腰の刀をカチャリと奏でた。


「だから既に調査が進んでいるキャンプ周辺に降りてから周囲円上に移動したと考えるべきだな。なにより俺たちは安全な場所をキャンプに定めてからそうやってあの土地を開拓していったんだ」


 彼の友以外ほとんどの人間が目を丸くする。

 しかし信はそのどれとも目を合わせようとしない。


「なによりあの周囲に鉱石があるだろうと予測したのも地質学者連中と見るのが妥当。そんな連中が自分たちのマイノリティを無視するとは思えない」


 そして最後に「違うか?」目端の長い勇ましい瞳と薄い笑みが向けられる。

 ミナトは伸びをしながら緩く応じた。


「それで合ってるんじゃないか。というよりオレははじめから目星がついてる」


 ここで受けるとか受けないとかの話は別にしていない。

 やる、やらない、の選択は、もとより皆無に等しい。

 まずもってして東の目論見はそこにまで至っている。その証拠に訳知ったような顔でミナトのほうへとカツカツ革靴で歩み寄ってくる。


「はっはァ。報奨金が欲しいのなら好きな額を言ってみろ。現金なヤツのほうが話は早くて助かるぞ」


 たぶん信頼されているのだろう。

 東は、はじめからミナトがこの商談を断らないと読んでいたのだ。

 このアザーの死神にとって生きてるとか死んでるとかさえどうでもいい。ただ連れて帰ることのみということこそが仕事なのだ。

 ミナトは、《マテリアル》の面々をぐるぅりと見渡す。


「ん、そうだな。報奨金かぁ……」


 どいつもこいつも良い顔をしていた。前向きで若々しく生気に満ち満ちている。

 それはきっとこのブルードラグーン内部だけの話ではない。この大規模派遣任務に率先して参加した若者たち全員が同じ。

 ミナトは勢いをつけて椅子から薄く骨身の浮いた尻を浮かして立ち上がる。


「オレの願いは、今アザーに向かっている派遣部隊の全員で必ずノアに帰ることだけだ。それ以外は……うん、なにもいらない」


 彼に「それでいいよな?」そう投げかけられた面々は、それぞれ頬を緩ませ、良しとした。

 これはすがすがしいまでの無欲などではない。命1つとして見捨てないというおどろおどろしいまでの強欲でもある。


「どうした東? お前のことだからはじめからこうなることくらい知ってたんだろ? それなのになにぼっ、とあほ面下げて佇んでるんだよ?」


「……フッ、いや、なんでもないさ。その挑戦しかと受けて立ってやろう」


 僅かに不思議な間が開いた。

 しかし東はすぐに普段の調子を取り戻す。

 白羽織の両ポケットに手を突っ込んでさぞ愉快とばかりにくっくと笑った。

 そうして話がまとまり欠けていると、ミナトの元へ白い影が独楽鼠の如くとと、と駆け込んでくる。


「どうか……どうか僕の父さんを……」


 ひしっ、と。しがみつくような必死な感じで小さな手が手をとった。

 夢矢は、呆然とするミナトの手を、包み込むようにして己の額に寄せる。


「助けて下さい!」


 少女のようにか細く悲痛めいた懇願だった。

 久須美も長い足を優雅に繰り出し《マテリアル》の前に出向く。

 そしてくびれた腰を引いて毛量のある頭を90度にまで下げる。


「チームリーダーのワタクシからもお願い申し上げます。ご助力いただけるのであれば相応の見返りを用意させていただくことをお約束致しますわ」


 見惚れるほどに美しい礼を尽くしたお辞儀だった。

 《マテリアル》たちは黙って左肩の腕章部分に手を添えて敬礼を返す。

 これにてチーム《マテリアル》とチーム《セイントナイツ》はアザーで共同作戦をする取り決めとなった。

 任務内容は死の星アザーにて虎龍院夢の父を探し出すこと。そして全員が生存いている状態でノアの帰路に着く。

 そうして幾ばくかがたつと、ようやく窓の外に白き星が見えてくる。外から見れば白く美しい綿雲のような星だ。

 全員で宇宙空間を眺めていると、横からミナトの脇が小突かれる。


「見返りいらねぇなんて格好つけちまって良かったのか。東のあの顔からしてあるていど吹っかけるられることくらい承知の上だったはずだぜ」


 横には好青年を絵に描いたような快活な顔が合った。

 ジュンはひそひそ声を潜めながら耳元に囁いてくる。


「……あの星でもう誰も死んで欲しくないんだよ」


「お前らしすぎて安心する答えだな……俺も同感だ」


 だからミナトは美しくも血濡れた星を眺めながら静かに思いを口にした。

 実は無一文だということを加味して少しくらい吹っかけるべきだったと後悔しても、もう遅い。


「むにゃ……ぐぅ……」


 なお《ナイツ3》である亀龍院きりゅういんたまは、ずっと寝ていた。

 寝ている間にすべて取り決めが済んでしまっていた。




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