43話 第3次大規模未開惑星派遣チーム『The 3rd form』

 大規模派遣任務発令からおよそ3日が経ち出発の段取りが整いつつあった。

 今回の作戦は専門家や科学者および重機などの搬出と搬送が可能か調査すること。

 とにかく未開惑星の本格探索へと繰り出すの前準備を担っている。何事もはじめが肝心ということで下準備には相応の精鋭が派遣される予定となっていた。

 そしてチーム《マテリアル》を含めた新生ノアの民たちは、ダンスホールと呼称される飛行甲板に集おうとしている。

 集っていくなかでも死の星へ向かう若者たちは複雑な感情を持っていることが窺えた。期待、勇姿、焦燥、不安、葛藤。それぞれの胸に抱く思いが表情や行動に滲み出ている。


「あぁ……寝違えた。ベッドがふかふかしすぎてるせいで首の座りが悪いのなんのって……」


 そんな緊迫する空気に1人の少年が10度ほど傾いた首で現れた。

 飛行甲板上は、今はまだ生体ガラスという透明なドームによって大気が形成されている。だからフレックスをもっていない彼でも悠然と出歩くことが可能となっている。

 周囲のぎこちない足どりを置いて1人、宇宙を背景に首を回し回し出向く。さして緊張した足どりでさえなく、まるでというか完全に実家へ帰るノリだった。


「寝違えたのなら脇の下に物を挟むと治るらしいぞ」


「嘘をつくな首なのに脇とか関係ないだろ」


「確かにそうだな」


 2人の少年が現れる。

 同時に彼らに周囲の注目が群がった。


「おいあれって確かアザーから上がってきたっていう連中じゃなかったか。今回の任務のガイド役として参加するとは聞いていたけど……」


「片方は7代目を総督の座から引きずり下ろしたリベレーターだ。もう片方は……誰だ?」


「長岡晴紀と組んでたって噂の少年じゃなかったか? しっかしすげーイケメンだなぁ?」


 ひそひそ、ひそひそ。声を潜めていても話題が彼らを中心にしていることは明らか。

 そうでなくとも特別任務を前に腰が引けている。なのに不穏分子が混ざっているとなれば不安も高まって致し方ない。

 期待や尊敬ならばまだしも軽蔑や悪意の視線も多くある。ノアという方舟は籠と同義。外からの異物の流入をそう簡単に受け入れることは難しいのだ。

 それでもそんなことさえ意に返さず堂々と肩で風を斬る子もいる。


「おーっほっほっほ! ごめんあそばせあさーせ! ワタクシのハナー道を飾るモブ様たちはありがたく道をお譲りなさいまし!」


 扇子を扇ぎながら高笑う。

 膝を伸ばし踏むたびわっさわっさと毛量の多い毛束が揺らぐ。

 鳳龍院久須美率いるチーム《セイントナイツ》が人々の波を掻き分け躍り出る。

 すると、「あらあら?」久須美は、前を歩く少年の後ろ姿に、長いまつげをしぱたたかせた。 


「これはこれはリーベレイター様ではございませんの。本日は共同となる任務に同行出来ること光栄にお思いますわ」


 扇子を閉じ、嬉しそうに頬横でぽん、と手を叩く。

 ミナトも聞き覚えのある印象的な声――と、強烈な初対面の印象――に振り返ってふふと頬を緩ませる。


「こちらこそ。今日はお互い命を大切にすることを念頭に置いて慎重に立ち回ろう」


「そんなご過分なご心配はご無用ですわ。強くてプリティなワタクシに不可能はないのですことよ」


 と、長身の彼女は誇らしげに高い鼻と胸部をつんと反らす。

 非常に動きやすい反面パラスーツはあらゆる箇所をリアルする。胸囲も張り詰め腰回りもひょうたんのように浮いてあられもない。

 なによりこの子は性格が極まっているだけで身体的にも尊顔も恵まれている。女と食に日でった身には目の毒でしかない。

 ミナトは照れつつ目を逸らす。


「強いかは実際見たわけじゃないしよくわからないけど、ともかく後半のプリティはあってるんじゃないか」


「あら? お世辞が言える方は嫌いじゃありませんわよ?」


「まあとりあえずオレの名前はミナトだ。その久須美さんのよく言う……りべれ、りべ、りぃべるぇいたぁは勘弁してくれ」


 ミナトが手を差し出す。

 久須美は迷いなく差し出された右手を右手でふんわり握り返す。


「敬称はおやめになってくださいまし。そのまま久須美あるいは鳳凰院のどちらでも構いませんわ」


 改めて自己紹介を澄ますと久須美の表情に花も羨む笑みが咲く。

 こうして2度出会えることがミナトにとっては未だ新鮮だった。《マテリアル》のメンバーたちともいちおう心通わせるくらいの関係にはなっている。が、それでもだ。

 ゾクゾクと大規模派遣任務に向かう人々が甲板上のダンスホールへ集っていく。そしてこの甲板上には見慣れた補給船の垂直離陸機VTOLとは異なる小型艇が用意されている。


「はぁーはっはっはぁ! はぁーはっはっはぁ!」


 男は、久須美とまた別の次元に立っていた。

 目の前には停泊されたガンメタリック調の真新しい小型艇が鎮座している。

 それを男は愉快とばかりに見上げ、高らかな愉悦を宇宙へ奏でつづけていた。


「これが長岡の残した超高速船か! 利用されたぶんこちらも利用してやらねば気が済まないな! そうだこの俺の専用機はブルードラグーン号と名付けようじゃないか!」


 いい大人がおもちゃを前にして子供の如く、はしゃぐ。

 その姿は見ていて辛いものがあるし、実際集まった数人の若者が呆れ目で見ている。

 ミナトは、まず先に到着している《マテリアル》の面々に無言で軽い挨拶を交わす。

 それからうんと眉をしかめ目を爛々と輝かせる中年を軽蔑を送る。


「周りがお前を見て呆れ果ててるのがわからないのか。しかもよりによってブルードラグーンってなんだよ」


 それを受けて東は、「きたな!」勢いよく名ばかり高官衣の白裾を流す。


「お前が新たなる御旗につけたイージスという名もなかなかだったぞ! 正直なところ俺はかなり気に入ってるといっても過言ではないがな!」


「オレと東が同レベル帯の人間として語られるような言い方はやめろ! 未来ある若者を同じステージに引きずり下ろそうとするんじゃない!」


 出会い頭からすでにけんか腰なのには色々と理由があった。

 なにせこのあずま光輝みつきという男は中将という名目を脱ぎ捨ててからというものことあるごとにミナトの元へ訪れる。

 入院中も、入浴中も、小便器の隣でさえ。とにかく神出鬼没、波瀾万丈。現在のノアの状況などを事細かに話してくることもあった。


「ようやくまともな対面と相成ったわけだ」


 そんな中年はゾッコンのミナトから視線を外す。

 顎の無精髭をさすり、さすり。色気を帯びる焦げた瞳が艶めかしく細められる。


「はじめましてだ暁月信君。俺の名は東光輝。君のよく知っているであろう長岡晴紀とは元同僚にあたるしがない中年さ」


 その先にいるのはミナトの隣にピタリと寄り添うよう美丈夫が佇んでいた。

 信は、僅かに如く目端を怜悧れいりに細ます。


「……。俺の周囲にまとわりつく影のような女を差し向けたのはアンタだな」


 珍しく初対面相手に言葉を交わす。

 代わりに隠そうともしない警戒が滲む。


「さてななんの話をしているのやら。俺は君の友だちと同じくらい君と仲良くなりたいと思っているだけさ。そこにこれといって深い意味はない」


 そう言って東はほがらかに頬を緩めて手を差し出す。

 友好の証シェイクハンド。当然のように兆しを受ける相手は微動だにしないのだが。

 信は、腰に履いた刀をカチャリと鳴らすだけ。


「お前らが俺を信用していないのと同じで俺もお前らを一切信用していない。それだけは海馬に刻みこんでおけ」


 仏を斬るといわんばかりの殺気が放たれた。

 薄く浮いた蒼が体表面に揺らぐ。本気で斬りかかるつもりはなくてもこれ以上の威嚇行為はない。

 確かに信は一方的に利用されていた。だからこそ長岡の同僚と銘打った相手に心を開くものか。

 東はニヤけ面を崩すことなく行方を失った手を引く。


「おぉーい東ぁ! 船の調整終わったから最終チェックよろりー!」


「はっはぁ。信、君はこれから快適な星の海を楽しむと良いさ」


 小型艇から覗く愛に呼ばれ、東は肩をすくめ身を翻す。

 白波のように裾が流し緊張という張り詰めた糸のみを残して話を切り上げる。未だ係の者が忙しそうに右往左往する蒼き小型艇の方へ去って行ってしまう。

 宛てを失った大規模派遣組の視線が信に群がるのがわかった。彼に降り注ぐのは疑念、疑心。そういった信頼とおよそ真逆のよそよそしいものばかりだった。


――あの騒ぎの後だし。さすがにこの短期間じゃ無理もないか。


 革命の残滓がありありと立ちこめていた。

 物言わぬ性格も相成っているが、それでもノアの民たちは信に対して排他的な行動を見せる機会が多くある。

 ミナトとしてもそんな友を放置するのは心苦しくあった。信にはなんとかしてノアの空気に馴染んで欲しいところ。


「あれ? 久須美?」


 そういえば、と。いつの間にか視界から消えていた姿を探す。

 少なくとも東と会話しはじめる前か、あるいは《マテリアル》の面々と合流するまでは確かに一緒だった。

 なのにあのゴージャスな髪型の少女の姿が忽然と消えている。


「……んぇあ?」


 今なお増え続ける遠征部隊の人混みのなかから間もなく発見に至った。

 ずりずり、ずりずり、と。ミナトは長身かつ耽美な久須美ともう1人を発見する。


「しゃんとなさいな! マテーリアルの面々がお揃いになっているのですからこちらも華やかに決めねば御三家として面目が立ちませんの!」


「まだ暗いじゃぁん……ぶっちゃけ夜じゃぁん……ぇぇぇ……」


 彼女は背後になにかを引いていた。

 というより全体重を彼女に預けるようにしながら少女が1人引きずられている。


「なんだありゃ?」


 ミナトが呆れていると、パラスーツ姿の杏が斜め下からひょっこり頭を覗かす。


「ああやっぱり《セイントナイツ》の構成メンバーは名家御三家の3人なのね」


 ふん、と。久須美の方を見つめながら気丈な吐息を吐く。

 本日はすでに戦闘モードが整っていた。背には鏡面の如き紅の武器を背負う。腕組みすると身長の未熟なわりにちゃんと女性らしい箇所が盛り上がる。

 ミナトは気をとられつつ「名家御三家?」聞き慣れぬ単語に首を捻った。


「宙間移民船制作時の大口スポンサーとなった3つの家柄の子孫よ。そしてあの2人が鳳龍院、亀龍院の2つの名家を継ぐ子たちってこと」


 ノアの民であるジュンとウィロメナも一緒になってあちらを眺める。


「カーストみてぇな胡散臭いもんはねーから心配すんなよな。あれは久須美が勝手に家柄を誇ってるだけって感じだ」


「でも連綿とつづく家計にはそれに応じた船内の仕事が与えられるね。くっすんの鳳凰院家や亀龍院家は主に畜産や園芸の中枢を長く務めてるすごいお家なんだよ」


 ウィロメナはローブとフードを目深く被っておりすでに臨戦態勢が整っていた。

 ジュンはいつも通りの制服だが腰に銀剣を履いている。代わりにインナーとしてパラスーツを着込んでいるのだ。


「いくら未来的に近代化されている船とはいえ熟練者は欠かせないわ。いつの時代にも機械と人は一長一短で支え合いながら生きているのよ」


「ノアにだって優秀なエンジニアたちが大量にいるんだぜ。とくに重工系の家計は超絶優秀揃いだかんな」


 ミナトは、ノアの常識を学びながらも「ふぅ~ん」なんとなく理解していく。

 身近なところに愛という天才科学者がいる。そんな少女と同じように労働の先鋭化が成されているということ。

 広いが星と比べれば豆粒のような方舟のなか。そんな状態でも人間たちは生活の基盤を安定させるべく己等の技術を研ぎ澄ませ躍進しているのだ。

 そうこうしている間に久須美がようやくこちら側へとやってくる。


「はぁ、はぁ、はぁ! ごめんあそばせあさーせ! マテーリアルの皆々様がた!」


 すっかり息が切れ高圧的な態度にも綻びがすごい。

 アザーへ出向く前だというのに息を切らし汗だくとなっている。

 しかももう1人の少女はとうとう最後まで久須美にその身を運ばせたらしい。


「すやぁ……ぐぅ」


 緊張とはほど遠い非常に安らかな寝顔だった。



 … … … … … …

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