41話 御旗の元に集う騎士『Sunny knights』

 狭い研究室から出れば人々の往来足繁く。

 他人の心情なんてお構いなしに都会は喧噪で賑わっていた。

 ここはノアのなかでももっとも人々が日常を示す区画でもある。直径30km第5層からなる居住区のその2層目にあたる。

 革命の際の――致し方なくも――傷跡が強く残るのは、1層目のビジネスを中心とした居住区画だ。ゆえにこの2層はおおよそノアの民の日常を現わしているといえる。

 一党は、磁気浮遊する無人のリニアバスから降りて歩きだす。


「くぅぅ! 腹減ったなぁ!」


 真っ先にアスファルトに降りたジュンは空へうんと伸びをした。

 その斜め後ろに寄り添うようウィロメナがちょこんとつづく。


「ジュンお行儀が悪いよ。周りの人に笑われちゃってる」


「行儀で腹は膨れねぇし腹が減ってりゃ気分も落ち込む。膳は急げって言うだろ?」


「それたぶん善悪じゃなくて御膳の膳のこと言ってるよね? それだとお腹すいたただの食いしん坊さんになっちゃうよ?」


 2人は舗装された清潔な歩道を迷いなく進んでいく。

 ノアの民にとってここはきっと歩き慣れた道なのだろう。雑踏のなかをまるで忍者のようにひょいひょい軽く躱す動きも実に軽快だ。

 しかし未だノアの住民登録さえ済んでいないアザーの民には、道に映るすべてが未知でしかない。


「お、おぉ? な、なんで地下なのに空があるんだ?」


 下層だというのに上には晴天の青空が広がっていた。

 異様な光景に足を止めてしまった背を、もう1人が押す。


「ほらしゃんと歩く! もっと前見て進みなさい!」


 ぐいぐい、と。押されながらも彼の視線が定まることがない。

 杏は、すっかり街に呑まれつつあるミナトを強引にエスコートした。


「いやだって空が……しかも青いぞ?」


「人の精神的な負担を軽減するために自然な投映されているの! あと5の倍数じゃない日は快晴っていう決まり!」


 両手で自分より身長のある青年の腰辺りを押していく。

 時折誰かにぶつかりそうになるとひねりを加え向きを変えてと忙しい。


「風なんかも微風だったり強風だったり日によって変化があるわ。それに合わせて雲の動きも同期したりするから暇なとき眺めてるのも面白いわよ」


「へぇ~。曇ってない昼の空とか滅茶苦茶久しぶりに見るなぁ~」


 1層目と異なる閉塞的空間に青空があるのも不思議な光景だった。

 ミナトにとっては角張った建物群なんかよりもそっちのほうに気をとられて仕方がない。なにしろ故郷死の星の空は曇天しか表情を見せてくれない意地悪なところだった。


「うぬぬぬぅ! いいから自分で歩きなさいっての! いい加減にしないとフレックス使って運ぶわよ!」


「……ふれっくすってなに?」


「ああ嫌なこと思い出させちゃった! やっぱりそのままで良いから忘れて忘れて!」


 杏はあわあわと両手を振った。

 強気な彼女が慌てふためき言葉を取り消すほどの重症だった。あの測定以降ミナトの前でフレックスという単語は、ある意味で禁止ワードめいた扱いとなっている。


「にしてもミナトのやつ特殊な体質してるよなぁ。フレックスを使えない一般人でさえ10から20はあるってのによ」


 ジュンは頭の後ろで手を組む。

 長い足を高く繰り出し歩調はおおらか。杏とミナトのほうをちらと横目に捉えながらずんずん進んでいく。


「愛ちゃんなんて測定結果を見てうきうきしちゃってたしね。あれはしばらく研究室に籠もるんだろうなぁ」


「体の良いモルモット見つけたみたいなツラしてたもんな。とはいえなんかわかればミッケもんってとこだろ」


 とりあえず今後の予定に愛は同行していない。

 なにせ彼女は目を血走らせながら研究室いる。

 それで原因究明を図ってくれていることがミナトにとって唯一の救いか。なによりこの物見遊山的観光すらも気晴らしのために組まれたものだ。

 そして今目指している先は、チーム《マテリアル》が行きつけの料理屋らしい。腹が満たされれば不安も不満も吹き飛ぶだろうというジュンの快活な提案に全員がこくりと首を縦に振った結果、こうなっている。

 気を遣われているのに黒い頭は垂れて足どりも覚束ない。


「……なんか無能無能と自分で言いつつも太鼓判押されるとやっぱりかなりクルな……」


 あんなものをまざまざと見せられては乾いた笑いくらいしか出てこなかった。 

 とはいえそりゃあ少しは期待、なんて。していなかったわけではないのだ。

 なのに数値は0と1を繰り返すだけ。前代未聞の無能烙印が額に押されたようなもの。

 街並みは華やかで行き交う人々が趣味や娯楽や仕事で右往左往していく。人々が言葉を交わす音が重なると、わいわいがやがや。日常という盛況さが窺えた。

 そんななか不況から好況に向かう街の重厚な音色に滴を落とす笑いが木霊する。


「おーっほっほっほ! おーっほっほっほっほ!」


 高笑い。あるいは馬鹿笑い。

 街行く人々が足を止め視線を発生元に向けた。


「ここであったが100万ジュール! ついに見つけましたわ我が宿敵であり野望を前に立ちはだかる難敵その名も国京杏!」


 ずびしっ。ゴージャスな髪と女性らしい張りが同期して躍動する。

 勢いよく指と名差しを向けられた杏は、「うげっ!」足を止めた。

 同時に露骨な嫌という感情を顔中で表現した。


「それとチームマテーリアルの皆様にリベレィター様ではありませんこと! ごきげん麗しゅう! こちら名誉ある《セイントナイツ》の騎士団長こと鳳龍院ほうりゅういん久須美くすみと申すものですわ!」


 ゴージャスな少女は鳳龍院久須美と名乗りながら貴族めいた礼をくれる。

 あまりに唐突な邂逅。気落ちしていたミナトは「り、りーべれぃとぁー?」気落ちしていたことをさえ忘れさせられた。

 この少女、とくに筋骨隆々というわけではない。が、初対面のミナトの目には非常にパワータイプに見えた。

 なにも言えず口をパクパクさせていると、代わって年長組がため息をこぼす。


「知ってる。ってか俺ら同期だろ。今さら自己紹介されても困るぜ」


「知ってるよね。というより久須美ちゃんとは幼少期から同じ学年だよ」


「貴方たちに挨拶したわけではありませんことよ。そこにおられるリベレィター様に改めてお見知りおきいただくためにした次第ですの」


 どうやらこの凄まじい少女はジュンやウィロメナと同世代らしい。

 身長はすらりと高く足も長い。女性にしては長身の部類に入る。パラスーツの着こなしも華やかで身体のラインが強かに浮かび上がるほどのナイスバディ。

 しかしそれらすべての美という要素を塗りつぶすほどに彼女はゴージャスだった。性格の極まってる具合も人目を引いて仕方がない。


「あ~ら? 国京さんの杏さんってばそんなところにおりましたの? ちんまりとしていて気がつきませんでしたのことよ?」


「……はぁ。出会い頭に私の名前叫んでおいて良くぬけぬけと言えたモノね」


 杏は、テンションが青天井な久須美と違いかなり下降気味だった。

 表情からうんざりしているというより辟易としている感じが伝わってくる。


「ってかアンタこんなところでなにやってるのよ? まさかまた私に因縁つけるために待ち伏せしてたんじゃないでしょうね?」


「ワタクシ鳳龍院ともあろうものがまさかまさかそのような不躾なマネをするとお思いですの?」


 久須美は勢いよく開いた扇子で口元を隠した。

 杏を見る視線はあくまで下向き。見下しがちに長いまつげの影を伸ばす。


「思ってるから言ってんでしょ! この間の革命の時だって私に喧嘩売りたいがためだけに穏健派に入ったって聞いてるわよ!」


「あーらあら情報如きに踊らされるなんて言語道断ですわね。ワタクシがそんなチープな理由で剣をとったと思わないで下さいまし」


 

 杏がプリプリ怒りながらカウンターを繰り出すも、久須美は顔色ひとつ変えやしない。

 さすがは年上といったところか。くびれた腰をしならせ腕組みをし流し見を決めるだけで大人の余裕と色気がムンと香る。


「しかもなにがリベレイターに改めてお見知りおきよ! アンタあの時ずっと1層居住区の地べたに貼り付けになってたじゃない!」


「それは貴方様がワタクシに第2世代能力の《重芯モード》を掛け流しされたからでしょうにィィ!! キィィィあの後能力が解けるまですっごい大変だったんですのよォォ!!」


 前言撤回。久須美は地団駄とともにガラスを引き裂くような悲鳴を打ち上げた。

 傍から見ても2人は犬猿の仲だった。そんな2人を野次馬たちはなんだなんだと物珍しそうに観察している。


――セイントナイツねぇ。腕章に描かれているのは龍のエンブレムか。


 久須美の腕には電子腕章が飾られいていた。

 それは東という元中将現中年が推進していくと宣言した新たなる法――チームシステムの形跡でもあった。

 引き締まって細い彼女の腕を輪転するかのよう盾と龍の紋章が交互に切り替わっていく。


「で、アンタいったいこんなところでなにやってたの? 街中でパラスーツ着てるってことはミッション中ってことでしょ?」


 久須美が龍を象るナイトなら対してこちらはチーム《マテリアル》だ。

 全員私服なため現在は腕章を浮かべていない。だが、きちんと《マテリアル》にも御旗となるデザインが存在する。

 と、尋ねられた久須美はおもむろに手提げの袋をまさぐりはじめる。

 そしてわあ、と。桃や黄などの彩り豊かな花弁が宙へと舞った。


「この通り花壇のお手入れをしておりましたの。これはいわゆるミッションというより個人活動のボランティーアというやつですわ」


 華やかな演出が彼女の周囲を彩った。

 見れば彼女のぶら下げている袋からシャベルやら剪定ハサミが覗いている。

 頬には微かに汚れが、手には泥にまみれた軍手まで。近未来的スーツと非常に相反した装備だった。


「土いじり作業してたから街中でもパラスーツなんて着てんのか」


「宇宙の資源も限られております。ゆえに作業するならこの格好が効率的なのですわ」


 ジュンが瞬く向こう側で久須美は汚れた軍手を外す。

 汗水垂らすなら流動生体繊維のパラダイムシフトスーツほど的確な格好はない。なにせ垢や汗はすべてスーツのシステム化された微生物が食べてくれる。

 久須美はゴージャスながら花と土が良く似合う少女だった。先ほど投げた花弁も剪定したものなのだろう。彼女の努力の甲斐あってか街の景観は彩り豊かな自然が活き活きと根付いている。


「でもそんなことしなくてもその辺のアンドロイドが勝手にやってくれるんじゃねぇか?」


「執行者を壊滅させてしまった貴方たち革命派がなにをおっしゃるのやら。あの子たちは清掃と執行者の兼任をしていらしたのですのよ」


 あ”! 僅かに遅れてジュンは気づいたらしい。

 そのすぐ隣でウィロメナは落ちた花弁を1枚拾い上げる。


「くっすんはお花さんたちを守るためにがんってくれてるんだね。今度私もお手伝いするから大丈夫なときに声かけてね」


 花を見る表情は和やかで少女らしいものだった。

 一瞬あっけにとられた久須美だったが、すぐに高圧的な立ち振る舞いを取り戻す。


「ふふん。美しい世界という基板があってこそ優雅で可憐なワタクシは映えるというものですわ」


 あとくっすん言うな。己のあだ名には不満があるらしい。

 あれから革命成功と手放しに喜んでいられる状態でもないのだ。いまやノアは新たな法と再開発であちらこちら手が足りていない。

 こちらがのんびりしている間であろうともこうして久須美のような人間が働くことで生活を形成してくれている。無論人の目が見える場所以外でも、だ。

 そうなってくるとますますミナトの肩身が狭くなっていく。


――住所不定無職か。


 学なし知恵なし力なし。そうでなくとも狭い肩幅がどんどん圧迫されていく気分だった。

 なにより死の星住まいで得られたモノなんてタカが知れている。いままでは怪我で働かない言い訳が出来たが完治したとなってはただ飯ぐらいもいいところ。

 現実問題生きるには職がいるのだ。過酷な課題を乗り越えても人の生きる理由に横道はない。


「……ん?」


 街の真ん中で思考の海に潜っていると、ふいに静寂が耳を突いた。

 ミナトが顔を上げると視線の先に久須美が1人立っている。

 そして彼女はふふ、と口角を緩ませてから静かに片膝を舗装に落とす。


「1度違えた身。とはいえど貴方様の宣告に敬服と敬意を表させていただきます」


 さながらかしずく騎士の在り方だった。

 呆然と我を忘れるミナトの右手が白く透明な手に触れ、そのまま唇が寄せられていく。


「ッ」


 包帯越しに忠誠の誓いが交わされた。

 もし素手であったら動揺どころで済まなかったかも知れない。

 久須美は凍り付くミナトをおいて優雅な所作で立ち上がる。


「改めましてワタクシの名は鳳龍院久須美と申します。イージス所属セイントナイツリーダー、ナイツ1」


 以後お見知りおきを。貴族めいた気品あるいち礼だった。

 こちらは唐突な行動に虚を突かれ脳がぼやぼやと解けてしまいそう。

 ミナトは生まれて初めてのキスという新設現象に後頭部を殴られたような気分だった。


「あいてっ」


「鼻の下伸ばしてデレデレしてんじゃないわよ」


 浮かれた頭が急激に現実へと引き戻された。

 キスされたままの状態で硬直していた右手が杏にぴしゃりと叩かれてしまう。


「ふふっ。杏ちゃん可愛いっ」


 そしてそんな様子をウィロメナだけがくすくす愉快そうに見守っていた。

 御旗の元に連なる人々は1枚の盾となる。古き悪しきしきたりは排他され新たな未来を描き出す。

 ノアの民は各々に左肩へと盾と友に誓いを立てる。それは国や軍ではなく総じてメンバーと呼ばれ、頂点には《イージス》という名称が掲げられた。

 イージスのメンバー。これが人類1固体という東の掲げた新たな世界の構図だった。


「ところでチームマテーリアルの皆様方には緊急ミッションのお知らせがきてませんの?」


「緊急ミッションのお知らせ? 私のところにはきていないわね?」


 久須美の問いかけに杏は各々視線を巡らせた。

 しかしジュンもウィロメナも首を横に振るばかり。検討も突かぬといった様子で肩をすくませる。


「それはおかしいですわねぇ? 東様よりリーダー宛にメールを一斉送信されてらっしゃいましてよ?」


 ほら、と。久須美は自分の前に表示させたモニターを全員に見えるよう拡大した。

 そこには確かに堅苦しい公的文章がTO形式で、様々な人間の元へ送られている。

 そのなかにはもちろんのようにミナト・ティールの名も連ねられているではないか。


「あーあれか。東からだったしメールボックスに残したくなかったからデリートしたヤツだ」


 ミナトはあっけらかんと言ってのけた。


「黒ヤギさんったら読まず消しちゃったぁ!? それたぶんリーダーにしか送られてない大事なミッションの通知ですよ!?」


「お前そこはせめて読んでから消せよ!? なんで東の名前見ただけで脊髄反射発動してんだよ!?」


 しばらく往来の中央でジュンとウィロメナに灸をすえられることとなった。

 ミナトが華麗にスルーしたメールの内容は、死の星――アザーへ向かう第3次派遣チームの招集目的のものだった。

 必須事項の欄は非常にシンプルで、第1世代能力者、あるいはアザー経験者大募集と赤字で書かれている。

 仕事内容はアザーの散策と研究用サンプル回収。それと以前に《マテリアル》が2次派遣でやった地質ビーコンやら、えとせとら。


「……墓の回収も含まれるのか」


 住所不定無職の経験者ベテランに選択の余地はないに等しい。

 仲間たちの熱意ある視線も後押しして、参加希望を募るまでもなかった。

 しかしまだ足りない。いくら大規模派遣とはいえあの死の星と対面するにはもう1ピースほど優秀な人材が欲しいところ。


「もう1人強力な助っ人に声をかけてみよう。アイツならアザー経験者でフレックス能力も十分合格ラインに届く」


「よっし! ならちゃっちゃと仲間に加えてアザーに再突撃しようぜ!」


「愛ちゃんにも連絡入れておかないとね! 今度はチーム《マテリアル》全員集合で万全を整えていかなきゃ!」


「あの時のリベンジね! もう2度と油断なんてしないんだから!」


 チーム《マテリアル》は一致団結し最強の刀を取りに向かう。

 孤高の剣士の名は暁月あかつきしんという。

 彼こそがミナトの親友であり革命を成功に導いた最高戦力でもある。

 そんな彼は今、ALECナノコンピューターのGPSによると、和食料理店にいるらしい。

 



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