32話【VS.】宙間移民船NOAH艦長 7代目人類総督 『長岡晴紀』

 落雷の如き轟音と蒼き飛沫が闇に踊る。

 地を蹴れば人ならざる剛力によって影を置き去りにする。体は視認不可となって蒼き閃光の残滓のみと化す。

 ここにあるのは人ではない新世界の力と力。よって人、人、という決闘はもはや過去となった。人は兵器すらをも凌駕する。

 扱えるものたちによる鮮烈なる死闘は――新人類たちの戦いは――人知を超越して次のステージを踏む。


「オオオオオオオオ!!」


 怒りに滾る虎の子が1人ほど。

 鞘におさまった刀を奮い、猛る。

 だがしかし豪速の薙ぎは、蒼き連鎖体によって容易に阻まれてしまう。

 とん、と。長岡は、回避のバックステップから重力を感じさせぬステップで降り立つ。


「いつも冷静な信くんらしくないじゃないか。心がざわめく音が聞こえてくるよ」


「黙れ外道ォ! 黙れ畜生ォ! お前は人の思いを踏みにじりやがったッ!」


 おお怖い怖い。敵がどれほど余裕でも、信の猛攻は止まなかった。

 裏切られたという思いが彼を鬼へと変える。

 

「俺が強くなったのは家族のためだッ! テメェに啜らせるためじゃないッ!」


「ああ。君とは共に歩めると信じていたのに残念だよ」


 信の動きはさながら弾丸だ。フレックスによって強靱になった脚力は音さえ置き去りにする。

 と、長岡は高速で接近してくる信へ向かってゆるりと手を掲げた。


「その戦い方ではまるで地を這う旧人類オールドジェネレーションだ。いわゆる過去の戦い方だね。君に教えたとおり新人類の戦いは――こうやるんだ」


 《重芯モード岩翼ヘヴィ》。まといし蒼を揺らがせ紡ぐ。

 長岡の発した《重芯》が、地面と平行に駆ける信の身体をズン、と沈ませる。


「ッ、無駄だ! 《重芯モード鶴翼エア》!」


「そうだ、教えたとおりに出来ている。第2世代セカンドジェネレーション能力を有する敵への有効的手段アンチテーゼは、より強力なフレックス量による第2世代の力で上書きをすることだね」


 重力を制御し耐性を立て直した信の一閃が、いたはずの影を横切った。

 すでに長岡はその場におらず。身体を横に開くように半歩ほど移動して鞘の振りを躱す。

 信は鞘を振り終わって崩れた姿勢で、長岡を横目にきつく睨む。


「《雷伝の回路ライトニングシステム》!」


「《不敵プロセス・ライト・β》」


 脇から覗かせたもう一方の手から鮮烈な雷撃が生み出された。

 対して長岡もまたすでに次の手に移行している。互いが発した蒼き雷光と光壁がぶつかり合う。

 信の生み出した雷撃と長岡によるヘックス状の壁に突き当たって閃光をバチバチと弾けさせる。力と力による光はノア深くの常闇すらをも打ち消して昼のように照らした。

 第2世代能力を有した者たちがしのぎを削る。武器を主体とした信に、長岡もまた紅の剣で応戦する。


「絶対に許すわけにいかない! 俺はお前を倒さないと2度と家族に顔向けが出来なくなったからだ!」


「今までの特訓ではここまで本格的な模擬戦闘はしてこなかったね。感情という重要なファクターを乗せた君のフレックスを見せてもらうとしよう」


 乱打、乱撃の嵐だった。

 人を越えた2人の戦いは、呼吸どころか瞬きする暇さえ奪う。

 人間であれば常に全力以上の振る舞いを行っているのと同義でもある。短距離走の瞬発力でフルマラソンをしているようなもののはず。


「長岡あああああああああ!!」


 それでも信は敵と定めた者の名を叫ぶ。

 空を薙ぐ音より早く。刹那に詰め寄って長尺の刀鞘は振るわれる。

 信の苛烈な殴打は敵の頬横を幾度かかすめるようにして貫いた。


「もったいない、もったいない、ああなんてもったないんだ。ここまで清く磨き上げられた原石がただ1つの悪によって穢れさていく」


 長岡は、あわや直撃というところでひらりと躱す。

 僅かに頬が裂け鮮血が肌を伝って線をのように流れている。

 なのに長岡晴紀という男は眉ひとつ動かすことはない。どころか赤子の手をひねるくらい余裕の表情で信の乱撃をいなし、躱した。


「信くん。剣を手放し僕のところへおいで。選ばれし君には人として生きる価値が大いにある」


「あれだけ騙しておいてよく言えたもんだなッ! 実はお前が欲しいのは俺じゃなく便利な手駒だろッ!」


「ひどいなぁ……今のはさすがに傷ついてしまうよ。僕は君とともにすごした掛け替えのない時間を宝物のように思っているのに」


 長岡は、憤る彼になおも説得を試みていた。

 しかし信はそんな妄言に聞く耳すら持たない。


「俺は家族の幸せのために行動していただけだ! 家族のためなら肉体を磨く苦痛もフレックスを研ぎ澄ませる負担も心を燃やして耐えつづけられる! だがそれなのにお前は俺のもつ思いのすべてを利用し、裏切ったんだ!」


 息切れや発汗はあるが、それでもなお止まらなかった。

 彼の振るっている長刀の重さはそこらの木の棒ていどでは済まない。それでもフレックスによって強化された筋繊維が剛力を生み出し、彼そのものを暴風へと変える。


「……よく聞きたまえ信くん? マザーの語る人間論というものを君に与え授けたことがあっただろう?」


 火花が散って甲高い音が広い屋内に反響した。

 必殺の1撃と思われるほどの攻撃でさえ、長岡は容易く受け止めてしまう。

 そしてそのまま鍔迫り合いとなって膠着する。


「フレックスは人類のみが平等に扱える高尚な能力なのだ。家畜や愛玩動物は決して発露することのない。つまり人類のもつ当然な才能といってもいい」


 「だからどうした!?」鍔のぶつかり合う音に歯ぎしりの音まで聞こえてきそうなほど噛み締めた。

 信は両手で鞘を目いっぱいに押しながら長岡のことを強く睨みつける。


「つまりあそこにいる無能は人間ではないということさ。確かに人は家畜や愛玩動物に愛を唄うがそれは人に向ける愛とはまったくの別ものだよ」


 そのひとことで「テメェエエエエ!!」ぶち切れた。

 しかし長岡は下段から低く襲ってくる高速の一閃も、すい、と仰け反るように回避する。

 再度間合いを殺すよう鍔をぶつけ合う。信の攻撃が長岡の顎を僅かに裂くも、彼は気に留める様子もなく、淡々とつづける。


「我々は全員が権利を有しているのだ? なのに扱えぬ者たちはなぜ扱えないのだろうと考えたことはないのかい?」


 あれは無価値だ。至極当然とばかりに目を丸く言ってのけた。

 フレックスを扱える者は人間。それ以外は人間ではない。

 その言い様は、まさに天上人と地上人の境を明確に線引きした男の在り方だった。


「お前のその馬鹿げた思想を押しつけるな! 前に聞いたときも思ったがその破滅的考えにだけはまったく同意できない!」


「人の才能とは血筋、家柄、性格による恩恵によって培われる。つまり生まれ持つ才能とは身長体重などという体格や性別くらいなものなんだよ」


「だからどうしたァ!! ミナトがどういう目に遭っているのかすら知らずにアイツのことを語るんじゃねぇ!!」


 長岡は、信の猛りにもろともしない。

 どころかふふ、と。傷跡と鮮血に塗れた頬を屈託なくやわらげる。


「フレックスは人類の持つ叡智たる力さ。つまり使えぬ彼らは己が劣等生物だと心の底から認めてしまっているんだ。そうでなくばどうして人類に扱える力を彼らは使えないのかね」


 さも愉快と喉を鳴らす。

 その瞬間、信は鍔を宛て合うことを止めて蹴りを繰り出す。

 長岡は当たり前の如くその蹴りすらも躱してしまう。

 信はそれ以上攻めつづけることはしなかった。敵の間合いから飛び退いて距離をとる。


「…………」


「おや? ようやく僕の言葉が届いたのかな?」


 絶対にそうではないと知った上での問いかけだっただろう。

 なにせ距離を離し1人佇む少年の体表面は今まで以上に蒼が迸っている。


「それが遺言か?」


 信の目が落ちきらんばかりに剥かれていた。

 彼を現わしているものは、圧倒的かつ透明なほどに清らかな殺意だった。

 瞳は透き通るほどに蒼く、覆う蒼は燃えるほどに揺らぐ。

 信は横に構えた刀をその場へ置くようにして鞘から抜き放つ。鞘がからからと哀愁ある音を奏でて転がった。

 抜かれた銀閃は音すら発さず仄闇に煌々たる光を生み出す。


「ここで俺たちの世界から退場してもらう。お前はもう俺たちの世界にいらない存在に成り下がった」


「選ぶのは僕だよ? そして君は僕と彼女に選ばれた選ばれし存在者だ。だからその言い方は酷く、そして正しくない」


 長岡が微笑みを繰り返す前に事態は急転を迎える。

 信によって喉が引き裂かれんばかりの咆哮と銀閃が放たれていた。

 剥き身の長刀を携えた信は、先ほど以上の速度と膂力を発して長岡へと猛攻を仕掛ける。

 2人は切り結ぶ。時として《不敵モード》を押し付け合い、《重芯プロセス》での防御を加え、そして心の音を聞く《心経ハモニカ》で予測し合う。

 そこからも第2世代同士の戦いが繰り広げられる。どちらも素人目に見て達人の如き身のこなしを体得している。


――別に驚くことでもないが、やっぱり長岡晴紀も第2世代になってたか。


 ミナトは、落ちている鞘を拾い上げた。

 決してぼんやり佇んで案山子を決め込んでいるわけではない。友の邪魔にならぬ間合いの外から敵の観察をつづけている。

 呼吸を浅く心音を整え背景となる。注意することはビーコン任務で慣れていた。使えぬ者は使えぬ者なりの立ち振る舞いを心がけている。


――しかも第2世代バーゲンセールとは厄介だな。


 さあ考えろ。信と長岡の動きに合わせて移動しながらぽつりと呟く。

 しかもすでにミナトは戦いを観察しながら平行線を予測している。


――どっちもがお互いの動きを読み切ってる。そうなれば戦いの肝はフレックスの量になるか。


 2人ともに互いの力は拮抗していた。

 ならばこの戦いは信か長岡の持久戦となるのも必然といえよう。

 フレックスとは体力のようなもので休めば自然と回復していく。だが言い換えれば休息以外の方法でしか回復しないということでもあった。その上、敵も使える側なのだから休息をさせぬよう立ち回るはず。

 つまり切れたら負け。意識が屈すれば勝負は決まる。東、あるいは革命派の死が確定する。

 そして今上手くフレックス量を調節出来ているのは信の側ではない。長岡だった。


――考えろ……アイツの言っていたとおりだ! 使えないオレにはそれしか能がない!


 こめかみに指を添えて記憶の頁をほじくり返す。

 話によれば生きた環境が才能を培うというではないか。ならば観察力と注意力だけは誰にも負けない自信があった。

 少年は使えないから見続けてきた。使えぬからと諦めず、使えぬからこそ使える者を羨みつづけてきた。


――まずはディゲルだ! オレはディゲルと生活しながらなにを見てきた! アイツは時折生活のなかで使える側の動きをしていたはずだ!


 記憶の1頁を読み込む。

 あの時ディゲルは、ミナトが投げたゴミを造作もなく受け取ってみせた。

 通常の人ならば視線を動かし視認してから受け取るはず。なのにあの巨漢はその基本動作すらしなかった。


――次だ! ならどうして杏はあのときアズグロウに捕まるような事態になった!


 経験と体験。その事象の詰まった記憶の引き出しをひっくり返す。 

 するとわりかし直近で起きた不可解が、ぽん、と脳の片隅で主張していることに気づく。


――そういや……東が愛におもっくそ殴られてたっけ。


 ミナトは記憶を思い起こしながらぼんやり虚空を見つめた。

 あれはさすがに忘れようがない。なにせつい最近も最近でこの船に到着した日にあったこと。

 あの時ミナトは《重芯》で防いだと予測し、杏に違うと言われていた。


『かなり惜しいから正解をあげたいところだけど、でもさっきのパターンだとハズレね。あと東は私たちと違ってまだ第1世代ファーストジェネレーションよ』


 耳の奥からようやく聞き慣れてきた声がした。

 やたらツンケンしているのに性根は優しい女の子の声だった。

 ミナトが家族以外で――記憶が――生まれて初めて命懸けで守りたいと思った人間でもある。

 そしてその守り抜いた少女の声が、数多くの経験と体験をひとつにまとめ上げていく。


「ッ、そういうことか!? フレックスには明確な弱点がある!? つまりそういうことでいいんだな!?」


 判明すると同時にミナトは地を蹴った。

 この概算はあくまで予測のうちに過ぎない。

 だが、もし当てずっぽうが正答ならば1人より2人でなければ勝ち目はなかった。


「――シンッ!!」


 ミナトは全力で叫びながら振りかぶった。

 手に持っているのは、武器なんて上等なものではない。ただ1本の鞘だった。

 ミナトは、呼ばれた信がこちらを横目に捉えるのを確認したところで、手にした鞘を全力で投擲する。


「幻想刀を使え!!」


「……っ!」


 それだけで十分すぎるほど伝わった。

 なにせこちらはアザー生まれのビーコン屋。あのねずみ色の家屋で育ったからこそ伝わる。

 その証拠に名を呼ばれた信は一瞬だけ驚いていたが、ミナトが言うと直ぐさま笑って頷いてみせた。

 あの刀は特別製である。


「鬱陶しい小バエだね君は」


 長岡がぐらりと首を回して接近するミナトを睨んだ。

 とても人を見る目ではない。言葉の通り雑魚を見下す侮辱的な瞳だった。


「それにここは未来ある人類のみが踏み入ることが可能な聖域なんだ。僕の愛する母さんの前に存在することさえ穢らわしいというのに、その目に映すなんてもってのほかだよ」


 《スイッチ》。そう唱えると紅の鏡面が縦に裂けるようにして根元から2分される。

 長岡は2mほどのブレードを展開すると、標的を定め変えた。


「君さえいなければ信くんは完成して人類の救世主たり得たはず。なのに選ばれることのなかった醜悪な餓鬼、どうして君は人類の輝かしい未来へ出向く歩をさまたげるのか」


 ミナトに向かって地を駆る。

 残光のみが視認可能なほど尋常ではない初動だった。

 長岡は秒に満たぬ間に接近する。駆け寄るミナトの首を狩らんとブレードを振るう。


「テメェに未来とミナトを語る資格はない!! 地獄に墜ちて閻魔にでも裁かれてくるんだな!!」


 そして信もまた動いていた。

 一直線に飛来する鞘へ、直接空中で刀を突き通す――納刀する。


「シンやれェ! ここがぴしゃりだッ!」


 ミナトは、首を狩られる直前だというのに、ニヤリと笑む。

 戦闘を遠巻きに観察していたからわかることも多くある。

 そして丁度だった。敵が飛び込んできたそこの空間こそが、発火点デトネーションポイントだった。


「君に僕の作り上げる理想の未来を生きる資格はないのさァ! これらすべては母なる意思によって導き出された偉大なる世界の設計図なのだからァ!」


 空中でブレードがひょう、と闇を裂く。

 確実な死をもたらす首への斬撃だった。届きさえすれば動脈、頸椎、肉、皮膚それらすべて生命ごと胴から引き離しただろう。

 だが、刃はミナトの首を削ぐことはなかった。なにも知らぬ長岡はまんまと地雷を踏み抜く。


け! 幻想刀エルツァディアム!」


 信が意味ある言葉を紡ぐ。


「《記憶メモリア――秘我ノ太刀》ッ!!」


 言い終えた後に、世界は裏返る。

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