23話 赤き世界の真実 『NO ESCAPE NO FUTURE』

「お茶飲むひとー!」


 愛が元気良く挙手をする。

 尋ねられた3人は無言で挙手を返す。

 ひの、ふの、み。愛はそそくさと棚のところへ駆けていった。

 棚から取り出した瓶詰めの枯れ葉をおもむろにビーカーへ放り込んで火にかける。


「砂糖とミルクほしいひとー!」


 今度は東を除いた2人が挙手をした。

 ひの、ふっ。また数え終えた愛は棚の方に白衣を引いて駆けていく。

 背丈の低さも相まって独楽鼠こまねずみに似た小動物がちょこちょこ部屋の中を走り回っているかのよう。そしてその両手にはなぜか愛らしい半透明状の肉球が装着されている。


「……愛って何歳なんだ? ああ見えて同い年くらい?」


 ミナトは隣に座る杏へ身を寄せつつ声を潜めた。


「16よ。14の私より2つ年上ね」


「マジか。俺も14……の設定だから2つ年上だなぁ」


 もう1度「マジかぁ……」感情たっぷりに深い吐息を吐いた。

 杏も交えた同情するような2つの視線が、2次成長期を終えた少女のあくせく給仕する姿を追う。

 天才科学者というレッテルも自称というわけではないらしい。両親ともにノアでは名の知れた学者なのだとか。そうなると若くして多くの発明品をノアに授けてきた愛もまた純粋なサラブレッドと呼べる。


「愛くんの両親はALECナノマシン開発グループに属していた栄えある経歴を持つ方々だ。いっぽうで愛くん自身もまたALECナノマシンと共有化可能なパラダイムシフトスーツを完成させている」


 いっぽうで東は手近な椅子に深く腰掛け中空のモニターに指を滑らせていた。

 先ほど良い1撃クリティカルを腹部にもらったとは思えぬほど平常を保っている。

 ミナトが不可解な視線を浴びせていると、あちらも気づいたようだ。


「む? どうかしたのか? 熱のある視線を向けられるのには慣れているが、どうやらそうではないらしいな?」


 世辞を抜きにしても先ほどの愛の1撃は、成人男性の身体がくの字に曲がるほど無慈悲だった。

 それなのに東は受けた直後から平穏無事とばかり。何事もなかったかのように表情を崩すことすらしない。


「さっき愛に思いっきり殴られたのになんで無事なのかと思ってさ」


「ふむ。あらゆる事柄に関心を持つというのは悪くない。だがもうすでに答えへ行き着くだけの材料が揃っているかを己で吟味するのもまた大切なことだ」


 東は意味深なことを口にして中空のモニターへと視線を戻してしまう。

 問いに答える気がないようだ。それでいて突き放すというより試すような感じ。

 ミナトは、涼しい顔をしている中年に気を悪くしつつも、意地になって考えてみる。

 これでもフレックスという夢の力に焦がれながら生き延びてきたのだ。そこらの天上人なんかよりも願望の桁が違う。


「――《不敵プロセス》か! あの不意打ちでも反応出来るってやっぱりフレックスって凄いんだな!」


 確信得たり。ミナトは指で乾いた音を打ち鳴らす。

 しかし正解の声もなければ祝いのファンファーレも聞こえてくることはなかった。


「かなり惜しいから正解をあげたいところだけど、でもさっきのパターンだとハズレね。あと東は私たちと違ってまだ第1世代よ」


「……ぬぅん?」


 杏が自信をバッサリと刈り取っていった。

 捨てられた犬のような顔をするミナトに目もくれやしない。愛から受け取った紅茶の香りを楽しんでから上品にすする。

 火にかけられたビーカーのなかがこぽこぽと気泡を踊らせると湯が琥珀色を滲ませていく。薬品の臭いが充満した部屋になんとも言えぬかぐわしい香りが漂う。

 ミルクと砂糖も欠かせない。澄んだ琥珀色へ乳を少量ほど混ぜ入れれば萌黄色の優しくまろやかな色合いへと変化する。


――ミルクティーって初めてだけど、ビーカーで飲むのかぁ。世の中知らないことばっかりだなぁ。


 初めて飲んだ紅茶の味は、砂糖が甘かった。

 あらゆることに意識が向いて情報に溺れてしまいそうになる。旧時代から一足飛びで新時代に飛び込んできたのだから目が回りかねない。

 しかしあまり時間がないこともミナトは忘れていなかった。こちらで悠長にしている時間だけアザーの民たちが困窮していく。

 そもそもこれからミーティングを行うという予定のはず。なのに革命の矢とやらを見つけて安心しているのかすっかりひち仕事を終えたくつろぎムードとなってしまっていた。


「なあその、ずっと単語だけ聞かされていて正体が見えてこないんだけどさ……」


 ミナトは話題の修正を試みる。

 ここからは真剣な話し合いだ。なにせ数百人規模の生命が懸かった大仕事の調整をしなければならない。

 卓を囲んで椅子に腰を下ろした全員の視線が、彼の元へと集う。


「そのナノマシンを暴走させるとかいう……ふれふれウォームってなんなんだ?」


「フレイムウォールのこと? ずいぶん楽しそうな名前で記憶してるんだね?」


 間髪入れぬ愛の訂正に「……それ」とりあえず出鼻はくじかれた。

 ミナトは咳払いを入れて空気を一新する。


「そのフレイムウォールとかいうやつとナノマシンがどういういったい関係なのか詳しく聞きたい。ウィロメナ、さんが言うには触れたらナノマシンが暴走するとか言っていた気がするけどな」


 直近での記憶を探りながら紅茶をひと啜り。

 と、愛と杏は視線を東の方へ向けアイコンタクトらしき動作を行う。

 そして東が浅くこくりと頷いて、2人は粛々と語り始める。


「フレイムウォールはノアの中枢である管理棟を包み込む赤い光のことよ。管理棟というのは艦橋地区に建てられた大きな建物。そこには船の舵やマザーコンピューターなどといった重要施設が詰まっているわ」


「その光は触れただけで僕たちの体内に癒着しているナノマシンに意図したプログラムを上書きしてくる。悪意あるプログラムへ強制的に書き換えを行うと言った方がわかりやすいかな」


 愛は椅子からぴょんと飛んで複数あるモニターの前へと移動した。

 肉球型のグローブを片側だけ外し、凄まじい速度でコンピューターの操作を進めていく。


「これを見て。艦橋地区にある街中のカメラをハッキングしたからリアルタイムの管理棟が映っているよ」


 言われるまでもない。ミナトはすでに視認している。

 画面の向こう側では、およそ現代的でなおかつ巨大な建造物が、すっぽり赤い壁に呑まれしまっていた。

 しかも壁は赤いだけではなくおどろおどろしい。さながら水面の如くたゆたいつつ赤黒い光を鈍く帯びている。


「まるで建物全体が赤い硝子に守られているように見えるよね。でもこの光はノアの中央から伸びていることは確認済みだよ」


「だからノアの壁を破壊して下の機関部から回り込むことも不可能だったわ。そのせいで不必要な犠牲を被ったことも付け加えておくべきかしら」


 画面を挟むよう移動した愛と杏は、画面越しに赤い壁を睨む。

 忌ま忌ましさを隠すことすらしない。憎き仇を見るような憎悪に満ちた表情だった。

 そして僅かな溜めの後に、2人は同時に振り返る。モニターを背負い逆光となり顔に影を貼りつける。

 彼女らの双眸そうぼうには蒼が秘められ、生命力に満ちた美しい光を放つ。


「あれに私たちが触れると肉体のすべてが溶かされてしまうの。壁にもし指1本でも触れれば全身が時間をかけてゆっくりと分解さていくのよ」


「その元凶となっているのがナノマシンなんだ。体内にナノマシンを注入している人の皮膚がフレイムウォールに触れた瞬間ナノマシンたちは宿主である僕たちを体内から分解し始める」


「そして最後は燃やされたかのような肉塊が残るだけになるの。だから私たちは憎悪と恐怖を籠めてあの壁を《煉獄の壁フレイムウォール》と呼ぶわけね」


 2人の放った言葉は、ミナトを震え上がらせるには十分な威力だった。

 しかもそれだけには留まらない。愛がコンソールを叩くと管理棟が映し出された端のモニターに別の物が映し出される。

 赤く、ぶよぶよ、どろどろ。山なりになった肉のような周囲には液体が。ゆっくりと円形状に広がって白い床に染みを広げていく。


――ああ、これは見慣れてる。これはたぶん人だった物だな。


「これ……フレイムウォールに触れる前は生きていた人間の映像なんだ」


 ミナトがモニターのところへ辿り着くと、愛は答えを教えてくれた。

 近くで凝視してわかること。それはもはや元が人であったという形を忘れているということくらい。

 杏はさすがにこれを直視する勇気はないらしい。顔を背けながら歯を食いしばって黙り込んでいる。


「1時間ほどもがき苦んで体内から分解されていくんだ。そして息絶えてなお2時間かけてゆっくりとこの形へ変わっていくんだ」


「上書きされた命令をナノマシンがこなし終えるまで肉体が生きていようが死んでいようが関係ないってことか」


 ……うん。愛は弱々しく首を縦に振った

 画面を元の管理棟へと戻す。コンソールに伸ばした手がふるふると小さく震えている。


「アンチナノマシンの研究も進めていたんだけど、人の神経構造が複雑すぎて完成までもう10年以上かかっちゃう。たぶん……その頃には僕たち人類は滅んでいるだろうけどね」


 愛は、うつむいたまま握った小さく白い手を卓へ押しつけた。

 顔の上部は前髪の奥に隠れる。しかしそれでも悔しさがわかるくらい下唇が白くなるほど噛み締めていた。

 進化という最先端科学によってもたらされた人類の弱点が浮き彫りになった。人は快適さを求めすぎるあまり技術によって裏切られたのだ。

 これで革命派の東たちがナノマシンを体内に入れていない人間を探していた理由が判明したということになる。

 ならばここからは1枚1枚情報という皮を剥いでいくだけ。ミナトは唯一ひと言も語らない革命の首謀者に尋ねることにする。


「マザーってなんだ? それがあれば事態は解決するのか?」


「それは教えられないな」


「じゃあ度々聞く穏健派っていうのは? なんでこんな状況なのにノアの民たちは2つに別れてるんだよ?」


「教えられない」


 東は答えるどころかミナトと目すら合わそうとしない。

 椅子の背もたれに腕を回し居丈高な態度で紅茶を啜るだけ。


「革命ってなんだ? オレはなにを求められている?」


「追って説明をする。今のお前になにかを知る必要はない」


 東が紅茶を飲み干すのが先か、はたまた拳が卓を叩くのが先か。

 匙が跳ね紅茶やらが波打つ。それらとともに小さな風音が淀んだ室内の空を裂く。

 瞳孔の開いた黒い瞳が剥き出しになる。


「おい色男……巫山戯るのも大概にしろよ」


 左腕に帯びた流線型から蒼い閃光が壁に向かって一直線に伸びていた。

 ピン、と。張られた蒼い閃光は狙い通りに東の耳横2cmのところを通過している。


「特殊と聞いていはいたが……これはこれは。常軌を逸脱しているにもほどがあるな」


 それでも東は表情ひとつ変えることはない。

 直線を描くワイヤーを横目ながらに指で弾く。

 一瞬のうちに一触即発の空気が完成した。天上人と地上人が卓を挟んで睨み合う形となる。


「こっちは残りの人生を賭けてまでここにきてるんだ。いい年したおっさんが礼儀ってものを欠いちゃまとまる話もまとまらねぇ」


「フフ。こちらが手を出せぬことを熟知した上で喧嘩を吹っかけるその度量。感情に流され蛮勇をかざすわけではないずる賢さ、悪くないぞ」


 互いに理解し合っているからこそ。どちらも睨み合い以上に発展させるようなことはない。

 当然殴り合いにでもなったら第1世代の東に分がある。

 しかしミナトだって無学だが無知ではない。ここまでの話の流れから察するに己の身こそが代償たり得ることくらいわかった上での行動だった。

 男の睨み合いに愛が慌てて割り込んでくる。


「あわわわ! お願いだから怒らないでぇ!」


 剥き出しになったミナトの瞳がギョロリと彼女を捉えた。

 ひぇぇっ!? という短い悲鳴とともに小さな身体がぴくん、と跳ねて目にじわりと涙が浮かぶ。


「き、君がなにも知らないことが重要なんだよ! ミナトくんが知り過ぎちゃうと作戦に支障がでちゃうから東も教えられないんだよう!」


「フフン、そういうことだ。お前は言われたとおりにすればこともなしさ」


 言われてしぶしぶでも納得がいくものか。

 なにも知るな。命を賭ける行為にそんな無礼があって貯まる物か。


「……っ!」


 ミナトは怒りの感情をおさめることなくワイヤーを即座に巻き戻す。

 なにも知らず、なにも考えず、ただ言うとおりに動け。そんなバカな話をバカ正直に鵜呑みできるほどバカではない。

 そもそも東とは出会って1日すら経っていないのだ。相手が多少頭は回るとはいえミナトにとって他人でしかない。信用しろというほうが難しい。

 代わって杏が余裕綽々といった東に怒りをぶつけにかかった。


「ミナトの心境くらい考えて喋りなさいよ!? 今日ノアにきたばかりで不安だってあるはずなのにそんな言い方ってないんじゃないの!?」


「はははァ。ディゲルが育ての親なのだからその程度で不安がるようなタマじゃないさ」


 当たりの強い性格をしている少女ではあるが東を睨む眼差しはいつにも増して冷酷だった。

 しかし東は気にとめた様子もない。


「それに気弱な少年の心をケアするほどこちらも暇ではないのでな」


「クッ! アンタねぇッ!」


 もはやミナトより杏のほうが胸ぐらを締め上げかねぬ勢いだ。

 それでさえ東は杏を華麗に無視し、革靴でゆるりと床に立つ。尻を払いシワを伸ばし羽織の襟を正す。

 そして白く長い裾を引いて踵を返した。硬い靴底が奏でる軽快な音とともに部屋の出口の方へと遠ざかっていく。

 去り際は、ここで話が終わりと語っているかのようだった。後はお前らで勝手に話をまとめておけという広く無責任な背中だった。


「なにか勘違いしているみたいだな天上人。東……いや、この部屋にいる全員に言っておくぞ」


 ミナトが語り出すとさすがの東でさえ足を止める。

 しかしこちらへ振り向く様子はない。靴先も真っ直ぐにただ1つきりある出口の方角を示していた。


「オレがここにきた理由はディゲルとチャチャさん、それと報われないアザーの民を救うためだけだ。テメェらの身勝手な革命だ政治だっていう理想だか理念だかくだらねぇものは知ったこっちゃねぇ。どっか遠いオレの世界の外でやってろ」


 それは東だけではなく愛や杏ですらも含まれる。

 ミナトは責任を背負う気がさらさらない。アザーの民たちを救えればそれでいい。

 ノアで天上人たちがなにやらごたごたやっているらしいということくらいは察している。だが、関与する気は一切ない。

 ゆえにこれは宣誓でもあった。こちらは正義の味方ではなく、アザーの民の味方でしかないということを知らしめる。


「では、お前は俺になにを求める? 待遇の改善か作戦の変更か?」


「オレの求めるのは天上人も地上人もない対等な立場だ。信頼には信頼を返すが侮辱には裏切りがあるってことを覚えておけ」


 ミナトが体内にナノマシンを入れてしまえばそれですべて終わりだった。

 こちらにはこのまま穏健派に下るという手もある。革命派とやらに良いように使われ潰されるくらいなら選ぶ道が増えるというもの。

 なによりミナトにとってどちらに付くのもただの賭けでしかない。巫山戯た態度をとるのなら革命派との関係を崩すことなど息をするほどに容易だった。

 しばし時を開けて、東がゆっくりとこちらへ振り返る。


「フゥン、要求にも筋が通っているな。お前の望む物を用意するには革命側につくも穏健側つくも対して違いはないのも事実だな。確かにこちらの要求に対してそちらへ用意すべき敬意が足りなかった」


 ハンドポケットだったはずの手は襟に添えられ、あれだけせせら笑うよう緩んでいた口元も真一文字に結ばれていた。

 深いブラウンの目立って引き締められ、強い眼差しという印象強い。

 見つめられただけでそこに意思というものが籠められていると錯覚してしまうほど、凄みのある眼をしている。


「お前の性格上あの光景だけは見せて置いた方が良さそうだな。そして作戦の内容も最低限の説明だけはしておこう」


 丹精優美な色男の気配は微塵も感じられないほどの代わりようだった。

 東光輝あずまみつきという革命軍総司令の真実の顔が明かされていく。


「お前のいた地上が死の星であるとすれば、この方舟は価値なき生に蝕まれた失楽園ディストピアなのだよ」


 振り返った男の顔は、おおよそミナトが知りうる軽い男ではなくなっていた。

 ミナトは、この東という男の影にディゲルを見ていた理由をようやく理解する。


――コイツ……巫山戯た面して爪を隠してやがったな。


 吸い込まれそうなほどに真っ直ぐで澄んだ瞳だった。

 しかもその所作の一つ一つに自信が満ちている。瞳の奥には常に光を掲げ、うちに決して曲がることのない闘志を滾らせている。

 カリスマ性、リーダーシップ。人の上に立ち、統べ、魅了するだけの英雄的資格を持ち合わせているのだ。


「さあ世界の真実に触れてもらおう。……覚悟はいいな?」


 東による問いかけへの答えは決まっていた。

 ほどなくしてミナトは分かち違えた人類の失態を見せつけられることになる。

 モニターに映し出されたのはカプセルの中に入れられて眠る少年少女たちだった。

 数はどれほどだろうかとにかく大量。縦置きのカプセルは左右一面にずらりと並べられてなお奥まで映像が至ることはない。

 その眠っている少年少女たちの周囲で機械的な人体が徘徊する。見たところ人を模しているようだが、機械であるということは間違いない。

 そして映像におさめられた機械的な人体たちは、人の眠るカプセルのコンソールへ次々とアクセスしていく。指の箇所から伸びる細やかなコードを器用に使ってコードを打ちんでいく。

 すると眠りについた少年少女たちの腕に透明な管が次々取り付けられていった。


「こ、これは……ッ!?  こいつらいったいなにやってんだよ!?」


 次の瞬間を目撃したミナトは、正気を失いかける。

 人に通された管から蒼い光が吸われていくのだ。人体から抜かれるようにしてフレックスが管を通って吸われていく。

 しかも命の源でもある赤い血液も一緒になって管を通って搾取されていくのだ。

 ミナトは、この臓物が裏返りそうなほどに惨たらしい映像に恐怖を覚える。


「こんなのって!? ただの家畜じゃねぇか!!?」


 全身の毛が逆立つ。親譲りに語気が荒くなった。

 喉がカラカラに渇いてたまらない。呼吸を刻むも上手くいかず、肩で息をすればするだけ視界が赤く染まっていく。覚えた恐怖を塗り潰すほどの怒りが腹の下で業火の如く燃え盛っていった。

 画質の劣悪な映像には、当たり前のように杏や愛、ジュン、ウィロメナも映っている。


「これが世界の真実だってのか!? どうなってやがんだこの船は、いや人類そのものが狂ってやがる!?」


 この映像は方舟が、地上人の夢想する楽園ではないことを示していた。

 なにせ人は人を止め、人ではない別の無価値なモノへと堕落していたのだから。

 映像が終わるころにはもうミナトに選択の余地も考える暇さえなくなっていた。



   ☆    ☆    ☆    ☆     ♪

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