14話 【VS.】忘却ノ星ニ出ズル繁栄ノ終点 AZ-GLOW 2
身を半分ほど沈んだアズグロウは身動きひとつとれずにいる。
へし折れた全身の触手はのたうつことさえかなわない。巨体がなんらかの圧倒的な力によって地面に縛りつけられた。
意思も感情もない。赤黒い瞳だけは真っ直ぐに杏だけを凝視している。
「…………………………」
この化け物に思考の術があるとは思えない。
口もなければ鼻もなく、その身すべては腕と瞳のみで構成されていた。
しかしここに至ってなお人という生き物を観察しているのだ。まるでそういう使命を与えられているかのように。
杏は光沢をくるりと回し、敵の眼前へ剣を突きつける。
「…………」
僅かな沈黙と視線がミナトのほうへと仕向けられた。
あまりに唐突な事態に硬直していたミナトは、はっと我に返る。
己が求められていることに気づくのにそう時間はかからなかった。
「思い出せ……あの時に見て学んだ戦い方を。たった1人の恩人がオレに教えてくれた生き方のなかにアズグロウを倒すヒントが必ずあるはずだ」
思考をフル回転させる。過去に見たモノクロじみた光景を手繰る。
ありがたいことに記憶力は並だった。喪失している幼き頃の記憶以外なら霞むことはあっても消えることはない。
そうやっている間にも地質調査用の機器が発する蒼によって敵が続々増えていく。
四方八方至る所からボコボコと乾いた土が割れるようにして盛り上がってこちらへ向かってきている。
「ここからはワンオンワンだ! 地質調査が完了するまでは持久戦を敷くぞ!」
ジュンはツーマンセルの安定した戦闘を放棄し、時間稼ぎを提案した。
ウィロメナが「わかった!」と、返す前に彼は別方向へと走っている。
そちら側からやってくるのは2体。つまり彼は手傷を負わせた敵を女性であるウィロメナに任せて援軍を1人で担う。
このまま敵を押し留めるのみの戦い方ではいずれにせよ数に押し負ける。いくら天上人である彼彼女らとて体力も能力も有限であることに違いはない。
その証拠にもっとも長時間立ち振る舞いを強いられているウィロメナの息は、とうに切れはじめている。
「は、はぁはぁ……!」
分厚いローブ越しでも肩で呼吸をしているのがわかった。
額に浮いたであろう汗が長い前髪に吸われて滴る。全身を覆う蒼の皮膜も戦闘開始時と比べて若干ほど弱い。
「アイツは……1撃……そう、槍の1撃だけで倒していた。そうなるとピンポイントで狙うべき弱点が必ず存在しているはず」
戦闘の音を耳にしながらも、ミナトは人差しと中指を指を額にあてがい没入した。
集中を始めるの目の奥に血が集まるような気がした。思考回路をぶん回すと雑念と雑音がピタリと止む。
記憶のなか、銀糸の如き美しい髪がまばらに流れる。
腰に2振りの大細を帯び、手にした騎士槍で群がる触手玉を1手で屠っていく。
記憶のなかの女性は美しい。まさに戦う乙女だった。否、戦うことでより鮮烈な美しさを輝かせる魔性のような存在者。
ミナトが打開のために記憶を彷徨う最中、とある箇所から音がする。
『くそっ、地面の下に本体がいるんだったよな。ってことはこいつらはただの腕ってことかよ』
『さっきからずっと足下から大きな物が動く音がしてる。おそらく私たちの下に隠れ潜んでいるみたいだよ』
ALECナノコンピューターを通じてジュンとウィロメナの声が聞こえてきた。
もらったばかりの最新鋭機器だ。音質も良く、このようなたわいもない会話でさえ透き通っている。
「そ、そうか! ああそうだウィロメナとジュンの言うとおりだ! 昔アイツは確かに同じことを言ってた!」
ふとミナトの脳にぱちぱちというスパークめいた雷光が瞬く。
2人の会話が記憶の扉をこじ開けた。
それを聞いて杏はふふ、とたおやかに微笑む。ジュンとウィロメナも同時に攻勢の手を止める。
「本体はどうやっても姿を現すことはないんだ! だから地上にでた芽の部分を地中のヤツから分断さえすれば臆病な本体は勝手に逃げていく!」
辿り着いた。それは今まで彼が生きるために培った武器が導き出した。
武器の名は経験。生きるために藻掻いたがゆえに裏打ちされた解答でもある。
誰も知りえぬ未知の生物AZ-GLOWという生き物がいる。しかしただ1人のみ既知であるがゆえにこうしてここに生きている。
白銀の女性から貰ったのは時間と経験、それと命。そのすべてがミナトを生かしつづけていた。
「ってことはつまり下の本体がエネルギー源になってんのか! どうりでいくらぶった切っても息切れしねぇわけだぜ!」
「そして地面と繋がってる茎の部分をちょん切っちゃえばもうエネルギーの供給は出来なくなる! やってみる価値は十分にあるね!」
「本体が倒せないのは癪だけど、その情報は値千金の価値ありね」
地質調査部隊マテリアルの面々は嬉々と声に張りをだす。
即座にミナトから得た情報を素早く組み立てにかかった。
そして脳内に設計図が完成すると、全員がまったく同じ言葉を口にする。
「《スイッチ》! ミナトのおかげで弱点が判明したな! やっぱり時間と約束を守れる人間に悪いやつはいねぇ!」
ジュンのだんびらが再び形を変質させた。
一見して盾のように幅を広げ、地面へ剣身を突き立てる。
大地を削るようにしながら剣身を引きずって疾走する。
「《スイッチ》! うん、うんっ! 再生さえされなければ私たちだけでも押し勝てると思う!」
ウィロメナの1対の双剣も再度白銀色を迸らせた。
杏も、2人に同調しながら紅の長方形で空を裂く。
「《スイッチ》。なら私の出番よ。全員地上へ2度と帰れないよう突き放してあげる」
紅の長方形が根元から2つに割れるようにして形態を変化させる。
彼女の構えたそれはおよそ2mはあろうかという長剣となって真の刃を研ぎ澄ます。
「反撃開始の汽笛を鳴らすわ! 《
唱えると同時に杏の周囲360度に渡って蒼が拡散された。
フレックスの波紋とともに広がった変化は瞬くまに伝搬していく。彼女を中心として広がった蒼に触れた砂粒がふわふわと重力を失うようにして漂い始める。
「フレックスに触れたアズグロウが……空を飛んでいる?」
「飛んでいると言うより浮いているだけです。私の《
杏はミナトを一瞥してから大空へ手を掲げた。
蒼の波動に触れたアズグロウたちの巨体が次々に浮かんでいく。群がりつつあったはずの敵が大地から引き剥がされ、ふわりふわりと宙を漂った。
するとただ1本のみのか細い触手だけが露出する。触手のスカートの奥中央辺りが敵と地上を繋ぐ紐となっているのだ。
「さあて。調査用の機械もどうやら仕事を終えたみたいだ。ずいぶんと楽しませてもらったぜ」
「じゃあこっちも手早く終わらせないとだね。ディゲル中将へ良い報告が出来そう」
「それに別の案件のことについても尋ねないといけないわね。虎の子を前もって隠していたのか、それともこの派遣部隊が組まれたタイミングで奇跡的な偶然が重なったのか。色々聞くことは多いわよ」
ジュン、ウィロメナ、杏の3名は浮いたアズグロウの元へ疾走する。
各々がまとうフレックスの蒼をより強烈に光らせ、揺らぐ光沢は尾を引いて閃を描く。
滑走と薙ぎの両立によってアズグロウの真下に垂れるか細い触手を次々と切断していく。
地上との繋ぎを切断された生えし触手の巨体は、供給を切断された端から黒い
『――IGYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
ただ多数いる触手玉のうち1匹だけの様子がおかしい。
地べたと切り離された直後。赤黒い瞳の奥から悍ましい轟きを発した。
耐え難い慟哭を浴びせられたジュンとウィロメナは慌てて耳を塞ぐ。
「な、なんだこの音は!? こいつらに発声気管なんてなんてついてんのか!?」
「ひ、悲鳴!? それも女性の声に聞こえるよ!?」
しかし異常を催した敵でさえすでに他のアズグロウと同様の終焉を迎えていた。
それからあまりにも唐突な静寂が訪れる。
先ほどまで死を演じる舞台だったはずの場は、何の変哲もない荒野と、静謐によって塗りつぶされた。
危機は去り、地質調査用のタワー型へ変化したアンテナの先端から蒼い光があふれることもない。
「勝った、のか? 人間が、あのアザーの頂点捕食者AZ-GLOWに、誰1人死なず……勝利した?」
ミナトは生きているという信じがたい事実を実感すると、指先が震えた。
死を前にした命を乞うが如き寒々しい震えとは違う。
背が、指先が――全身の至る所が燃えるように――熱く、強く、滾っている。
顔を上げて見れば地平に佇む3つの蒼が
「それじゃあミッションも終わったことだし帰ろうぜ。ミナト……――いや、《マテリアル1》」
常識が幾億の断片とともに砕け散った。
それは長く辛い戦いが終わったことを意味している。
そんな気がした。
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