13話 【VS.】忘却ノ星ニ出ズル繁栄ノ終点 AZ-GLOW

 蒼を帯びた長い足が大地を穿つ。丈長のローブが荒波をたてるようにはためく。

 全身をまとった蒼が鮮烈な輝きを放っている。

 機敏かつ俊敏な速度で敵を撹乱しながら人の駆けるスピードを遙かに超越する。


「攻撃を開始します!」


 気勢とともにローブの内側から抜き放ったのは、2振りの閃光だった。

 黄金色に輝く双剣は先端から裾まで大きな弧を描く。尺は短くナイフと見紛うほどの短尺で担い手の華奢な腕の長さほどの間合いを生む。

 ウィロメナは果敢にもどす黒く歪な触手渦の懐へと潜り込んでいく。


「せえええい!」


 気合いの乗った横一線が向かってくる敵の触手を止めた。


「――――――――――」


「つっ!? 堅――違う、弾力が強い!?」


 だが触手に当たった刃は分断するに至らず。

 どころかヒット箇所がぐにゃりとへし折れるみたいに刃の勢いを吸収してしまう。


「――――――――――」


 アズグロウにとって間合いに飛び込んできた彼女すらも獲物だった。

 無数の触手が四方八方からウィロメナに襲いかかる。


「それなら……《スイッチ》ッ!」


 そう矢継ぎ早に唱えると、逆手に構えた双剣が高周波を発す。

 黄金色だった剣身は白金色となって鮮明な光を放ち始めた。

 そしてウィロメナはとん、と飛翔する。

 中空で腕の力と腰のひねりを加えながら満月を描くようにしてその場で転回する。中央で割れた厚手のローブがわぁ、と広がり花弁の如く大袈裟に花開く。


「――――――!?」


 黒くぬらつく触手が回転する彼女に触れようとした端から切断されていった。

 息つく間もなくウィロメナはとん、と驚くほど軽い音で着地を決める。


「スイッチウェポン。ノアの偉大な科学者が発明したフレクサー専用武器のお味はお如何いかが?」


 両手に武器を構える様は、冷酷で可憐な暗殺者の佇まい。

 なれど蒼をまといて触手玉と対峙する姿こそ洗練された戦士の立ち振る舞い。

 それからも敵の猛攻が放たれるたびにウィロメナは余裕の所作でひらりと躱していった。

 隙を縫うように白金の剣閃が触手を丁寧に削いでいく。


『ねぇ、ジュン。もしかしてだけどアズグロウの情報不足とあの地質調査用の機器って……』


『そんなもん十中八九だろうな。反革命側が情報を封鎖した上で仕掛けたトラップだ。まったく……ちょいちょいこういうの入れてくるよなぁアイツらときたら』


 盾と剣がひそひそと対話を交わす。

 ジュンは、ウィロメナが攻撃を加えるたびにいつでも合間に入れる立ち位置を保持しつづけていた。

 彼の手厚いサポートもウィロメナの剣戟の要となっていることは間違いない。1つ1つの小さな隙をカバーすることで彼女が常に一定のリズムを保てるよう支援を加えているのだ。

 その2人の動きはまさに阿吽あうん。互いが一挙手一投足をあらかじめ1秒前に報告し合っているかのように同期している。

 戦いから目が離せない。ミナトは呼吸をする反応さえも忘れている。

 ウィロメナとジュンの織りなす蒼と蒼の剣舞に魅入られていた。


「なんだあの凄まじい切れ味の武器と普通じゃあり得ない挙動は! フレックスの身体能力向上効果を使いこなしているのか!」


 想像を絶する光景を前に凡人は木偶へ成り下がる。

 ミナトにとってアズグロウという生命体は絶対的恐怖の対象でしかない。

 それが自分と同年代と思しきの少年少女たちによって容易に押し負けているのだ。

 凝り固まった常識がいっぺんに覆されていくような高揚感を覚えながら固まっていた。


「こ……これが人類最上位に位置する次世代ネクストジェネレーションへ進んだ新人類の力……?」


 戦慄すらあった。

 己が時代に取り残されているということさえもやはどうでも良いと思えるくらいの衝撃だった。


「そう。アナタは第1世代の能力を知ってるみたいだけど人類の進化はそんなもんじゃないんです。そしてあれこそがノアでもより上位に位置する《第2世代セカンドジェネレーション》の《パーソナルアビリティ》」


 ぱ、ぱーそなる? ミナトは震える唇でオウム返しした。

 杏は彼と視線が合うと、小首を僅かに傾げながら微笑む。


「彼、ジュンのパーソナルアビリティは《不敵プロセス》、外部展開型のフレックスなんです」


 はらり、と。流れた髪が薄く汚れた頬を撫でる。


――なんです、ってそんな得意げな顔で言われてもなぁ。こっちは門外漢なんだけど……


 ミナトは自身に向けられた花が綻ぶような表情にとくりと緊張とはまた別の鼓動を覚えた。

 表情の柔らかさと比例して口調はうきうきするような喜色を孕んでいる。

 それからも杏によるフレックスの解説が意気揚々とつづく。


「外部展開型は内部展開以上にフレックスをより多くを消耗するけど、そのぶん強力。見ての通り空間へ直接強固な壁を生み出す非常に有用な個別特化能力です」


――なんか説明してくれてるっぽいけど杏に敬語を話されると不自然すぎて半分以上頭に入ってこない!


 ミナトが唐突な変化に苦悶するも、饒舌になった杏は嬉々として説明を進めて言ってしまう。

 

「そして彼女、ウィロのパーソナルアビリティは、《心経ハモニカ》。内部展開型自己強化第2世代フレックスです。なので肉眼では残念ながら効果を視認できません」


 そう言って杏は滑らかな手をミナトの輪郭へとそっ、と添えた。

 体温の高い指で滑らせるよう頬に付着した泥を拭い取ってまたふふ、と笑う。

 ミナトは、杏の様変わりようが恐ろしくて恐ろしくて仕方がない。彼女になんらかの心境の変化があったにしても変化が激しすぎた。 

 あれだけツンケンしていた少女が今や友人以上の距離感でボディタッチをしてくる始末。いくら命を助けられたからとはいえ、これではもはや別人だ。


「あ、あのさ……なんかこう……さっき頭とか打ったんじゃないか?」


「窮地を助けていただいた方へ礼を尽くすのは当然の義務なのでお気遣いは無用です! そしてその身を守るためなら私は喜んでアナタの盾になるって決めたんですから!」


 ミナトはドギマギしながら肩が触れるほど近くに寄り添う杏から1歩距離を離した。

 すると逃がすまいとばかりに、すかさず1,5歩ほど距離が詰められてしまう。


「離れたら守れません! もっと私の近くで待機していて下さい!」


「さ、さいですか……ごめんなさい」


 照れつつぷりぷり怒る姿はどうやっても愛らしい。

 ミナトは目を背けつつ、浅ましい感情を口にすることはやめておくことにした。

 さらに視界に広がる深刻な光景に甘い香りが付随する。もはや肩は触れ合い髪が頬にかすめるほど距離が近い。

 およそ人から発せられるとは思えぬほど優雅で柔らかな香り。チャチャという慣れた同居人くらいしか女性を知らぬミナトとしてはかなり刺激が強く、心臓が高鳴ってやかましい。

 しかしいっぽうで青春を謳歌している場合ではないらしい。


「つっ! 確実に攻撃は当たったいるはずなのに!」


「何回斬っても触手が生えてきやがるか!? コイツの質量はいったいどうなってやがんだぁ!?」


 ウィロメナとジュンは大立ち回りをしながらも苦戦を強いられていた。

 軽快な動きとコンビネーションでかく乱し、アズグロウに捕縛されるようなヘマはしない。だが、成果を上げられていないのも事実だった。


「――――――――――」


「そんなもの!」


 びょう、と。風を切った触手が力任せに奮われる。

 それをウィロメナは堅実な刃で分断した。

 すると切られて大地に落ちた触手はもうもうとした黒煙を上げて消滅する。なのだが分断された根元の触手は即座に生え替わってまたウィロメナを狙う。


「もしかして無限に生え替わるの!? そうなると時間は稼げても打開策がない!? これはちょっとマズいかも!?」


「諦めんな! こんだけの図体していても際限ないわけじゃねぇはずだ! 無限のエネルギーなんて俺たちの宙間移民船でさえ持ち合わせてねーんだ! つづけてさえいればいずれは尽きる!」


 ジュンが触手をだんびらで受けながら鼓舞する。


「俺らだって来るべき日のために毎日そこそこのしごきで鍛練積んでんだ! こんな中途半端な場所で折れちまうほどヤワじゃねぇ!」


「うん……うん! ごめん、あとありがとう! 簡単に無理とか諦めるとか言えるならもっと強くなれる証拠だよね!」


 足を止めたウィロメナの剣を握る手に力が満ちるのがわかった。

 再び一対の双剣を華麗な手さばきで逆手に構え直す。疾風怒濤の速さで大地を蹴って空を舞う。


「火力が足りねぇってんなら俺も参戦させてもらうぜェ!」


 後につづいてジュンも大胆な銀の塊を背負うよう構えて攻勢に加わった。

 情熱すら迸る目覚ましい活躍と言える。ジュンの大薙ぎは敵の触手を束で削ぎ取り、ウィロメナの痛烈な剣舞は明快な被害を敵へもたらす。2人の繰り出す蒼き光が閃を描くとアズグロウの巨体は瞬く間に削がれ落ちていく。

 人の領域を超えた武技と腕力。卓越した判断力と瞬発力が人を超えた原生生物を押しとどめていた。


――あれが……オレの求めていた蒼なんだ。


 悔しい。劣等感が引き上がるにつれ拳を握る手に力がみなぎった。

 持たざる者にとっては羨むことさえはばかられる。まざまざと広げられる超越風景はその身の性能の差を教え込むかのよう。

 ミナトは、交差する2つの蒼を見ているだけで、奥歯が軋むほど噛み締めた。


「どうしてオレはっ! ……?」


 ふと視線を感じてそちらを見ればなにやら真剣な眼差しが注がれている。


「なんてことなの……数年前に注いだであろうフレックスが本当に極少量だけど残ってる。きっとさっきみたいに放出と吸収を繰り返しているから切れずにいるのね」


 まず視界に入ったのは幅の広い腰。

 その少し下の方で杏が臀部を突き出し中腰になっていた。

 むぅむぅ、と。形の良い眉をひそめてミナトの左腕の辺りをまじまじ観察している。


「これは外部展開型の長距離性能とも内部展開型の持続性とも異なる仕様ね。少なくとも私の知る限りならこれほど特異なパーソナルアビリティは今現在どの人類にも芽生えていないはず……」


 彼女の視線は1点に釘付けだった。

 先ほどミナトが杏を救う際に使った流線型のメタリックブルーに注がれている。

 それこそがビーコン屋として長年付き合ってきたトライクと同等の相棒、ワイヤー射出装置。

 さすがは未来技術というべきか、飛べと念じるだけでワイヤーが射出される。この星のリーダーともいえるディゲルから譲り受けたお墨付きの逸品である。


「まさか……――っ、サードの予兆だとでも言うの!?」


――相変わらずなにを言っているのかよくわからない子だな。


 ミナトは、没頭する杏を邪魔しないよう気を使いいつつ、視線を戦場へと戻す。

 と、視界の先で不意にウィロメナが着地と同時に攻撃を中断した。


「――ッ!? この気配!?」


 ざざざ、と。4足獣の如き低い姿勢で速度を制しながらこちらむかって髪を振る。

 浮いた前髪の奥で瞳が丸く剥かれている。


「杏ちゃんのすぐ後ろ辺りにもう1体! 地下からすごい速度で上がってきてる!」


 敵が群がってくる。当然の話だ。

 地質調査用の機器からは未だ止めどないまでのフレックスがだだ漏れているのだから。

 しかも広範囲へ拡散している。これでは周囲一帯に潜むアズグロウを自ら集めているようなものだ。

 ウィロメナの報告を受けて杏はようやく前屈みから姿勢を正す。


「ねぇ、ミナトさん。アナタこの星であのアズグロウという敵をずっと見てきているんですよね」


「あ、ああ……まあ遠巻きだけど、それなりには」


「なら対処の仕方の憶測、あるいは些細な情報で構わないんで、教えてくれません?」


 なにを……!? と、ミナトがたじろいでいる間にも地鳴りが響きわたる。

 ウィロメナの報告の通りもう1体のアズグロウが接近しているのだ。

 そして逃げようと構える隙さえ与えず、後方の大地がぼこぼことせり上がって、現れる。


「――――――――――」


「ッ、まず……い?」


 アズグロウの巨体が大地を割って現れた。

 しかもミナトと杏を捉える間合いギリギリの位置だった。


「―――――! ――――――! ――――――!」


 なのに、一向に襲ってくることはない。

 現れた位置に留まりつづけている。

 触手1本すら泳がすことなく剛直しているのだ。


「な、にがおきて……?」


 ミナトは死という恐怖に駆られながらも愕然とした。

 今まで見たことのない敵の動きをただ眺めることしか出来ずにいる。

 そのすぐ横で緩やかかつしなやかな手がかざされていた。


「《重芯モード岩翼ヘヴィ》」


 杏が真っ直ぐアズグロウの巨体のほうへ手を仕向けている。

 そして射貫くような紅の瞳が彼女を捉えるも、杏は蠱惑に目を細めるだけ。


「同じ手が聞くほど私たちはバカじゃないわ。だって――人って学ぶ生き物だもの」


 直後。手が空を斬って振り下ろされた。

 同時にアズグロウの巨体がズンッ、という轟音とともに大地に半分ほど沈む。


「――――――――――!!?」


「私に与えられた第2世代パーソナルアビリティは、《重芯モード》。私が絶対に許さないと決めた相手は、2度と私に抗えなくなるという絶対的な力よ」


 地に墜ちた巨体へ「おわかりいただけたかしら?」Sっ気たっぷりの眼光が注がれた。


 


(次話への区切りなし)

 



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