7話 Boy meets girl,meets boy?

「ほらほらもっとしっかり歩きなさい。変な動きとかちょっとでもしたら容赦しないから」


 背に突きつけられた長方形が鋭く光った。

 光沢を帯びた美しい紅の刃は近接戦闘用の剣か。先端が尖っていないため刃というよりやはり叩いて伸ばした鉄の棒にしか見えない。とはいえそれは未来技術。

 これにはたまらずミナトも両手を挙げて無抵抗の意を示す。


「オレなんか気に障るようなことしましたっけ? どっちかといえば無償で道案内をしてあげてる親切な好青年じゃない?」


「これは隙を見て襲われないための処置。こんな星に巣くっている旧世代オールドジェネレーションなんだから細心の注意を払うのは当然よ」


「別に好きで巣くってるわけじゃないんだけど……」


 やっぱりだ、なんて。がっくり肩を落としながら脳内で後悔を反芻させる。

 良い予感は肩透かし、嫌な予感というものは得てして当たるもの。天上人なんかと鉢合わせてしまったばかりに厄介事へ巻き込まれてしまう。

 ぐい、と。突きつけられた鉄塊の恐ろしさはすでに経験済み。倍の大きさに膨らんだ包帯ぐるぐるの右手が恐ろしさを物語っている。

 で、ある以上強気にでても良いことなんてありはしない。だいいち少女相手だからと戦ったところで万に一つの勝ち目なんてないのだから。

 ミナトは歩きながら恐る恐る「質問いいかな?」振り向き、少女は「なに?」僅かにまなじりを吊り上げつつ応じた。


「さっきの垂直離着陸機VTOLできたんだろう? それなのにどうやったら1人はぐれて迷子になるんだ?」


 途中下車したならまだしもこんな狭いキャンプではぐれるというのは難しい。

 少女はみずみずしい唇をむぅ、と尖らす。


「チームメンバーの1人がアザー到着と同時に飛び出していっちゃったのよ。だから私たちも慌ててあとを追ったってわけ」


 どうやら1人で勝手にはぐれて迷子になったわけではないようだ。

 そうなると不和の元凶になる人間が別にいるということになる。


「船内ではそんな素振り一切見せなかったのに着いた途端に血相を変えて走り出したのよ。メンバーになんの相談もしないで突然飛び出すなんて信じらんないわ」


「で、追いかけているうちに対象に逃げられ見失ったわけか。ついでに自分の立っている場所もよくわかんなくなったから近くにいたオレを脅して道案内をさせているってことね」


「そんなことをわざわざ補足しなくていいの! まったくジュンのやつ見つけたらお灸をうんと据えてやるんだから!」


 少女は武器を下げてミナトの背をぐいぐい押した。

 急かしながらも白い頬に僅かな桃色を滲ませている。迷子という羞恥を隠そうとしているのかもしれない。

 見知らぬ惑星でたった1人はぐれてしまった。となればきっと不安も大きかったはず。

 少女の心細さを考えてしまうと、ミナトも怒る気にはなれなかった。


「アンタを見つける前に人の気配がするテントにもちゃんと呼びかけたのよ? それなのに示し合わせたかのように全員が無視するってどういうことなの?」


「そりゃまあしょうがないんじゃない。厄介事が大手を振って現れたならオレでも無視しただろうし」


 実際ミナトだって天上人たちとの鉢合わせエンカウントを避けていた。

 余計なことに巻き込まれたくないと考えてしまうのも無理はない。

 この星に追いやられた人間ならば誰だって自己保身を第一に考える。必要最低限与えられた生活水準を下げぬよう保身に走る。これ以上の窮地に立たされれば崖下まで一直線になってしまうのだから。


「まったく、なんか辛気くさいのよねぇココ。しかももっと荒くれがのさばっているかと思ってたのにびっくりするくらい静まりかえってるし……」


 少女はぶつぶつ文句を漏らしながら怪訝な目つきでぐるりとキャンプを見渡した。

 とはいえ見るものすべてが珍しいのか、浮かれた部分も多かれ少なかれといった感じだった。

 すでに武器は下げられてミナトは脅されていない。少女は隣へ移動し、並んで粛々と歩を進めている。


――髪ツヤッツヤだなぁ……しかもまつげ長ッ! なに食べたらこんなに肌が綺麗になるんだ?


 なんだかんだミナトもまた平常心ではない。

 横目でちらちら。精巧で作り物のような少女の横顔をまじまじ観察していた。

 年差のそれほどない少女が突然現れて内心どきどきもの。外で味わうような痺れる緊張とまた別の鼓動が胸を高鳴らせてくる。


「ハァ……生まれて初めて大地を踏んだっていうのに感動するタイミングすら逃しちゃった……」


 アンニュイな感じで少女の視線が下がるとまつげの影が伸びた

 ミディアムロングの明るい髪は生き生きと光を吸って流れ、優雅な首のラインが否応なしに視線を奪う。新雪の丘の如き白いうなじがまぶしい。

 なによりその女性らしい緩急のある身をまとう服だ。肌に張り付き大胆に生身を浮かすデザインは煽情的すぎる。


――この子の着てるスーツは流動生体繊維製の最新型かな。オレの質素なカラーより少しバリエーションが豊かになってる。


 ミナトにとってはチャチャという小動物系の女性がすべてだった。

 だから少女の隣でほんのちょっと緊張している。


――これはたぶん気まずいってやつだな。だいいち天上人の女の子と話を合わせられるだけのボキャブラリーがない。


 よくよく考えてみればそもそもエスコートする義理だってないのだ。

 案内しているのだってただの親切心であり、邪な心なんてものもない。そうやって自身に言い聞かせながらうんうん頷いてみせる。


「ねぇ、アンタはいったいなんの罪でアザーに送られたの?」


 は? ミナトは、少女の何気ない一言を聞いて意図せずあっけにとられてしまう。

 少女は罪と口にしたのか。記憶をリビートさせながら問う。


「罪? オレが犯罪人かなにかだと思ってるのか?」


 すると少女は「へ?」目を丸くする。


「だってアザーって流刑地じゃない。罪がなければこんな場所に追放なんてされないわよ」


 互いに足を止め見つめ合う。

 沈黙。2人の間に若干の微妙な空気が吹き抜けた。


「まさか自分の罪を認めたくないとか言うんじゃないでしょうね。アザーに送られるほどだから相当やばいことをしでかしたんでしょ」


――いわれのないとはまさにこのことだな。


「まさか6代目艦長暗殺を企てた容疑者ってアンタじゃないでしょうね? 総帥を殺めた大犯罪者がこんなナヨナヨした男のはずないとは思うけど……」


 少女がぱちくりと瞬いているなか、ミナトはなんとなくだが色々察した。

 武器で脅して案内役をさせようという彼女の意図もこれでようやく理解がいく。つまるところノアの住人はそういう風に仕込まれているのだ。

 そういうというのはとても都合が良いという意味。死の星に送られるのは皆犯罪者であり過酷な環境がお似合い。そう信じさせることはすなわち渦中の外にいる一般的な人間にとって非常に耳心地が良い。


――でっち上げか。犯罪者に仕立て上げることで周囲からの反感を買わずに旧世代たちを間引いているわけだ……酷いことしやがる。


 ここアザーには前述通りチャチャしか女性がいない。

 それは使い道があるから。子を成すという大義名分が女性には存在する。そのため方舟という揺りかごから追放されることはない。

 ならば使えない人間は――ノアに乗船する切符を持たざる者はどうなるのか。


「ねえったら! いくら自分の罪を言いたくないからって黙り込むのはずるいじゃない!」


 このなにも知らされていない無垢な少女は、切符をもっているのだ。

 記憶喪失の彼がこの星でどれほど焦がれたか。それでも手にすることが叶わない蒼色の乗船券を少女はもっている。

 

「……いこう」


「あっ! ちょっと待ちなさいよ!」


 ミナトは憤る少女を無視して進むことにした。

 やはり合うべきではなかったという後悔が喉元にまでこみ上げてきている。嫉妬以外のなにものでもないことは重々承知だった。

 努力で埋められぬものがこの世界を動かす。それはつまり人間という種族に明確な優劣を及ぼすことと同義だった。


「…………」


 視線を落とした掌をぐしゃりと握る。

 劣等感という水で消せぬ業火が脳を焦がすような思いだった。

 と、そうやって前を見ずに歩いていると唐突にテントの影からなにかが飛び出してくる。


「――おっとぉ!?」


 何者かが尋常ではない勢いでミナトにぶつかってきた。

 ミナトは横にぐらりと倒れながら視界の端に蒼き揺らぎを発見する。

 どさり、と。受け身をとって衝撃を受け流す。ぶつかった衝撃で脳が揺れて世界がぐらぐらと回った。


「ああ! ご、ごめん! わざとじゃないんだ!」


 ミナトをなぎ倒た犯人は、見たこともない、つまり初対面の青年だった。

 そしておそらくは彼もまた派遣部隊の隊員なのだろう。身には羽織っているのは制服か、インナーは少女のものとよく似ていて、背にはだんびらの如き銀の鉄塊をぶら下げている。


「ジュン!? アンタいきなり飛び出してなに考えてんのよ!? ウィロが泣きそうな顔で探してるわよ!?」


 青年は、憤慨する少女を見て「きょう!?」驚きの声を上げた。


「そっちはそっちでなんとか上手くやってくれ! 頼むこの通りだ! 今この時を逃したら間に合わなくなるかもしれねーのよ!」


「時間ってなにをする時間なのよ! とにかく何の説明もなく輪を乱すような行動をとるならノアに帰りなさい!」


「本来の目的のために絶対に手に入れなきゃならない鍵がまだここにあるんだっての! だから一刻も早く見つけてやらないと!」


 少女がまくし立てると、青年は幾度も「すまん! すまん!」とにかく謝った。

 このまま喧々諤々と思われたが、ジュンと呼ばれた青年は途中で強引に話を切り上げにかかる。


「とにかく頼んだ! 捜し物を見つけたら必ずそっちに行く! だから説教はそのときに聞かせてくれ!」


「あっ! 待ちなさいってばあ! んもう!」


 青年は脱兎の如く駆け出して、どこぞへいってしまう。

 あっという間に乱雑に立てられたテント群の影へ消えていった。

 さながら大風の如し。蒼の残滓だけが彼がここにいたことを証明するのみ。


「まったくなんなのよあのバカ。で、ずいぶん派手にぶっ飛ばされてたけど……大丈夫?」


 少女は顔の横で髪を押さえながらひょっこりと見下ろす。

 空きのテントに突っ込んで平たくなったミナトは、晴れぬ空を存分に仰いだ。


「……お前ら天上人は揃いも揃ってオレにピンポイントな恨みでもあるのか?」


 今日は厄日なのかもしれない。

 それと天上人たちの会話から推理するに、少女の名はきょうと言うらしい。

 ミナトは、一刻も早くいらぬ記憶を排除するため、天上人たちの目的地である我が家へ急いだ。




……………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る