多分ここだったと思う。細い路地を出てきたところに電話ボックスがあって、その隣にフーゾクの捨てカンがたくさん並んでいる。僕はガードレールに寄りかかってタバコに火をつけようとしていたとき、女の子が僕のそばに寄ってきて、火をかしてほしいといった。「未成年じゃないよね」僕はそう言って百円ライターを差し出した。「ちがうよ」女の子はそう言ってライターを受け取ると、タバコに火をつけた。「ちょっと借りとくね、だめなんだあたし、タバコないと」「いいよあげるから」僕がそう言って女の子から離れようとすると「いいからついてきて」と言って女の子が僕の腕を引っ張った。「わかったよ」僕は腕にからみついた手をほどきながら後をついて行く。女の子は急に振り返ると、僕に向かって「あたしルナっていうんだ」と言った。ルナは僕の名前をきかなかった。きかれるまで黙っていようと思っていたら、結局僕の名前を知らないまま死んでしまった。ルナは少し早足でデパートに入っていく。目指す場所がわかっているのか、すこしも迷わず歩いている。そしてしばらく歩いた後、目的のショーケースの前で立ち止まった。ケースの中をのぞき込みながら「ねえ、どれがいい」と僕にきいてくる。そう言われて、僕がケースをのぞこうとしたときには、ルナは店員を呼んで、ケースの中の品物を指さしていた。店員が鍵のかかったケースからライターを取り出して「これでよろしいですか」とルナにきいた。「それでいいよ」ルナはそう言って財布からお金を出して店員に渡した。「包まなくていいよ。すぐ使うから」ルナがそう言うと店員は少し困った顔をした。「カードじゃないの」僕がルナにそうきくと「カードは持たないの、めんどくさいし」と答えた。ルナはずっと握りしめていた百円ライターを僕に返してくれた。そして「のど乾いたから何か飲みに行こう。あたしおごるから」と言って出口のほうに向かって歩きはじめた。

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