淋しい気持ちのする朝だった。こんなもんだろうとは思っていたけれど、警察の留置場なんて殺風景なもんだ。人に見張られたまま眠れるのだろうかと心配していたけれど、疲れていたせいか、二日ともびっくりするくらいよく眠れた。そして、三日目の朝。どうやら解放されるらしい。この二日間、刑事の人たちに入れ替わり立ち替わり責められた。ルナの本名を言われたって僕にわかるはずもない。わけのわからないままここに連れてこられて、最初のうちは、何を言われているのか僕にはさっぱりだった。写真を見せられて、はじめてルナのことだとわかった。そして悲しくなった。ルナは首を絞められて、裸のままホテルに置き去りにされた。薄暗い部屋でひとりぼっちでいたルナが見つかったのは半日以上過ぎてからだったらしい。僕はただ黙っていた。何も言えなかった。「そのまま黙っているんだったら、ずっとここにいてもらうことになる」なんて言われてもどうしようもなかった。ずっとここにいるしかなかった。

 僕はよく街の中をルナと二人でふらふら歩いていたし、そのことはみんな知っているはずだった。でも僕は、ルナの本名も知らないし、年齢も、何をしているのかも、ケータイの番号も知らない。それはそれで十分楽しかったし、お互いにそれ以上知る必要もなかった。ルナは僕の名前さえ知らない。いつも、「ねえ」とか、「ちょっと」とか呼ばれていたし、僕もルナの名前は知ってたけれど、名前を呼ぶことなんてほとんどなかった。どうも刑事の人たちは僕とルナの関係をわかっていないようだ。関係があるなんて言うといかにも意味ありげだけれど、そう言う意味からすると僕とルナはまったくの無関係だった。でも、よく考えてみると、僕とルナっていったい何だったんだろうか。ちょっと気の合うちょっとした知り合い。ただちょっといっしょに歩いているだけ。たしかにルナは、僕の腕をつかんでぶら下がるように歩いていたし、何かあるたびに、僕はルナに体のあちこちを叩かれていた。はたから見れば、イチャついていたように見えたのかもしれない。でも、そんなに長い時間一緒にいたことはなかったし、もちろん、ホテルになんて行ったことはなかった。

 刑事が僕を呼びに来た。所持品を渡されたとき「犯人は捕まったんですか」と聞いてみた。刑事は「やっと口を利いたな」とだけ言った。

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