起きない奴には……

 見知らぬ窓から陽光が射し込んでいる。

 外からは鳥のような声が聞こえる。

 むくりと起き上がり、独りつぶやく。


「宴会の後に作戦会議なんか、土台無理な話だったんだ……」


 周囲を見回すと、それぞれのベッドの上に各々が寝ている。

 リコはパンツ一丁でベッドからずり落ちかけている。

 ブラスカさんは半裸で大の字になり、大いびきだ。

 マジアだけがきちんと布団を掛け、死んだような顔をして寝ている。


 ここはおそらく宿屋の四人部屋だろう。

 歩いた憶えはないので、おそらくマジアがどうにかして運んでくれたのだろう。

 マジアには苦労のかけっぱなしだ。


 彼にとって俺たちって何かの得になるのだろうか?

 間違いなく、ただのお荷物と断言してよかろう!

 しかし、俺はマジアを容赦なく起こす!


「マジア! 起きろ! 腹減った!」

「う〜ん……、もうゲロを吐くのは勘弁してくださいよぉ、エイジさん〜。部屋が、僕の手が……、どんどん汚れていきます〜。もう……、掃除いやだよぉ……。本当に勘弁してください……、お金ならいくらでも払いますから〜」


 マジアは目を覚まさず、青い顔でうなされている。

 マジアには申し訳ないが、どうやら昨日はそんな出来事があったのだろう。

 そうか、吐き過ぎで腹が減ってるのか。

 昨日、あれだけたらふく食ったのに、おかしいと思った。


「マジア〜、起きないと顔の上にゲロかけちゃうぞー!」

「はっ! エイジさん、それだけは!」


 マジアが飛び起きた。


「おはよう、マジア。みんなを起こして朝飯にしようぜ」

「僕、結構疲れてるんですけど……、でも、もう少ししたら宿屋のチェックアウトですね。起きなきゃ」

「すまんな、マジア。じゃあ、俺はリコを起こしてくる」


 リコのベッドに行くと、パンツ一丁で幸せそうな顔をしてすやすやと寝ている。

 こいつの念願のパーティーが、昨日結成されたからな。


「おい、リコ。朝だぞ。宿屋を出るから、起きるんだ!」

「…………」


「今すぐ起きないと、その無防備な体をくすぐりまくるぞ!」

「…………」


 よし! 返事がないので決行だ!


 ロリエルフの白い肌を俺は容赦なく、持てるテクニックを全て駆使してくすぐった。

 腋と脇っ腹、足の裏に太もも、体の隅々まで至るところをだ。

 気がつくと、着替えの終わったマジアがドン引きで俺を凝視していた。


「エイジさん、それって犯罪になりません?」

「大丈夫だ。俺は異世界人なので、こっちの法律には縛られない! にしても、こいつくすぐってもニヤニヤ笑うだけで全然起きねーよ」

「それなら、いい手がありますよ。ちょっと待っててくださいね」


 マジアは部屋を出ていき、しばらくしてまた戻って来た。手には何やら瓶を持っている。


「マジア、何だそれ?」

「宿屋の親父さんがすごいの持ってましたよ。ふふふ。じゃじゃじゃーん、キャロライナ・スッパーです!」

「キャロライナ・スッパー?」

「超絶に酸っぱいお酢ですよ、エイジさん」

「リコに飲ませるのか、それ?」

「リコは酸っぱいの苦手ですからね。きっと飛び起きますよ!」

「マジア、ちょっとそれテイスティングしてみていい?」

「どうぞ、どうぞ!」


 掌にちょっとだけ注いでもらい、舐めてみた。


「ひーっ!!! あかん!!! あかんって!!! これはダメなヤツや!!!」


 驚きのあまり、思わず関西弁になるほどの酸っぱさだ。

 後からこみ上げてくる酸っぱさに部屋を駆けずり回った後、リコのリュックを漁った。

 幸いミネラルウォーターがあったので一本一気飲みして、少し落ち着いた。


 ただでさえ酸っぱいのが苦手なリコに、これを飲ませるのか……。

 マジア、お前、鬼畜だな……。


 そのマジアが瓶ごとリコの口にキャロライナ・スッパーを注いでいる……。

 注ぎ終わると、リコはムニャムニャと口を動かし、舌で小さな唇を舐めた。

 その、直後──。


「う、う、う、うっき────────―!!! ゴッ、ゴボッ!!!」


 猿みたいな雄叫びを上げ、目を剥いて吐き戻した。


「あちゃ〜、また掃除しないと……」

「ゲホッ、ゲホッ!!! 何これ、超酸っぱい! マジア、リコを殺す気だし!」


 リコは血相を変えて、トイレに駆けこんだ。


 よし! リコも起きたし、次はブラスカさんだな!


 この騒ぎでもブラスカさんは起きることなく、上半身ブラ一丁で相変わらずの高いびきだ。

 俺はベッドの脇に立て掛けられた彼女の剣に興味を惹かれた。

 異世界の剣ってどんなだ?


 手にすると、銀色の鞘には緻密な魔法陣が描かれており、美術品のように美しい。

 抜いてみようっと!


「何だ、これ! ちっとも抜けないぞ!?」


 力いっぱい引っ張っても、びくともせず、剣が鞘から抜けない。何度やってもダメなんで、俺は諦めて剣を戻した。


「他人に使われないように、ブラスカさんが魔術式でロックしているんでしょう」


 掃除を済ませたマジアが今度は剣を手にした。


「えーと、剣の刻印銘は、『メテオラ』、えっ! これってあの有名な『流星剣』じゃありませんか!」

「そんな名品なのか? その剣は」

「ええ、魔王を討伐した皇帝の剣と同じ刀鍛冶かたなかじの物ですよ」

「ふーん、そうなのか。じゃあ、ブラスカさんはさぞかし腕の立つ剣士なんだろうな。マジア、ちょっとそれ貸してみろ」

「抜けませんけど、いいんですか?」

「いいんだ」


 マジアから名剣といわれる剣を受け取り、俺はそれを鞘のまま上段の構えで振りかぶる。


「エイジさん。まさか、それでブラスカさんを殴る気じゃないでしょうね?」

「剣豪なら寝ていても、俺のへなちょこな太刀筋など他愛もなくかわすだろう。行くぞ、マジア!」


 憧れの遼子先輩に似たブラスカさんの顔。その頭を俺は狙う。

 スイカ割りでもやっている気分だ。


「たあ──っ!!!」


 気合一発、斬りかかる!


 ゴン!!!


 重く鈍い音がした!

 ブラスカさんは1ミリも避けず、俺の一撃は彼女の頭を直撃した。


「んぐっ……。くかー、くかー」


 それでも平気な顔で彼女はまだ寝ている。


「防御魔術式でも使ってるんでしょうか?」

「いや、石頭なだけだろう」


 その後、揺すっても叩いてもブラスカさんは起きない。


「どうするよ、マジア。俺、すげー腹減ったぜ」

「うーん、弱りましたね。どうしましょう……」

「人を起こす魔術式とかないのか?」

「うーん、何か適当なのがあったとしても、魔術式は獣車の中ですし」

「ほんと、困ったな……」


「おい! お前ら、いつまで寝てんだ! 部屋の掃除を始めるから、さっさと朝飯食って、チェックアウトしてくれ!」


 ドアが開き、小太りの宿屋の親父が怒鳴った。


「わはは! 宿屋の親父、了解した! よし、行こう!」


 朝飯の言葉に反応したブラスカさんはスッキリした顔で、剣を取り立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る