リコの作戦会議

 宿屋を出た俺たちはマジアの獣車まで戻った。


「わあ、これがライノか。こんな間近で見るのは初めてだ。すごく可愛いなあ♡ 私もそのうち一頭飼ってみたいな」


 お尋ね者のブラスカさんに撫でられ、嬉しそうにライノは目を細めている。


「このライノは特別可愛いのだ」


 リコに撫でられ、ライノは喉をゴロゴロ鳴らして喜んでいる。

 しかし、俺が触ろうとした途端、険悪な目つきになり地団駄を踏んで暴れだした。


「エイジさんは男だから触られるのが嫌なんですよ。このライノはおすですから」


 なるほど、このライノは色ボケ猛獣なのか。

 今後はあまり近づかないようにしよう……。

 マジアは男のくせに上手く手懐てなずけたな……。


 獣車に入り、リビングに四人で集った。

 ブラスカさんはリビングを物珍しそうに眺め回している。


「へえ、これが獣車か。なかなか立派なものだな。居心地がとても良さそうだ。あれ? でも、ちょっとトイレ臭いかな?」


「ちょっと待ってくださいね。まだ異世界人の小便臭いので、消臭魔術式を解式しますから。ソリューション!」


 だからー、マジアはもっと早くやっとけと!


 赤いパーカーとショートパンツに着替えたリコが奥から黒板を抱えてきた。

 そして、それを壁に引っ掛けると、白墨でそこに丸っちい文字を書いた。


「何て書いてるんだ、マジア?」

「作戦会議ですよ。エイジさん」


 うーん、やっぱり文字が読めないと不便すぎる。

 折を見て、少しずつ勉強していかないとな。


 リコが指示棒でコンコンと黒板を叩く。


「はいはい、ではでは作戦名を発表するし」

「リコ、『姉さんに倍返し作戦』だったよな?」

「エイジ、あれはジョークだし」


 てか、マジアたちは『半沢直樹』の元ネタわかんねーだろ!


「じゃあ、作戦名を発表するし! ドラムロール! ドロロロロロロロロロ〜。ん、ん、こほん……。作戦名は、『リコ様の華麗なる帝都返り咲き、お姉、ざまあ作戦』だし!」


 何か前に聞いたのと違うし、長すぎるわ!


「リコが帝都に返り咲くには、先ず追放市民を解除してもらわないといけないし」

「うんうん、そのとおりだね。そうしないと帝都にそもそも入れないよね」


 マジアが相槌を打つ。

 ブラスカさんは背筋を伸ばし、美しい姿勢で聞き入っている。黙っていると、本当に遼子先輩がそこにいるようで、どこか懐かしい気がする。


「でー、追放市民の解除条件はというと……、えーっとね。あれ? 何だったっけ、マジア?」


 何だ、調べてねーのかよ!

 当事者のくせに危機感ねーな、リコの奴め。


「じゃあ、言うからメモしてね、リコ。

 ① 魔王の討伐

 ② 禁書の発見

 ③ お尋ね者の捕縛連行もしくは殺害

 以上の三つだね」


「はい、メモしたし。うーん、①は魔王は天空に逃げちゃったから、ほぼ無理だし。②はどんな物かもわかんないし、どこにあるかもわかんない……。じゃあ、③は……」


 リコはペンで頭をカキカキした後、ブラスカの顔をマジマジと見た。


「ブラスカがリコに殺害されちゃえば、ミッション・コンプリートだし! ということで、よろしくね!」


「いやー、殺害は嫌だから、せめて捕縛連行で手を打たないか? ははは!」

「お前ら! 仲間になったんじゃねーのかよ!」


 俺は思わずツッコミを入れた。


「うーん、そうなんだけど、またお尋ね者を見つけなきゃいけないし……。いや〜ん、時間がかかっちゃって、リコの帝都返り咲きが遅れちゃうもん!」

「じゃあ、見つければいいよ、リコ」

「えっ! マジア、見つけられるの?」

「リコ、何言ってるのさ。君の方位魔術を使えばいいんだよ」

「あっ、そうか!!! そうじゃん!!!」


 自分のスキルをすっかり忘れている、おマヌケなリコだった。

 自分で世界一とか威張ってたくせにな。


 リコの方位魔術は探したいと願うものを見つけ出す魔法だ。その力を行使して、日本で俺を見つけ、この世界まで連れてきたらしい。


「あと、お尋ね者はランクがあって各々ポイントが違うんだ。ポイントが10ポイントになるまで、追放市民は解除してもらえないよ」

「ふーん、そうなの? リコ、知らなかったし。ねえ、ちなみにブラスカは何ポイントなの?」

「私はS特級ランクで10ポイントだ。すごいだろ!」

「じゃあ、やっぱりブラスカを殺しちゃえば手っ取り早いし」

「リコ、勘弁してくれ! お尋ね者と追放市民、お互い爪弾き者同士じゃないか……」

「そうだよね。リコ、ブラスカのこと好きだし、生かしておいてあげる」


 うーん、リコってば、微妙に上から目線だよな。


「じゃあ、リコは誰を探せばいいのかな?」

「私に心当たりがあるぞ。S特級で10ポイントだから一発で解除だ」

「それって、誰なの?」

「重魔術師ファンタズマ。『幻惑の魔術師』とも呼ばれている男だ」

「えっ、ファンタズマ! それ、無理無理無理無理、絶対無理ですよ!」


 マジアがすごい勢いで掌を振っている。

 ファンタズマってS特級らしいし、そんなにすごい男なのだろうか?


「リコ、方位魔術で見つけ出す自信あるもん」

「いやいや、ファンタズマの幻惑魔術式は半端じゃないよ。誰も本気で身を隠した彼を見つけ出すことはできないし、仮に見つけられても、強力な魔術式ですぐに逃げられちゃうよ」

「いいや、是が非でもリコに探し出してもらいたいのだ。私のこの剣を封印したのも実は奴なのだ」


 ブラスカさんが剣を胸の前にかかげ、鞘から抜こうとするが、抜剣できなかった。


「ええっ! じゃあ、ブラスカさんでも、その剣を抜けないの?」

「恥ずかしながら、そうなのだ。本当に我ながら情けない話だ、はは」


 なに〜、じゃあ、ブラスカさんの名剣はただのお飾りじゃん!


「よーし! リコがブラスカのために、必ずファンタズマを見つけてあげるね! 打倒ファンタズマ! 作戦も決まったし、お風呂に入ってから、お昼ご飯なのだ!」


 勝手に作戦会議を終わらせ、リコは服を脱ぎながら、獣車の後ろの方に歩いて行った。


「マジア、この獣車って風呂あるの?」

「ありますよ。そんなに広くはないですけど、二人くらいなら入れます」


 もっと早く言ってよ感はあるが……。

 すげーな、マジアの獣車って。本当に家そのものなんだな。


「わはは! そうか。じゃあ私もお風呂をいただくとするかな!」


 ブラスカさんが上を脱いで、胸ポロしている。


「「ブラスカさん、あっちで脱いでくださいよ!」」


 マジアと声が揃った。


「二人してそんな固いことを言わないでも……」


 渋々といった感じで、ブラスカさんは風呂場へと歩いて行った。


「じゃあ、マジアは俺と一緒に、あいつらの次な」

「いいえ、僕はエイジさんの後でいいですよ」

「男同士だし、マジアは小っこいから、二人で入ればいいじゃん」

「いやいや、遠慮しておきます。僕、これからお昼の用意をしますから」

「そうか、じゃあ、また今度な!」


 マジアはそれに答えず、そそくさと台所へと去った。


 うーん、お兄さん、ちょっと残念だな……。

 男同士の親睦を深めようと思っただけなのに……。

 マジアって照れ屋さんなのかもな。


 リコの下品な歌とブラスカさんの笑い声が風呂場から聞こえてくる。

 俺はマジアと台所に立ち、なんとなくほのぼのとした気持ちでそれを聞いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る