冒険者ギルドでシュルシュルポワ

 ランプが灯っているが、ギルドの中は少し薄暗かった。

 長テーブルが結構な数あり、昼飯時を過ぎたせいか、人はあまりいない。

 剣や槍を脇に置いた強そうな男たちが食事をしている。冒険者か休憩中の兵士だろう。

 奥にあるカウンターの向こうには、緑色の制服を着た若い女性が数人立っている。


「エイジさんのスキルも、あそこで確認できますよ」


 マジアがカウンターを指さすと、赤いツインテールの女性が手を振って軽く笑った。


「えっ、そうなのか? そりゃ楽しみすぎる!」

「僕もとても興味があります。何と言っても、エイジさんは異世界人ですからね」

「リコ、お腹減ったから、早く食べたいし!」


 おい、リコ! 俺を拉致っておいて、俺のスキルより飯が先かよ!

 まあいい。確かにすごく腹ペコだし、先ずは腹ごしらえにしよう。

 自分のスキルも気になるが、背に腹は代えられない。


 とりあえず、三人でカウンターに近い端のテーブルに座った。


「何にしましょう? エイジさん」

「何て書いてるか、俺、全然わかんないよ……」


 メニューを渡されたが、文字がわからない。

 文字までは重魔術の効果がないのか……。

 ちょっと、今後不便かもな……。


「エイジ、リコに貸して! うーん、先ずは定番の……、人喰いラクダの断頭ギトギト揚げかな? それから、吸血オコジョの八つ裂きも捨てがたいし」


 物騒な名前の料理ばかりだな……。

 俺、こっちで食ってけるかな……?


「リコさ、高いのばかりじゃん。僕の財布のことも少しは考えてよ」

「はーい。じゃあ、シュルシュルポワでいいよ」


 何だか得体が知れないが、さっきのよりはマシそうな気がする。


 そのシュルシュルポワってのが三つ出てきたが、ラーメンみたいな麺料理だった。どこか懐かしい素朴な味の料理だったが、汁を吸った最後に芋虫みたいな奇妙な紫色の肉が現れた。


「もぞもぞ動いてるんだけど、こいつ!」

「エイジ、当たりじゃん! 超ラッキー! それ、ポワだし!」

「すごいですね! ポワ入りは滅多に当たらないのに! さすが異世界人ですね、エイジさん!」


 器の中でもぞもぞとポワが蠢いている。

 そのポワ、気味が悪いので食べ残したかったが、二人が「さあ、早く!」と言わんばかりの期待いっぱいな目で俺を見つめる。

 清水きよみずの舞台から飛び降りるような気持ちで、口の中に放りこんだ。

 口の中で暴れまくるポワを噛むと、「ポワッ」と断末魔の悲鳴を上げ、濃厚な肉汁が口いっぱいに広がった。

 鼻孔をくすぐる芳醇な香りと、味わい深いコクのあるジューシーな肉がたまらない。

 まさに絶品だ! 飲みこむのが惜しくなるほどの旨さだ。


「いいなあ……」


 リコはテーブルの向かいから身を乗り出して、俺の口をマジマジと見ている。

 だが、次に当たってもリコには絶対やらない。

 これは確かに当たりに値する代物だ。

 まあ、作ってるのを見てれば、当たってるかどうかはすぐにわかるけどな。


「さあ、お腹も膨らんだところで、いよいよエイジさんのスキル確認ですね!」

「次はポワが当たるといいなあ……」


 リコはまだ俺のスキルより、食い物のようだ。

 空っぽになった器を恨めしそうに見ていたリコを引き連れ、三人でカウンターに向かった。


「これはこれは、マジア様。お久しぶりですね! 冒険者ギルドへようこそ! 今日の御用は何でしょうか?」

「ソリディさん、こんにちは。この人のスキルを調べたいんだけど」

「ありがとうございます! では、解析魔術式をお持ちしますので、しばらくお待ち下さい!」


 ハツラツとしたツインテールのお姉さんが、笑顔で奥の部屋に消えていった。

 元の世界の銀行の受付みたいなやり取りだった。

 にしても、魔術式があれば何でもできるんだ……。便利な世界だなあ。


 しばらくして、お姉さんが雑誌くらいの大きさの銀板を抱えて戻って来た。


「こちらですね。料金は1万モネタになりますが、よろしいでしょうか?」

「それでいいよ、ソリディさん。じゃあ、始めて」


 うーん、高いのか安いのかさっぱりわからんが、マジアには感謝だな。


「では、そちらの方。この銀板に手を置いて、解式願います」

「はいはい。じゃあ、マジア、解式よろしくな」


 魔法陣と文字が書かれた銀板の上に、俺は手を置いた。


「ソリューション!」


 マジアが詠唱したが、何も起こらなかった。

「あれ?」とマジアは困った顔をしている。


「リコが解式やってみるし! ソリューション!」


 リコの詠唱に反応して、銀板が煙に包まれた。


「ゴホっ! ゴホっ!」


 煙くて、思わず銀板から手を離した。

 すぐに煙は消えたのだが……。


「あらら、何も出てませんね……?」


 お姉さんが首を傾げている。

 銀板に描かれていた魔法陣も文字も何もかも消失してしまっている。


「マジア、これは失敗なのかな?」

「いや、ギルドの解析魔術式が間違うなんて聞いたことありません。エイジさんにスキルがないのかなあ?」

「えっ!? 俺ってスキルはないの?」

「スキルがないと、リコ、困るし! 異世界まで行った苦労が水の泡になるのだ!」


 今になって、リコがようやく俺のスキルについて語りだした。


「そうだわ! じゃあ、とっておきの使いましょう!」


 ポンと胸の前で手を叩き、お姉さんが満面の笑みを浮かべた。

 それから、また奥の部屋へそそくさと消えていった。


「はい、こちらの魔術式なら絶対ですよ! 希少スキル用の特製品です。ちょっとお値段ははりますけど……」


 カウンターに置かれているのは金色の板だ。さっきの銀板の倍くらい大きく、刻まれている魔法陣も比較にならないほど緻密だ。


「いいけど、それいくらなの? ソリディさん」

「こちらは100万モネタになります!」

「えっ! そんなにするの?」


 財布を手にしたマジアがひるんだ。

 異世界でも商魂はたくましいんだな……。


「どうするんだ、マジア? 俺ならスキルなんかわからなくていいけどさ……」

「ダメ! エイジのスキルがわからないと、リコの華麗なる帝都返り咲き作戦が立てられないのだ!」

「じゃあ、リコ。君はお金持ってるの?」

「持ってる! 持ってるし!」


 リコはリュックから札束を掴み出し、それをバンとカウンターに叩きつけた。


「持ってくし! 泥棒!」


 マジアがポカンと口を開け、それを指さした。


「リコ、何、これ?」


 リコが出したのは帯付きの札束だった。ざっと見て、100万円だろう。

 異世界で福沢諭吉を見るとは思わなかった。


 日本にいた時、結構金持ってたのな、こいつ……。

 どうやって稼いだんだ……? いや、稼いだんならいいけどさ……。

 んー、どうせここは異世界だし、考えるのやめとこっと……。


「ソリディさん、クレジットカードって使える?」


 息巻いてバンバン札束を叩くリコを横目に、マジアはお姉さんと商談だ。

 てか、この世界にもクレジットカードがあるのかよ!

 すげーぜ、信販業界!


「もちろん使えますよ。ソリタリオ家のカードなら申し分ありません。では、そちらの方、もう一度、手をこの上に乗せていただけますか?」


 お姉さんはホクホク顔で、金板を指し示す。


「すまんな、マジア。この借りはいつか返すからな」


 信用も何もない出世払いだけどな……。


「じゃあ、ソリューション!」


 思わず勢いで自分で詠唱してしまった。ところが、黄金の魔術式は俺の詠唱に反応した!


 俺は眩い金色の光に全身を包まれた。

 突然フロアが明るくなり、ギルドに居合わせた者みんなが注目した。

 光はすぐに霧散して、金板の魔法陣から新たな文字が浮き上がった。


「何か出たぞ! 何て書いてるんだ? マジア!」


 マジアとリコ、そしてお姉さんの視線が一斉にその文字に集まる。


「えーと、ふんふん、コンボ、スーパー・ラック、そして、アジテーション、それにダーク・メモリー。四つもありますよ! こんなこと、このギルドで初めてです!」


 お姉さんが胸に手を合わせて、感激している。


「エイジ、すごい、すごい! 四つもスキルがあるし!」


 リコは手放しで大はしゃぎだ。


「ギルドのお姉さん、これって、どういうスキルなんです?」


「えーとですね。コンボは【連発】で攻撃や魔法を連発できる補助スキルです。冒険者なら、このスキルを持ってることが多いです。スーパー・ラックは【強運】で言葉通りです。どのくらい運がいいかは、人によってまちまちですね。アジテーションは【煽動】という意味ですが、どういう力なのでしょう? ダーク・メモリーは何なのか、これも私にはよくわかりません……」

「うーん、僕もコンボとスーパー・ラック以外、わからないな。アジテーション、ダーク・メモリー……、いったいどんなスキルなんだろう?」


 マジアが腕組みして、首をひねる。


「でも、【強運】は確かだよね。お昼にシュルシュルポワでポワを引き当ててたし」

「そうそう、エイジはポワ引き当てたし! しかも、シュルシュルポワを食べたの初めてだし!」

「へえ、そうなんですか! 初めてでポワ。まさに超強運ですね!」


 んー、みんながポワポワ言ってるのを聞いてると、

 なんだかスキルの力って大したことないような気がしてきた……。

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