機嫌取りが上手なら

彼らが行っていたのは新機体、及び紅蓮の虎の模擬戦として、紅蓮の虎の行動パターンや記録を搭載したコンピューターと、仮想世界で戦闘することができるというものだった。

目の前の巨大な機械は、その紅蓮の虎と戦うためのその機械であり、そして何よりその機械の中に入っていたのがグラマスである。


興奮していた技術者は少し声のトーンを抑え、再び、というよりか質問を変えてグラマスに聞いた。


「で、どうだった?新機体・・・の調子は?」


その声にはまだ興奮が残っているが、なんとか理性を保っているようだ。

その声とは裏腹に、グラマスは冷たい、まるで氷のような声で聞き返した。


「━━あれは、新機体の性能は100%の性能なのか?」


「え、えぇ、勿論。機体の100%、いや、120%の性能で調整していましたよ。何かご不満な点が━━」


「はぁ……本当に120%なのか?詐欺としか思えんな」


「━━なッ!」


技術者の顔が喜びの興奮ではなく、怒りの興奮へと変わっていくのが分かった。

しかし、技術者は冷静さを失うことはない。


「で、では、何が不満なのかを教えていただきたいですね……」


「いいだろう、教えてやる。コントロールマウスの伝達速度が多少遅いように感じるな。正確には、コントロールマウスに指示を出してから約0.2秒のズレが有る」


技術者は、その言葉を聞いて、(たかが0.2秒だろ……)と思う。


しかし、それがまるで糸で繋いで聞いているかのように、


「今、たかが0.2秒、って思ったろ」


と返されてしまった。

技術者の男は、バレないように歯を食いしばった。


「0.2秒。それは日常生活ではほんの少ない一瞬だが、命の危険と常に隣り合わせの状況において、時速約100kmで移動するASCOFアスコフからしたら、0.2秒あれば何mか動けるほどの時間なんだよ。その時間をロスしてるってことは、相当な死活問題だ」


グラマスはあっさりと切り捨てた。

技術者の心をボロボロになるまで言葉責めをしたため、技術者は目の端から涙が今にも零れ落ちそうであった。


「機体コンセプトは悪くなかった。見つかった問題はこれに書いてあるから、確認しておいてくれ」


とだけ言い、グラマスはその部屋から出ていった。






グラマスは自室に戻り、スポーツドリンクを飲んでいた。

いくらコンピューターとは言え、戦っていたのはあの『紅蓮の虎』である。

グラマスにも疲れというものは生じるだろう。


その時、部屋の扉がスライドしながら開いた。

そして男が入って来たのをスポーツドリンクを飲みながら確認した。

しかし、身構えることはない。

知っている人物だからだ。


グラマスはその男にスポーツドリンク片手に話しかけた。


「どうしたんだ、バンディック?」


バンディック・ギルミール。

階級は少佐で、グラマスの部屋と同じ部屋で生活をともにしているルームメイトだ。

グラマスも模擬戦のデータ収集に付き合わされていたのか、パイロットスーツを着崩している。


「聞いたぜぇ?お前、技術者にかなりの注文をしたんだって?今軍の中でウワサになってるよ」


グラマスは明らかにニヤニヤしながら話しかけている。

顔を見なくても分かることだ。


「……そうか」


グラマスは関心なさそうに答えた。

いや、本当に関心がないのだが。


そんなグラマスを見ながら、困ったようにバンディックは頭をポリポリと掻いた。


「あのなぁ。ASCOFアスコフってのは一人で作って、乗って、戦ってってやるわけじゃないんだよ。メカニック。テストパイロット。ASCOFアスコフを作る為の資金を出してくれている政府。様々な人達の努力が重なって、ようやくお前はASCOFアスコフに乗れるんだよ。だから、もっとメカニックとの交流を大事にしないと、いつかASCOFアスコフに乗ることすらできなくなるかも知れないぞ?」


「なんだ?メカニックのご機嫌取りをしろってか?ハッ、バカバカしい。そもそも人間がそんなにご機嫌取りが上手かったら、そもそも戦争なんて起きてないだろう?」


グラマスの、理にかなっているがまるで子供のような反論を聞いて更にバンディックは頭をポリポリと掻いた。


「あのなぁ、そういう問題じゃなくて━━」


”プァァァァァ”


バンディックがグラマスに更に説教臭いことを言おうとしたら、急にサイレン音が室内に鳴り響いた。


「なっ、なんだ!?」


『招集要請。招集要請。各人員は、ブリーフィングルームに集合してください』


グラマスはそのアナウンスの途中で気づいたら部屋を出ていた。

バンディックは困ったように頭を掻いた。


(あぁ、もう、何なんだよ!)

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