正しい感情

”プシュウゥゥ”


アサミは、巨大な剣と化したヒート・アサルト・ナイフの熱圧縮装置のスイッチをオフにした。ナイトモスキートの爆発を抑えるためだ。


この行為にはしっかりと狙いがある。


まず一つは、機体自体ナイトモスキートを残しておくことである。


敵のASCOFアスコフをその場に残しておくことで機体の再利用ができ、コストを掛けずに戦力が獲得できるのだ。


それに、敵のASCOFアスコフ(今回はナイトモスキートだ)の内部構造やデータ、更には型式番号まで分かる可能性があるので、その機体とまた接触した際に、弱点などが判明した状態で戦うことができる。

これだけのメリットがあるので、なるべく爆発はさせないために動くのが人間の欲と言えるだろう。



次に、今回の場合のみである、戦場の誘爆を阻止する狙いがある。


空中で爆発させればいいのではないかとも思うが、ここはあくまでも一つの国の街中。

どの家が爆発の突風にさらされるか分かったものではない。


だから、ただでさえファウルクスの機体による爆発でほぼほぼ吹き飛んでしまったこの第三地区に、これ以上の被害を出すことはできない。




そうして爆発をなんとか阻止することができたアサミは、ゆっくりと、最早ナイフではないヒート・アサシン・ナイフをナイトモスキートから抜いた。

衝撃による誘爆はないようで、少しホッとした。


そして、自分・・の戦いが終わったことを理解した。


アサミはコントロールマウスから手を離し、コックピット内でヘルメットを脱ぎ捨てた。

無重力空間であるため、ヘルメットがコックピット内でフワフワと浮かび、コックピット内で何回かバウンドしながら跳ね回っている。

そして額に浮かぶ汗を手の甲で拭った。


「はぁっ。はぁっ。はぁっ」


気づくと過呼吸気味になっていることを自分自身で理解した。

死がどんどんかけ離れていくのがなんとなく分かった。


脅威が去ったと、五感で感じたのだろう。

しかし、テイムが途中から相手をしていた敵指揮官らしき機体はどうなったのだろう。


仕方なくコントロールマウスに手を戻し、テイムのもとに向かおうとしたその時、


”ゴォォォォォ”


バーニア音が耳に飛び込んできた。

剣を構える姿勢でそのバーニア音をただ待つ。


”ゴォォォ”


ただひたすらに。


”ゴォォ”


待っている。


”ゴォ”


近づいてくるバーニア音を。




バーニア音が目の前に着地したときには、アサミもヒート・アサシン・ナイフを下ろしていた。


やはりとでも言うべきか、テイムのバーストタイガーだった。


「だ、大丈夫ですか!?」


「俺に心配事とは……あぁ、大丈夫だ。そっちも、その様子なら大丈夫そうだな」


「え、えぇ。お陰様で……でも……」


アサミは口をつぐんだ。

言っていいのか言わないべきか悩んでいるのだ。


「━━?どうした?」


テイムが気になるようなので、アサミは仕方なく言った。


「その━━勝った気がしないんです。今」


そのアサミの言葉に対してテイムは密かにため息を付いてから言った。


「当たり前だ」


「━━え?」


「当たり前だと言ったんだ。戦争して勝って喜んでるやつなんて、そこらへんの感情の無い兵器売りだけだ。だから、人間として・・・・・その感情は正しいんだ。」


テイムの声がいつも以上に優しい気がする。

それは混乱している兵士に向けてだからなのか、それとも、アサミ・・・だからなのか。

それはわからない。


バーストタイガーの手を、スノウラビットの頭の上にそっと置いた。


「パイロットとして、人間として、その感情を失わないようにしろ。その感情を大切にしろ」


「はっ、はい!」


テイムに見えていないにも関わらず、コックピット内でアサミは敬礼をしていた。


二機の歴戦のASCOFアスコフは、ナイトモスキートを運びながら<イカロス>軍事基地へと帰っていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る