叫べ

アサミは、ガレージの横に備わっている小さな扉をそっと開けた。

中では、いつもタツロウとご飯を囲んでいる食卓が見え、その机を囲む椅子にタツロウがひっそりと座っていた。


いつものタツロウ・ミナミではないことだけは伝わってきた。


「━━ただいま……」


「あぁ。話したいことが山積みだ。とりあえず、座ってくれ」


アサミは何やら不穏な空気感を肌で感じとりつつ、ゆっくりと椅子に座った。

それを確認したタツロウは話を続けた。


「俺も色々な話を聞いたし聞かれた……ピーターさんって人が言ってたんだ━━ASCOFアスコフに勝手に乗るのは国のルールに違反してるってな……でもお前は、勝手にASCOFアスコフに乗り込んだ。重罪だそうだ」


「そんなの分かってます。でも、私がやらなきゃ、今頃どうなっていたか━━」


「軍のASCOFアスコフが既に出てたそうじゃねえか」


タツロウの表情が、その言葉をキリに、より一層暗くなった。


「お前はつまり━━あれだろ?仕方なく・・・・じゃなくて、自分の意志で・・・・・・あのASCOFアスコフに乗り込んだんだろ?」


「ちっ、違━━」


タツロウの暗い表情が、段々と怒りに変わっていくのがわかった。


「俺、前にも言ったよなぁ……?ASCOFアスコフで俺の婆さんは死んだって……」


「違うの!私はただ━━!」


「お前はもう、婆さんを殺したんだ……」


「ッ━━!!」


その言葉を聞いて、怒り、悲しみ、悔しさ、色々な感情が混ざってぐちゃぐちゃになり、薄暗い心の内だけがアサミの中で水の中の絵の具のように沈んでいった。

もう、タツロウとは一緒に居れないんだと悟った。

そんな状況を作り出してしまった、自分が憎い。


「━━わかりました。ミナミさんがそう言うなら、ミナミさんの望む通りにします」


そう言うと、アサミは、椅子の横に下ろしたばかりの荷物を必死に抱え、席を立った。

その行動について、タツロウは一切言及しない。

アサミは扉の前まで歩み、タツロウの方を振り向いて一言、「今まで有難うございました」とだけ伝えた。

タツロウは未だ、口を開く様子はない。どこか、なにか言いたいのをグッと我慢しているようにも見えたのは、きっと気の所為なのだろう。


アサミは、心のなかでこの古びたジャンク屋に別れを告げ、静かに扉を開けた。


もう、普段の生活には戻れないことを、今現在、理解した。






「おっ、出て来ましたね」

扉からうつむきながら出てきたアサミの姿を、遠目から観察している者がいた。


ピーター・ウィッグネンである。


「一応、確認しておきましょうかねぇ」


そう言うと、懐からデバイスを取り出し、電話をかけた。

直ぐに電話に出たその声は、聞くだけで明らかに元気がないのが伝わってきた。


「……なんだ」


「お疲れさまでした、ミナミさん」


そう、ピーターと連絡を取っていたのはタツロウである。


「聞かなくてもわかりますが、一応、報告をお願いいたします」


「言うことは言った。これで満足か?」


「えぇ。十分です。ありがとうございます」


お互いに電話を切らず、静寂が一瞬だけこの場を包んだ。

ピーターはタツロウがまだなにか言うと思い、タツロウはまだ言いたいことがありそれを言うか言うまいか悩んでいた。

このまま静寂のままでは良くないと思い、勇気を出して聞いた。


「なぁ、何で俺にあんなこと頼んだんだ?『アサミをミナミ鉄工所から追い出せ』ってな」


「なんで、ですか。簡単な話ですよ」


「ほう……なら、言ってもらおうじゃねえか」


「アサミさんにパイロットの素質があったので、軍に引き入れるためにフリーにしたかったのです。では」


「なっ、おい!待━━!」


”ツーーー”


ピーターは電話を切った。

タツロウが言いたいことを言い終わったと思ったのか、それとも、もうこれ以上話すことは無いと判断したのか。どちらにせよ、タツロウの今更ながらの後悔は変わらない。


朝。


「クソォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」


一つの小さなジャンク屋から、途方も無い叫び声が聞こえた。

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