罠の上で踊る

アサミは一人で、昨日の戦闘で傷ついてしまった街中を闊歩していた。

すれ違っていく人々は昨日のことなど何もなかったかのように歩いている。

少し開いた道に出ると、隣に一台、車が止まった。

既にデジャブを感じる内容だった為、ここまで来るとアサミも立ち止まらざるを得なかった。


(今度はピーターさんか、テイムさんか……)


車の窓が開いていく。


「やぁ、アサミ君。意外だな。こんなところで会うなんて」


(ピーターさんの方か……)


「そうですね。どうしたんですか?」


「私、ちょうどアサミ君に用があったんです。どうです?乗っていきませんか?」


「━━どうせ私への接触が狙いだったくせに」


ピーターは軽く笑って、「えぇ、まぁ」と言った。

結局アサミはピーターの車に乗り込むことにした。

一つの「憎しみ」という気持ちを背負って。




「で?これどこに向かってるんですか?」


外の景色を見ると、先程テイムの家から帰っているときの景色に酷似━━いや、全く同じ景色だった。

この時、アサミは、ピーターの狙いを大まかに理解することができた。


「どこに向かっていると思います?」


そんな意地悪な質問をするということは、アサミにとって既に理解しているだろうことを聞いていることが分かった。


「……軍事基地ですよね?」


「えぇ。正解です」


この言葉を聞いて、アサミの堪忍袋の緒が切れてしまった。


「━━ッ!一体!何がしたいんですか!?あなたは!」


「何がしたい……ですか」


ピーターが口を開いたと同時に、赤信号によって車が停止した。


「端的に言えば━━」


ピーターは珍しくもどこか覚悟したような口調で話し始めた。その空気感と、今から何を言われるかわからない状況にアサミもつばを飲んだ。


「アサミ・イナバ。あなたには我が<イカロス>軍正式パイロットになっていただきたいのです」


「━━は?だから、今、軍事基地に……?」


「えぇ。そうです」


意味がわからない。

何故自分なのか。ピーターは何故私を選んだのか。それとも軍が私を選んだのか。そうだった場合、選んだ理由は何なのか。

それはピーターが教えてくれた。


「あなたを選んだのは私です。理由は単純明快。昨日の状況下での戦い━━正確に言えば、ロクに作られもしなかった機体プログラムであそこまでの機動力と高度な動きをしてくれたこと。それを見てあなたは我が軍に相応しい人材であると感じ、現在、このような話になっています」


「ばっ、馬鹿げてます……!こんなのッ!」


「馬鹿げてようがそれを罵られようが私は構いません。あなたを小さなジャンク屋に置いておくのはもったいなさすぎる」


「なっ━━!!」


この言葉を聞いて、一つの事実にたどり着いた。

タツロウが急にジャンク屋から私を追い出した理由。

ピーターに指示され、ああいった乱暴な言葉を言わざるを得なかった。きっとそうなんだと。

そういったこの「ピーター」という男の、何重にも重ねられた罠の上で、きっとうまいように踊らされていたのだ。

でも━━━

そんな罠に、今更歯向かいながらこの仕事を断るのは、最早負けた気さえする。


なら、いいだろう。やってやろう。


「━━分かりました」


その罠を理解した上で、あえて踊ってやる。


「パイロット、やらせていただきます」

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