警戒心を捨て去り、笑顔を見せて

そんな言葉をかけられても、ただ困惑するだけだ。

だが、その言葉はこちらのことを気にかけてくれていることは十二分に伝わってくる。


「そうだ、腹減ってないか?」


「え?ま、まぁ……」


「なら、チャーハンでも食うか?」


(チャーハン……)


チャーハン。

その言葉、その単語を聞いて頭の中に思い浮かんだのは、もちろんタツロウのことだ。

今何をしているのか。まだ私のことを待ってくれているのだろうか。それとも━━━軍に、私のせいで連れ去られてしまったのだろうか。


”ガタッ”


アサミは唐突に立ち上がり、扉の方へ突き進んだ。


するとテイムは立ち上がったアサミの腕を力強く掴み、それ以上進めないように止めた。


「待て!タツロウ・ミナミは取り調べを受けているだけだ。明日には嫌でも君と同時に釈放されているだろう。だから、今は落ち着け!」


「で、でも!━━」


その時、テイムの言葉を思い出した。


『そう警戒するな。警戒心は、時に身をも滅ぼすことになるぞ』


まさか、この状況までも見越して先の台詞を言ってくれたのだろうか。警戒心を無くすこと。つまり、冷静になれってことなのだろう。

その答えに行き着いた時には、アサミは自然と口を開き、言葉を発していた。


「チ、チャーハン……食べます……」


アサミの心情をテイムが理解したのか、素直に分かった、と言って冷凍のチャーハンを小さな冷蔵庫から二袋取り出した。




アサミの目の前に置かれたのは、少し大きな器に入ったチャーハンだった。

冷凍のチャーハンであるため、いつもタツロウの作ってくれるチャーハンよりも圧倒的に具が少ないように感じるが、まぁ、多分気のせいだろう。


「い、いただきます……」


アサミは手を合わせ、スプーンで目の前のチャーハンを一口、口の中に運んだ。


「……美味しくない……」


「そうか……なら、皿、下げようか?」


すると、アサミは少し微笑んで言った。


「ううん、大丈夫。この味がいい」


「?そうか……なら、いいんだが」


その後、アサミとテイムは、無言の時間が多かったのだが、所々会話もはさみながら、目の前のチャーハンを全て食べ終えたのであった。






翌朝。

ムーブ・パレス内に創造された人工太陽が、兵舎をキラキラと照らしていた。

その時、アサミはテイムの運転する車に乗っていた。


『さっき、ピーター兵器長から連絡があった。君は完全に釈放された。タツロウ・ミナミが既に家に帰って待っている。今から家まで送るから、支度を済ませておいてくれ』


この言葉を聞いたアサミはものの数分で支度を済ませ、今現在、テイムの黒い車で送迎してもらっているところだ。

アサミは窓の外を眺めた。知っている景色になってきた。ムーブパレスが半径20✕20のドーム形状と知った時はこんなに広い宇宙にいるのにこんなに狭い、宇宙をたださまよっているドームで日々を過ごしていると考え、この世界が少し嫌になったこともあった。でも、車に乗っていて、自分の知っている景色・・・・・・・になってきたことが、なんだか嬉しく感じる。


車が停まると同時に、テイムは後ろの席を振り向いて、「着いたぞ」とだけ言った。

アサミが車から降りると、そこは確かに「ミナミ鉄工所」であった。

そして車から降りた時、もう一つ視界に飛び込んだ景色があった。

アサミは地面を観察した。


「これ……ASCOFスノウラビットが地面を踏みしめた跡だ……」


地面には、角張った、巨大な足跡が、ミナミ鉄工所から道路の奥まで一直線に続いていた。

しかし、それもまた過ぎたこと。

アサミは車の方を振り返ると、「ありがとうございました」と言って頭を下げた。


「そんなことはない。俺はただ、軍の指示に従って君と行動をともにしていただけだ。遠慮はいらない」


その言葉を聞いたアサミはどこかホッとした顔をし、


「後!」


と言葉を続けた。


「?なんだ」


「『君』、じゃなくて、私の名前は『アサミ』ですから!」


「なッ━━!!」


「それでは!」


アサミは言い終わると、やけに笑顔になったのがテイムにも伝わるほどだった。

その時、テイムはなにか違和感を感じた。

アサミのその無邪気な笑顔を見て、自分の頭の中の映像と、どこか重なった気がした。


「俺……どこかで……アサミ・イナバに会ってる……」


アサミのその無邪気な笑顔は、頭の中で無邪気に笑っている、誰かもわからない一人の女の子と重なった気がした。

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