取り引き

「ここで、ASCOFアスコフを製造して頂きたいのですが……」


ピーター・・・・・・ウィッグネン・・・・・・と名乗る、スーツ姿の男は言う。

そのスーツ姿の男は、その金髪は綺麗に整えられており、黒いスーツもシワひとつ見当たらない。

しかし、そんな男が日本人の店に一体なんの用なのか。

アサミは返答出来ずにいると、ピーターは口を開いた。


「おっと、ASCOFアスコフをまずご存知無かったかな?」


「い、いえ……!話には聞いたことがあります……」見たことは無いですが、とアサミはボソリと呟く。


確かに、聞いたことはある。


ASCOFアスコフ


色々な国が秘密裏に作っているとされる、宇宙獣スペースビーストを様々な用途で使用した、特殊人型起動兵器。それこそがASCOFアスコフだと。ただ、あくまでも噂でしかない。誰も実在している所を見たことが無いし、大型の兵器を常に隠し通せることができるとも思えない。

ただ、彼は曇りのない真っ直ぐな瞳でこちらを見つめながら作ってくれと頼んでいる。

政府の人間なのか?いや、ありえない。政府の人間なら、(少なくとも〈イカロス〉では)こんなトラックなんぞには乗らずに、少しでも見栄を張るために大きめのリムジンにでも乗ってくるものだろう。だとすると、軍の人間だろうか……?

そんな長考をしていたものだから、ピーターが話しかけてきた。きっと悩んでいると思われたのだろう。


「大丈夫です。ご安心下さい。心配しなくとも、高額な値を出すとお約束しますので」


「━━高額って、いくら……?」


「まぁ、そうですねぇ……」と、ピーターはわざとらしく指で計算を始める。


「国家機密ですし、口止め料も合わせて、ざっと3万ドルでどうできょうか?あぁ、勿論前払いで、です」


三万ドルという言葉を聞いて、少し目眩がした。

ありえない額だ。日本円に換算して、ざっと300万円だ。

ひとつの仕事でそれだけ払えるのであれば、国が絡んでいることは間違いない。その提案にさらに追い討ちをかけようと、先程降りたトラックの助手席から大きめのキャリーケースを取り出し、それを開いて見せた。


中には本物の3万ドルが、まるで光っているようにギッシリと詰まっている。ここからでも感じる重みが、こちらにも伝わってくる。


間違いない。

彼は本気だ。


「すでにこちらで3万ドルを用意しており、いつでも貴方に渡せる状態です」


アサミはゴクリと唾を飲み込んだ。

というより、ここまでの待遇をされて、「すいません無理です」とは言えないだろう。


アサミは引き取ることを決意した。


「━━━分かりました。その3万ドル、受け取らせて頂きます」


言葉の意味をはっきりと理解したピーターは、顔を明るくした。


「おおっ、ありがとうございます……!」


ピーターの満面の笑みを見るや否や、アサミは作業服の内ポケットからタブレットを取り出し、言う。


「それで?いつになさいます、ご予約?」


アサミは持っているタブレットを軽くトントンと叩いた。

契約の関係上、今上の立場にいるのはどちらかと言えばアサミだ。

なにより、ピーターは相手の気分を害することは言わない。

そこでピーターはアサミの言葉を受け止めた上で、こちらの用意していた手札を公開する。


「あぁ、そうですね。では、『今日』でお願いします。その為に持って来ました・・・・・・・から・・


「……え?」


言葉の意味が理解出来なかった。

いや、正確に言えば言葉の意味を理解し難い、ということだ。


「……持ってきたって、一体……」


するとピーターは、何処から取り出したのか、手に持っているリモコンをノールックでトラックの荷台に向け、スイッチを押した。


”‬ウィィィィン”‬


トラックの荷台が開き、真っ白なバラバラな状態のASCOFアスコフが姿を見せる。

既に腕や頭のパーツは組み上がっており、後は四肢を接続するだけの状態だ。

アサミはその大きさに呆気に取られていたが、そのバカでかいトラックの意味を今、理解した。


「明日またここに取りに来ますので。それまでに組み上げておいて下さい。それでは」


そう言うと、3万ドルの入ったキャリーケースをアサミにそっと預けると、そのままトラックに乗り込もうとする。

それを止めるようにアサミは大きな声を発した。


「ま、待って……!!」


「━━まだ私に何か用が?」


そう、これだけは、どうしても意味が分からず、ずっと言えなかった事。


「なんで、『ウチ』なんですか!?なんで、『ウチ』に頼みに来たんですか!?」


ピーターは珍しい物を見るようにしてアサミを眺めた後、我に返ってこう返した。


「あぁ、なんでって……そりゃ、あなたの店がASCOFアスコフを作っていると大きなウワサになるほど、有名でも、大きな店でも無いからです」


そう言うと、ピーターはトラックに乗り込み、そのまま走り去って行ってしまった。

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