第74話


 外は寒く、冷たい空気を吸い込むと独特な匂いがした。


 カフェを出てからアパートに帰る為に何気なく歩いていた私だったが、ふと何か嫌な予感がした。


 そして、辺りを見回すと、私は冬馬さんの事故現場の交差点を歩いている事に気が付いた。


 ハッとした。すっかり大丈夫になっていた心がここを通った事で一気にあの時の感情に引き戻された。


 私は足がすくみ、その場から動けなくなってしまった。


 来る時は通らなかったのになんで通っちゃったんだろう、そう思った時にはもう遅かった。


 ダメだ‥‥今まで無意識に避けていたのに‥‥。ただ通るだけ‥‥足を前に出せばいいだけ。そうは思っても力が入らない。


 どうしよう‥‥。


 そうこうしている間に信号が変わってしまった。交差点の真ん中に突っ立ったままの私はどこにも行けずクラクションを鳴らされる始末。やだ。怖い‥‥誰か助けて。


 そして嫌な予感は的中した。


 私の事を避けようとした車が後ろから来ていた車に気付かず大きな音と共に衝突した。そのはずみで車が私の方に飛んできた。


 まるでスローモーションのようで、飛んできている車に乗っている人と目が合った。


 その人の表情は笑っているように見えたが、今思えば顔が引き攣っていたんだと思う。


 車が一番近くに接近した時、体に強い衝撃と、自分ではとても抵抗出来ないほどの圧力が全身にかかり、その瞬間気を失った。


 

 目を覚ますとそこは真っ白で何もない。


 ここ前に夢で見た。これも夢なのか?


 私は辺りを見回すとやはり冬馬さんと赤ちゃんの姿があった。


 しかし、前と違うのは近づけたという事。


「冬馬さん何してるの?」


「ももこそこんな所にいたらダメだよ」


「なんで?」


「教えてあげたのに」


「何を?」


「分からないんだね」


「分からないよ」


「ももには幸せになってもらいたいから」


「そんな事言われても‥‥」


「俺じゃない他の誰かでもいい、ももが笑っていられればそれで」


「もう心から笑えないよ」


「ももが俺の事を思い出してくれるのは嬉しい。でもその度に辛い思いもすると思う。ももにとって俺との思い出が苦しくて辛いものになるのは嫌だよ」


「仕方ないじゃん‥‥急に死んじゃうんだもん」


「泣かないで。ここで泣いても涙は出ないよ。俺に魔法が使えたら記憶を消してあげられるのに」


「そんな事する必要ないよ。冬馬さんとの日々は私にとって大事な思い出だし私は酷い事しちゃったけど、それでも無かったことになんて出来ないよ」


「俺が生まれてきた意味が少しはあるのかな」


「当たり前じゃん」


「じゃあ尚更ももはここにいるべきじゃないよ。ももが幸せになってくれる事が俺の生きた意味なんだから」


「でもどうやって帰ればいいのか分からないよ」


「ももの意志次第だよ。生きたいって強く願うんだよ」


「わかった‥‥。それと冬馬さんその子は誰?」


「この子は俺の子だよ」


「それって私が産むはずだった子‥‥?」


「さぁ、どうだろう。じゃあそろそろ俺はこの子と行くよ」


 そう言って冬馬さんは赤ちゃんを抱き上げた。


「行くってどこに?」


「知らなくていい。でも最後に一言言わせて」


「なに?」


「俺の事沢山思ってくれてありがとう」


「‥‥冬馬さん?」


 そして二人の姿は消えていった。


「置いて行かないでよ!冬馬さん!」


 呼んでも返事はない。


 あぁ‥‥やっぱり一人になっちゃった。


 私はどこに行けばいいのかも分からずひたすら歩いた。


 そして、冬馬さんの顔は冬馬さんのようで冬馬さんじゃなかったような気もしてきた。


 これが夢ならいつかは覚めるのかな。

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