第73話


 家の中を見ながらご飯を待っていると、いい匂いがしてきた。


「出来たよ〜」


 柊生はそう言うとご飯をテーブルに並べた。


「出来るの早いね」


「出際良くなったでしょ?」


 嬉しそうに柊生は用意をしてくれた。


「美味しそう‥‥」


 柊生が作ってくれたのはパスタだった。


「茹でて絡めるだけだけどね」


「ううん、食べよ!」


 私と柊生は向かい合って座り食べ始めた。


 私は空腹と今までの色んな感情が入り混じって目頭が熱くなった。


「ももちゃん‥‥?不味かった?」


 不安そうに私の顔を覗き込む柊生。


「‥‥ゔゔん、違うの‥‥美味しくて‥‥私‥‥心があったかいよ」


「もぅ、鼻水出てるよ」


 柊生はそう言って私の涙と鼻水を拭ってくれた。


「これからは俺がももちゃんをちゃんと守るから、泣かせたりしないから、安心して」


「ありがとう‥‥」


 柊生は本当に頼もしくなった。守るのは私の方だとずっと思っていたのに‥‥。


 私はお腹も満たされ、少し落ち着いた。


「片付けとくからももちゃん先お風呂入っていいよ」


「うん、じゃあそうするね」


「あっ、薬忘れず飲んでね」


「そうだった、わかった」


 病院から処方された薬を飲み、お風呂に入る。


 熱いシャワーを浴びながら酸素を全身に行き渡らせる。


 色々な思いを馳せながらこの不慣れな日々を楽しもう。そう素直に思えた。




 こうして私と柊生の新しい生活が始まった。



 母は私の事をそっとしておいてくれている。冬馬さんのお母さんとは私が最後にメールを送ってから返事がないままだ。


 柊生が仕事に出ている日中は家の事をしたり忙しい柊生の代わりにご飯は私が作るようになった。しかし、いつまでも家に閉じこもっているわけにも行かないし、柊生だけに負担をかけるわけにいかない。私もそろそろ仕事を探さないと。


 朝柊生の弁当を作って見送った後、久しぶりにゆいからメールが届いていた。


 そして、昼から久しぶりに会う事になった。


 ゆいとは結婚式をドタキャンして以来会っていない。


 柊生と生活を始めて数週間、まともに化粧をするのも久しぶりだ。いつも出掛けるといってもスーパーぐらいだったから。


 私は久しぶりにおしゃれをして家を出た。


 街はすっかりクリスマス仕様になっていた。柊生のクリスマスプレゼントでも選んで帰ろうかな、なんて考えていた。


 ゆいと待ち合わせをしているカフェに着くと、すでにゆいは来ていた。


 店内から手を振るゆい。


「おーい」


 私はゆいのところまで早足で向かった。


「久しぶり」


「本当久しぶり過ぎるわ」


「ゆい変わってないね」


「そんな何十年も会ってないわけじゃないんだからそんな変わらないでしょ」


「ははっ、それもそうだね」


「とりあえず座ったら?」


「うん」


 私たちはお互いの近況など話題が尽きなかった。でも冬馬さんの事だけは言えずにいた。


 ゆいはたいちと大学で離れたけど今でも仲良くやっているらしい。


「ゆいはすごいね」


「何が?」


「ずっとたいち一筋だし、上手くいってて羨ましいよ」


「別にすごくなんてないよ。それに私に悩みなんかないとでも思ってる?」


「あるの?悩み」


「そうだな〜。この時期になると何か大事な事を忘れてる気がするんだよね」


「大事な事?」


「でも思い出そうとすると胸がこう、ぎゅーって苦しくなるの」


「辛い記憶なのかな」


「そうだと思う、だから思い出して辛くなるぐらいならいっその事このまま思い出せないままでいいやって思ったよ!」


「そうなんだ。いっつも明るくて悩みなんてなさそうに見えるけど色々あるんだね」


「そりゃ私にだってあるさ」


「ごめん、ごめん」


「それで、ももはどうなの?」


「うん。今は落ち着いてるよ、柊生とも上手くいってるし、何より私の事すっごく愛してくれてるからさ」


「ふ〜ん。幸せなんだ」


「幸せ‥‥かもね!」


「ももは私が経験した事のないような壮絶な人生送る気がする」


「なに、怖い事言わないでよ!」


「うそうそ!冗談だよ!今がいいならそれでいいじゃんね!」


 結構話し込んでしまい帰る頃にはすっかり暗くなっていた。


「じゃあ気をつけて帰るんだよ!」


「ゆいもね!」


 私たちは店の前で解散した。


 久しぶりに外に出てゆいとも話せて少し心が軽くなった気がした。

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