第69話


 プルルルル‥‥。


「もしもし、ももちゃん?」


「柊生、今日何してる」


「今日は用事があって少しバタバタしてるよ。どうしたの?何かあった?」


「ううん。少し‥‥会いたいなって」


「すぐ行くよ!今どこ?」


「今、病院なの」


「検診行ってるの?」


「違う‥‥実は入院してるの」


「えっ?入院?なんで?」


「昨日の夜中切迫流産で出血しちゃって」


「マジ?大丈夫なの?」


「うん。出血も止まってるし大丈夫らしい。ただ絶対安静なんだって、だから今動けないの」


「分かった、じゃあ病院行くよ!何号室?」


「509号室だよ」


「すぐ行くから!」


「うん、待ってるね」


 本当は会いたいわけじゃない、でも柊生には悪いけど気を紛らすには丁度いいと思ったのだ。


 電話を切って三十分ほどだった頃、少し息を切らしながら柊生がやってきた。


「ももちゃん、心配したよ」


 そう言いながらベットの横の椅子に腰掛ける柊生。


「急に電話してごめんね」


「そんな事いいんだよ。それより大丈夫?痛くない?」


 柊生が心配してくれている。優しい。


「うん、少し体がだるいくらいかな」


「よかった。でも会いたいって言ってくれて嬉しかったよ」


「実は柊生に話しておかないといけない事があるの」


「ん?なに?」


「私ね‥‥子供は産まない」


 私がそう言うとさっきまで笑顔だった柊生の顔は一瞬で真顔になった。


「‥‥そっか」


「がっかりした?」


「ううん。ももちゃんが決めた事だもん、俺に意見する権利ないし」


 権利がない、そう言われるとなんだか突き放されている気分になるのは私だけかな。


「‥‥それと実は私今実家じゃなくて冬馬さんの家にいるの」


「いるってどうゆう事?」


「冬馬さんが事故した日から実家には帰ってないの」


「ごめん、ちょっと俺の理解力がないせいか意味がわからない」


「子供を諦めるって冬馬さんに一応言っておかないとって思って実家に帰る前に冬馬さんのアパートに行ったの。そしたら冬馬さんが事故にあったって電話があって」


 柊生の表情が明らかに曇っている。


「一応か‥‥。それってももちゃん少し期待してたって事?」


「期待?何を?」


「きっと店長はまだももちゃんの事好きだったと思うし、より戻そうって言われるの期待してたんじゃないの」


 私は柊生がまさかそんな事言ってくるとは思わず驚いた。


「何言ってんの?そんな期待してたわけないじゃん。なんでそんな事言うの?」


「ももちゃんと付き合えて俺は幸せだけどももちゃんはどうなの?正直俺って都合いいように思われてるだけなんじゃ‥‥」


「ちょっと待って、なんでそうなるの?」


「俺ずっと不安だったのかも。ももちゃんは俺に同情して仕方なく一緒にいてくれてるんだとか、優しいから本当の気持ち言えないのかなとか。悪い方にばっか考えちゃって」


 柊生がそんな事考えていたなんて全然気が付かなかった。


「不安にさせてたなら謝るよ。でも冬馬さんに会いに行ったのは本当にケジメとして、ちゃんと報告したかっただけで‥‥」


「じゃあうちに帰っておいでよ。もうあの家にいたって意味ないんだから」


「‥‥意味ない?」


「本人が居ないんじゃ話も出来ないじゃん」


「本当‥‥柊生どうしちゃったの。前までそんな冷たい事言う人だったっけ」


「俺は前から変わらないよ。ずっとももちゃんだけが好きで、ももちゃんさえ居てくれればそれでいいからね」


「私の‥‥私の気持ちはどうなるの‥‥」


「ももちゃんは優しいからね。辛い気持ち分かるよ。結婚までする予定の人だったもんね」


「じゃあどうしてそんな酷い事言えるの」


「ももちゃんが悲しんでるの見てられないよ。いつまであの家にいるつもりか知らないけど精神的に良くないよ」


「そんなの分かってるよ。でも気持ちの整理がつかないの」


「ねぇ、ももちゃん本当に俺の事好き?」


「‥‥好きだよ」


「じゃあ俺の気持ちも少しは考えてよ」


 柊生はそう言うと少し寂しそうな表情を浮かべながら病室を出て行った。


 はぁ‥‥こんな喧嘩するつもりじゃなかったのに‥‥。なんで分かってくれないんだろう、そう思いモヤモヤだけが残った。


 そして私はその日のうちに先生に子供を諦める旨を伝えた。

 

 本当は父親の同意書がいるらしいが、事情を話して書かなくても済むようにしてくれた。


 あの日、あのまま冬馬さんと結婚していたら冬馬さんは死なずに済んだのかな‥‥。今頃幸せな家庭を築いてた?私が選択を間違った?


 もう自分の気持ちさえ分からなくなっていた。

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