第70話


 それから柊生とは連絡を取らないまま私は退院した。もちろん冬馬さんのアパートに戻った。


 冬馬さんのお母さんは気が済むまで居て良いと言っていたが、それでもいつかは出ていかないといけない。私は手術の日を境にこのアパートを出て行く事にした。


 それまでの間冬馬さんを思い出しながらお別れをしようと思う。


 葬式の日から数日経ってもまだ、ふとした時に自分の意志とは別に涙が溢れてくる。


 そろそろ涙も枯れそうだ。


 それに冬馬さんはきっとこんな姿見て笑っているはず。前に進まないと。


 ハロウィンも過ぎ、次はクリスマスが迫っていた。私が泣いている間も時間は過ぎていくし世間は勝手に浮かれている。


 柊生の気持ちか‥‥。


 言われてみると考えた事もなかった。

 当たり前にいて、当たり前に私の事が好きで、当たり前に離れていかないと思っていた。でも、今ではそんな柊生からも呆れられ始めている、愚かな女だ。


 柊生は私の事が嫌いになってしまったのかな。そう思うと急に寂しくなり気付けば電話をかけていた。


 しかし、出てはくれない。


 結局柊生がかけ直してくる事もなく数日が経過した。


 手術日前日になり、不安と心細さからダメ元で柊生にメールを送ってみる事にした。


「明日お腹の子とお別れするの。もし柊生がまだ私の事想ってくれてるなら一緒にいて欲しい」


 すると、返信がきた。


「俺がそこに行ってもいいの」


「うん」


「わかった」


 柊生に住所を送り、待っているとインターフォンが鳴った。


 ゆっくり玄関に向い、ドアを開ける。

 そこには心なしか痩せた柊生の姿が。


「柊生‥‥」


「寒い。入るよ」


 柊生が来た頃には日もすっかり暮れていて冷え込んでいた。


「うん‥‥」


 柊生が冬馬さんの家にいる。なんか変な感じだ。


「適当に座って」


 私がそう言うと柊生はソファに腰掛けた。


 柊生はずっと真顔のままで気まずい空気が流れていた。


 私は柊生の隣に座った。


「この前はごめんね。私柊生の気持ち考えてなかった」


「うん」


「柊生に言われて考えてみたの。柊生はいつだって私の事一番に考えてくれてたのに、私は自分の事しか考えてなかった」


「‥‥うん」


「明日手術が終わったら柊生の家に帰るよ」


「本当?」


 虚だった柊生の目が少し見開いた。


「うん。だから明日を境に前に進むよ。柊生の事を真剣に考える」


「ももちゃん‥‥。ありがとう」


 柊生はそう言って私を抱き寄せた。


「ありがとうはこっちのセリフだよ。本当はここにくるのも勇気いったでしょ?」


「俺はももちゃんが俺だけを見てくれるならなんでも構わないよ」


「柊生、好きだよ」


「俺もだよ」


 私たちは久しぶりにキスをした。


 その時私のお腹が大きな音を立てて鳴った。


「ももちゃんお腹空いてるの?」


「絶食だから夜ご飯食べてないんだ」


「それは辛いね。明日何か美味しい物食べよう」


 柊生にいつもの笑顔が戻った。

 そう、私はこの屈託のない笑顔が好きなんだ。


 その夜私たちは手を繋いで寝た。


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