第68話


 朝の七時、助産師さんが体温を測りにきた事で目を覚ました。


 その後すぐに先生もやってきた。


「気分はどうですか?」


「大丈夫です」


「そうですか。一先ず、切迫流産の為入院してもらう事になります」


「どのくらい入院するんですか」


「体調次第ではすぐ退院できますが、それでも一ヶ月ほどは自宅で絶対安静ですよ」


「わかりました」


「今は赤ちゃんの心拍も安定していますし、安心して下さいね」


「はい‥‥」


 先生と助産師さんが部屋から出て行ったすぐ後には母が着替えを持ってやってきた。


「あれから少しは寝れたの?」


「うん、なんとか」


「そお。どこも痛くないわよね?」


「うん大丈夫」


「先生から話は聞いたと思うけど絶対安静だからね」


「分かってるよ」


「冬馬くんの事で辛いだろうけど、今はあんた一人の体じゃないんだから」


 辛いのは母も同じだと思う。母は冬馬さんの事気に入ってたし私たちがよりを戻す事を望んでいたから。


「ところでさ、私は産まないよ」


「えっ、何言って‥‥」


「前話した時諦めるって言ったじゃん」


「そうだったわね‥‥」


「だから正直今もなんの為に入院してるんだろうって思ってるよ」


「でも本当にそう思ってるならなんで昨日お母さんに電話してきたの?」


「それは出血して驚いたしふらふらなってたからやばいって思って」


「確かに今となっては父親の冬馬くんはいないし、その柊生って子ともこの先どうなるか分からない。でも本能的に助けないとって感じたはずよ」


「違うよ。私はお腹の子より自分の心配をしたんだよ」


「そうなの‥‥。とりあえずこの話はまた落ち着いてからにしましょう。お父さん心配してたから帰ってあんたの様子伝えないと」


 母はそう言うとあまり長居をせず帰って行った。


 結局母は私にどうして欲しいのか分からなかった。

 

 冬馬さんのアパートに帰りたい。そんな事を考えているとスマホにメールが届いた。


 冬馬さんのお母さんからだ。


 私は今入院している事、冬馬さんのアパートに帰って過ごしたい事を伝えた。


 冬馬さんのお母さんは今の段階ではアパートを引き払うつもりはなく、気が済むまでいてくれていいと言ってくれた。


 あぁ、点滴をしている場所が痒い。


 絶対安静‥‥する事もないし起きて歩くのも禁止されている為退屈だ。


 本当は何も考えなくて済む事をしたいのにそれさえ許されないなんて最悪だ。


 冬馬さんの冷え切った顔を触った時の感覚が未だに手に残っている。


 もう嫌だ。何もしたくない。何も考えたくない。窓の外を見るだけで、周りの話し声や雑音、時々様子を見にくる助産師さんや先生、食事を運んでくれる配膳の人、全ての人や環境に自分だけが置いていかれているような気分になる。


 冬馬さんが居なくなってこんなにも絶望するとは思わなかった。


 でも前に進まないとって思う自分がいるのも確かだ。母でさえ鬱陶しく感じるのに柊生とこれからやっていけるのか?いや、状況が変わった事で、私の気持ちも少しずつ変わりつつある。


 とことん都合の良い女だと思う。


 実際には今切迫流産で入院しているとは言え、私には心配してくれる両親も、柊生もいる。何が不満で何が絶望なのか。既に別れている元彼が死んだだけ‥‥。しかし、一番重要なのはそれが子供の父親だと言う事実だ、少なくとも私の中では冬馬さんが父親だと思っているから。



 〝今も過ぎれば過去になる〟



 いつもそう思って嫌な事や辛い事があっても乗り越えてきた。きっと‥‥いや、必ず未来の私は今の事を思い返して心を痛めるだろう。それだけ今の私は辛いのだ。


 ひたすら時間が過ぎるのを待つ事も、考え過ぎる癖がある私には拷問に近い。


 こうゆう時、居ても立っても居られない時にする事がある。それは、したくない事をあえてするのだ。


 そして、私は電話をかけた。

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