098:勇者は逃走する⑧ ~追放サイド~
凶悪な花弁のように開いたサンドワームの口の先から、一筋の唾液が滴り落ちた。
悪臭を放つその唾液はクリムの頭上にこぼれ、ねっとりと顔を撫でて落ちた。
「…………え?」
クリムは衰弱し混乱していたが、その相手を察する程度の思考は残っていた。
「あっ……………………」
顔を上げれば、そこには巨大な牙を無数に並べた闇よりも暗い地獄の大穴がクリムを覗き込んでいた。
終わった。
もう逃げられない。
いや、俺が死ぬはずがない。
俺は勇者だ。
相反する2つの思考が脳内でグルグルとループし続け、クリムの身体は石にでもなったかのように動かなかった。
どうしようもない死に直面し、最後の力を振り絞るかのように思考は加速していく。
だがその思考もループするばかりで解決には向かいそうもない。
どうして良いのか分からない。
どうすれべ助かるのか、その答えが見つからないから動けない。
どうしようもない現状に対してクリムが出来たのは、目を瞑ってただ祈ることだけだった。
神よ、俺さまを助けろ!!
俺さまを選んだんだろう!?!?!?
その時、ボコンとクリムの足元の地面が抜けた。
「う、うおおおおおおおおおおおおおお!?」
また流砂かと思ったが、様子が違う。
足元にあったのは綺麗な空洞だった。
「こ、これはああああああ!?!? キキーかあああああああ!?!?」
砂の中に張り巡らされたツタがギリギリ人間一人分というくらいの小さな空洞を作っていた。
空洞は長くの先まで続いている。
そんなことができる人物をクリムはキキーしか知らない。
空洞の奥からツタが触手のように伸びてきて、クリムの髪に絡みついた。
木で作られた空洞の中を強烈な力で引っ張られ、決して滑らかではない壁をこするように進む。
「いだだだだだだだだだだだだだだだだだだああああああああああ!?!?!?」
ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ…………スポーーーン!!
激痛で意識が飛びそうになる中、気が付けばクリムは空に飛び出していた。
大きすぎる太陽に照らされた荒野の乾いた空だ。
クリムの涙とお漏らしが飛び散ってキラキラと日差しを反射した。
「ぎゃああああああああああああ!?!?」
その日差しが眩しすぎてクリムは悲鳴を上げた。
目が焼けるかと思った。
そして悲鳴と同時に肺を満たした新鮮な外の空気がクリムの思考をいっきにクリアにしてくれた。
ドスン!!
そのままツタに引っ張られ、クリムが頭から着地したのは荷馬車の中だった。
置いてあった荷物がクッションになってくれたおかげで無事だったが、当たり所がわるければ首の骨が折れていてもおかしくない衝撃である。
「なんとか間に合ったみたいね」
荷物に埋もれるクリムにそんな声をかけたのはやはりキキーだった。
「キ、キキーか……。生きて、る……俺は助かった……のか……?」
唐突過ぎて現状が理解できない。
だがそれだけは分かった。
ダンジョンの外に出られたのだ。
「クリムさま!!」
「無事だったのね」
そんなクリムのもとに、オリバとアイリがやってくる。
先に救助されていたのだ。
「お前たちも無事だったのか……」
2人ともボロボロだが奇跡的に大きなケガはないようだ。
「それで、他のサブパーティの人たちはどうなったの? クリムの側にも他に魔力反応があった気がする……」
キキーは共に撤退した他のメンバーを先に帰還させ、自分だけ救助のために残った。
外にいたからと言って安全であるという保証はない。
それでも共に戦ってきた仲間を見捨てる選択は、キキーにはできなかった。
そしてずっと共に戦ってきたからこそ、勇者パーティのメンバーは素早く探知ができた。
その魔力をハッキリと覚えていたからだ。
だがサブパーティの魔力までは把握できていなかった。
ダンジョンに満ちる魔力に妨害され、見つけ出せなかったのだ。
「……サブパーティは全滅だ。最後まで一緒に戦ったが、あの化け物にやられた。俺もやられる所だった」
「そう……わかった」
それだけ言ってキキーはクリムからゴミを見下ろすような冷たい視線を外した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます