097:勇者は逃走する⑦ ~追放サイド~


「ハァ……ハァ……ッ!!」


 エイサの魔法剣が消えたのを確認して、クリムも魔法剣を消した。

 魔法剣の輝きが消え、松明の明かりだけが空洞の中に残る。


「フゥーーー……」


 クリムは投げ捨てられた松明を拾い直し、息を整えた。


 まだエイサの息はあったが致命傷なのは間違いない。


「死にかけだが、少しくらいは囮になるだろう……」


 人間の体内には常に魔力が渦巻いている。

 魔法剣を使うときにはその力が活性化されるだけであり、使わなくても魔力自体は存在しているのだ。


 魔力を全く持っていないのは落選者と呼ばれる落ちこぼれ達くらいのものだろう。


「お前のせいで余計な魔力を使ってしまったじゃねぇかよ」


 これではいつサンドワームが襲ってきてもおかしくない。

 クリムは力なく投げ出されたエイサの足を引き、大穴に向かった。


 ズル、ズル、ズル…………。


「同期って言ってたか? だったら最後まで2人で仲良く消えると良い!」


 ミクールを蹴落とした暗闇へとエイサを投げ捨てた。


「あばよ、ザコども。お前らの犠牲は無駄にはしねぇよ(笑)」


 クリムの喉から出たのは乾いた笑いだった。

 空になったその手には、モンスターとは違う生々しい肉の感触がまだ残っている。


 直接、人を手にかけたのは随分と久しぶりだった。

 思い出したくもないその時の記憶が、その時の感情がフラッシュバックする。


 殺し屋を使ったわけでもなく、魔法剣の炎でもなく、自分自身の手で刃を突き立てた感覚は記憶の奥深くまで鮮烈に刻まれていた。


「俺さまは正しい……間違えることなんてない! 俺こそが選ばれた勇者なんだから……!! ハハッ!! ハハハハッ!!!! ハハハハハハハハッッ!!!!!!!!」


 このダンジョンに来てから危機的状況だらけだったが、こうして生き延びている。

 それが全ての証明だ。


 やはり、俺は選ばれている。

 神に愛されているに違いない。


「俺は生きて帰るぞ……そして戦力の集め直しだ……」


 俺さまがいる限り勇者パーティは不滅なんだ。

 パーティメンバーなんてしょせんは取り換え可能なパーツにすぎない。


「次はもっと良い人材を探そう……俺さまの足を引っ張らないような……」


 クリムはブツブツと呟きながら、フラフラとした足取りで空洞に戻っていった。


 時間が経ち、松明の明かりは弱くなってきていた。


「ヤツらの所持品くらいは漁って置けば良かったか……」


 クリムはそう後悔したが、今更どうにもできなかった。


 松明の明かりに照らされる範囲がだんだんと小さくなっていく。


 暗闇に近い世界をクリムはあてもなく彷徨うように歩いた。


 もう効率的な行動を思考する元気もなくなっていた。

 意識も朦朧としはじめ、周囲への注意も散漫になる。


 ただひたすらな生への執着心だけがクリムの身体を動かしていた。


「…………あ?」


 空洞の先は行き止まりだった。

 途中で天井が崩落したらしく、道が砂で埋まってしまっている。


 砂をかき分けて見るが、更に天井から砂がこぼれてくるだけだった。


「なんだよ、ここは……どこだ? なぜ俺はこんな苦しい思いをしているんだ? 意味が分らない」


 クリムの脳は辛い現実からの逃避すら始めていた。

 何かを思考する事すら苦痛だった。


 故に、その背後に迫っているサンドワームの姿に気づく事もない。

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