096:勇者は逃走する⑥ ~追放サイド~
「俺に逆らうのならココで死ねッ!!」
「ここで死ぬのはアナタです……!!」
火と風は互いに強化しあう相乗効果を持つ。
有利や不利はなく、だからこそ純粋な力くらべになった。
なのにクリムは押し切れない。
ほとんど不意打ちに近い形で先手を打ったクリムが体勢では優勢だったが、スキルの威力ではエイサが上回っていた。
クリムは表情を歪めて奥歯を鳴らした。
(クソッタレ! サブのくせしてやりやがる……!! 脇役のクセに!! 引き立て役のクセに!!)
風の魔法剣の使い手、エイサ。
サブパーティの中で最も優秀な冒険者だ。
仲間にするには頼もしいが、敵に回すと厄介だった。
失態を知られてしまったのなら、俺の邪魔をするのなら生きて帰すわけにはいかない。
絶対にココで死んでもらう必要がある。
そう思っても、クリムは劣勢だった。
このまま正面から打ち合っても勝てないだろう。
自分が万全の状態ではないからだと内心で言い訳をしつつ、だったらどうするべきかとクリムは思考した。
エイサは攻守ともにレベルが高い。
攻めにも守りにも隙が無いのだ。
そもそも風の魔法剣はバランス型などと言われるくらいに多芸である事が多い。
攻撃力が物を言う対モンスター戦では火の魔法剣が最強だが、対人戦においては風の魔法剣が上回っていた。
脆弱な人間を殺すのに火の魔法剣はオーバーキルになるだけだ。
その点、風の魔法剣は人を殺すには充分な威力を持ちながらも小回りが効く。
キンキンキンキン!!
魔法剣を打ち合うにつれ、クリムの劣勢は明確になっていく。
エイサの攻撃は一撃で仕留めるような強烈な攻撃ではないが、ジワジワと、だが確実にダメージを重ねていく。
肩、脚、腕……一方的にクリムにだけ切り傷が増えていく。
(マズい……!! こいつ、スキルだけじゃねぇ!! 剣技までしっかり鍛えてやがる!! 真面目かよ……!!)
失血が続き力が抜ける。
剣を握る腕に力が入らなくなっていく。
(有り得ない……!! 俺さまは勇者だ……!! 勇者がこんなヤツにやられるワケがねぇ……!!)
痛みと恐怖から足がからみ、クリムは尻もちをついて倒れた。
エイサの魔法剣が容赦なく、暴風をまとってクリムを襲う。
「ちょ、待っ……悪かったああ!! 俺が悪かったからああああああ!! 謝るから許じでぐれええええええ!!!!」
「……ッ!?!?」
あまりにも情けなく命乞いをしだしたクリムの姿に、エイサは思わず動きを止めた。
これが自分が憧れていた勇者の姿なのか?
情けなさすぎて剣を振るう事に躊躇するほどだ。
とても戦場にいる人間の姿には見えなかった。
「くっ…………!!」
エイサの中に迷いが生まれる。
クリムは許せない。
簡単に心を改めるような善人ではない根っからのクズだ。
だが、もしも本当に心を改めて罪を償う気持ちがあるのなら……。
その時、ズンとダンジョンが再び揺れた。
サンドワームだ。
まだ近くにいる。
その瞬間、エイサの注意が自分から外れたのをクリムは見逃さなかった。
「しょせんは冒険者だな……!!」
モンスターの気配に敏感すぎるのだ。
モンスターを殺すという意識が体に染みついている。
それは優秀な冒険者である証だろう。
「優秀でいてくれてありがとよぉおおお!! 訓練以外で人間を相手にした事のない素人めッ!!!!」
その一瞬でクリムが優勢になった。
心臓をめがけたクリムの一撃に対し、エイサは防御スキルを展開せざるを得なかった。
「しまった……!?」
それも、わずかに遅い。
クリムの攻撃はエイサのスキルが展開されるよりも早かった。
出現した風の防壁には魔法剣の先端が突き刺さっている。
完全な防御が出来てない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」
「くっ……!?」
ズザザザザザザザ……!!
エイサは一気に壁際まで押し込まれた。
死にかけていた男の力とは思えない怪力だった。
剣先が押し込まれていくほどに防壁にはヒビが入り、徐々に崩れていく。
「先っぽだけだからさ……! 力抜けよぉ……!! 痛いのは一瞬だ。すぐに済む……!!」
「くっ……うぐっ、がはっ!?」
クリムの剣先がジワジワとエイサの胸を貫いていく。
クリムには人を殺す事への躊躇など一切ない。
「うっ、ぎゃ……あああああああああああああ!!!!」
「悪いのはお前だぞッ!? 俺さまを疑うからこうなったんだからなぁッ!?!?」
俺さまはいずれ王に……いや、王すらも超える男だ!
神になる男なんだよ!!
神を疑うな!!
愚民どもは神を妄信だけしていれば良いんだ。
それすらできないバカは俺さまの世界に必要ない……!!
「この世界は俺様を中心に回っているんだよ……!!」
死への恐怖と不都合への怒りが混じりあい、クリムの狂気はかつてないほどに高まっていた。
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