095:勇者は逃走する⑤ ~追放サイド~


「エ、エイサ……!?」


 音と振動で異変を察知し、合流地点から様子を見に来たのだろう。


 しまった。

 どこから見られた?


 なんて考えるのは意味のないことだった。

 エイサのその表情が、クリムにとって都合が悪い部分を含めて目撃してしまったのだと物語っている。


「ク、クリムさま……? 今のは……ミクール?」


 意外にもクリムは落ち着いていた。

 見られてはいけない場面を見られてしまったが、まだ致命的なミスではない。


 なぜならエイサは自分に心酔しているから。

 俺ならエイサを言いくるめられる。


 そう考えていたからだ。


「……違う。ミクールは死んでいた。ダンジョンの魔力にあてられてサンドスケルトンになっていたんだ」


 かなり無理のある話だ。

 だが勇者が言えば全てが真実となる。


 クリムは本気でそう思っていた。


 世界は勇者を中心に回っている。

 勇者の言葉が、勇者の行いが、全て正しいのだ。


 もちろんそれはクリムの中だけの話である。


「ここは危険だ。はやく離れ……」


 いつサンドワームがこちらに向かってくるか分からない。

 ミクールが囮として有効活用できている内に大穴から離れようとするクリムは、自然とエイサの方へと向かう事になる。


 そんなクリムに向かって、エイサは短剣を構えた。


 喉元に突き付けられたその短剣には、クリムは見覚えがあった。

 ミクールが持っていた短剣と同じ形状だ。


「なっ……!?」


「いくらクリム様の言葉でも、そんな話は信じられません……ミクールの、あの子の魔力は正常でした。あの子と私は同期なんです……私にも仲間の魔力の変化くらいは分かります!!」


「お、おいおい……落ち着けって……!」


「今までもそうやって生き延びてきたんですか? 仲間を犠牲にして自分だけ……? だったらアナタは勇者なんかじゃない……!! ただの人殺しです……!!」


「お、おい! 落ち着けって!! 心を乱すな!! 魔力が漏れるとモンスターを引き寄せる事になるんだぞ!?」


 クリムは自分の失態を棚に上げてそんな説教じみた説得を試みるが、エイサには通用しなかった。

 エイサは完全にクリムを敵と認識していた。


「モンスターはアナタですよ!!」


「だったら国に戻ってから俺を告発して裁けば良いだろ!? 今ここで争えば、ミクールの犠牲も無駄になるんだぞ!?」


「なにが犠牲ですか!? 白々しい!! あの子はアナタが……」


 クリムはこれ以上の説得は無駄だと悟った。

 盲目的に勇者を信じている、クリムにとって最高に都合の良い女だと思って期待していたのに。


「とんだ期待外れだぜ……!!」


 クリムは魔法剣を出現させた。

 

「なっ……!? 正気ですか!?」


 魔力がモンスターを呼び寄せると言っておきながら、自分は魔法剣を使おうというのだ。

 正気を疑われてもしかたがない。


「お前のせいだぞ!! お前がバカでいてくれないから!! だから愛してやれないんだだろうがああああああ!!!!」


 慌ててエイサも魔法剣を使わざるを得なくなる。


「くぅっ……!! アナタと言う人は……どこまでも……!!」


 エイサはクリムを殺すつもりなんてなかった。


 それでは自分までクリムと同じところまで堕ちてしまう。

 そんなのはごめんだった。


 短剣など威嚇のために構えたに過ぎず、最初からクリムの言う通り国に戻ってから裁きを受けさせるつもりだった。


 だがこうなれば、殺すしかない。

 クリムの目は狂気に染まっていた。


 エイサも「相手が人間だから」なんて甘い考えは捨てて本気で魔法剣に力を込める。


 勇者への憧れは本物だった。

 だからこそ、エイサにはクリムの凶行が許せない。


【紅蓮斬】レッドロータス!!」


【風刃撃】ウィンドブレイズ!!」


 ギャリリリリリリリリリリリィィッッッッ!!!!


 小さな空洞の中で火と風がぶつかりあった。

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