093:勇者は逃走する③ ~追放サイド~
「道を戻った場所でエイサと合流する手はずになっています。こちらの道は行き止まりでしたから、戻りましょう」
明かりを持つミクールに先導され、クリムは空洞を進んでいった。
ミクールも安易に魔法剣をつけない今の状況を理解しているらしく、普段ならお守り代わりでしかない短剣を片手に慎重に進む。
魔法剣が最大の武器である人類に金属製の武器なんて不要なのだ。
クリムはそんな物は持ち歩いてすらいない。
(あんな短剣、モンスターの前ではオモチャにもならない。魔法剣なしでは護衛として使うにも頼りないな。やはり囮として、いざという時に俺の盾になるよう誘導しておいた方が良い……)
クリムは自分の身を守る事だけを思案していた。
サンドスケルトンに出会ってしまったらどうするべきか……。
サンドワームに見つかってしまったらどうするべきか……。
自分が前に出て戦えない理由、自分だけ力を温存するべき理由を探す。
合体技で魔力切れだという事は説明しておいた方が良いな。
あの威力を見ているのだから充分な説得力があるハズだ……時間が経って魔力が少し回復しているから、本当はまだちょっとくらいなら戦えるんだけどな
それも他の勇者がいなければバレない。
サンドワームとの戦いで負傷した事にもしておいた方が良いか。
魔法剣を使えないのはミクールたちも同じだ。
予備の武器なんかを渡されたら俺も一緒に戦わないといけなくなる。
あんなオモチャ以下の武器でモンスターと戦うなんて有り得ないぜ……流砂の影響も利用して、先に身体の痛みでも訴えておくか?
「エイサと合流できたら、オリバ様とアイリ様を探しましょう。せめて生死だけでも確認しないと……勇者さまたちを置いては帰れませんよね。もしかしたら大怪我で動けなくなっているのかも知れません!」
ミクールが仲間たちの心配を口にするが、クリムの耳には全く入っていなかった。
「それから、なんとかして撤退しましょう。やはりキキーさまの言葉に従うべきでした。キキーさまは最初からあのモンスターの恐ろしさに気づいていたのでしょう……私たちの判断ミスです。せめてあの化け物の情報だけでもだれかが生きて帰って伝えなければ、死んでいった仲間たちが浮かばれません!」
ミクールという少女はまだ若く幼かった。
冒険者としての経験もまだまだ未熟である。
だがモンスターの巣窟であり敵陣の本拠とも言えるダンジョンでも冷静さを失わない状況判断能力と、未熟ながらも自らの過ちを受け入れて思考を切り替える柔軟性を持ち合わせた優秀な人材だった。
今の自分たちにできること、やるべきことをしっかりと考えて言葉にすることができていた。
しかし今のクリムにとってそれは耳障りなノイズに過ぎなかった。
ミクールの口から出た名前に、クリムの額に浮き上がった血管がピクピクと震えた。
「うるせぇ!! なにがキキーさまだ!? 俺様の命令に逆らうようなヤツは、もう勇者パーティでも仲間でもなんでもねぇ!! アイツが俺様の指示に従わないからこんな目にあってるんだろうが!!??」
「えっ!? あっ、ク、クリムさま!? 今は魔法剣は……!!」
突発的な怒りに反応し、クリムの手には魔法剣が出現していた。
「あっ……?」
魔力は心の力とも言われるほど、使い手の精神状況に左右される。
中でも火の魔法剣は攻撃的な魔法剣であるため、攻撃的な感情に影響を受けやすい。
何度も何度も重なったストレスに、クリムは感情のコントロールができなくなっていたのだ。
キキーが協力していればサンドワームを倒せたと、クリムは未だに信じ込んでいる。
極限のストレスにより、クリムの脳内ではキキーは裏切者であり、今の自分をこんな状況に追いやった張本人だとまで逆恨みが加速していた。
ズズズズ……。
空洞の壁で砂が振動する。
それはどんどんと揺れを強くしている。
もう何度も感じた、ここでは恐怖の象徴とも言える異様に小刻みでなめらかな奇妙な振動だ。
「し、しまった……!!」
サンドワームが、来る。
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