078:魔界のダンジョン④


「ゲギャッ」


 短い悲鳴と共に1体目のゴブリンの頭部が破裂した。

 真っ先にヴィータに飛び掛かった切り込み隊長と呼ぶべき勇敢なゴブリンだったが、ヴィータの拳を避ける事も防ぐ事も適わなかった。

 痛みすら感じる間もない即死である。


 その様子に怯むかと思ったが、予想に反してゴブリンたちは怯む事なく飛び掛かってくる。


 自分を信じてこの場を任せてくれたオトワたちに飛び火しないようにと、ヴィータは自分の方からゴブリンの群れに突入するように前進する。


「30体は居るわね……けっこうな数だけど?」


「ふふ、ダーリンの相手をするにはまだまだ足りないくらいだな!」


 冷静に戦況を分析するエノンに、オトワは余裕をもって笑って答えた。

 その笑みはヴィータの実力への信頼の証である。


 そのヴィータは少しだけ思考する。


(遺跡の調査もダンジョン攻略の目的の内……だったら遺跡を傷つけるのは良くないよな?)


 ゴブリンたちをまとめて消し飛ばす事は可能だ。

 むしろその方が簡単で楽に済む。


 鍛え抜かれて人知を超えたヴィータの拳は、その気になれば衝撃で大爆発を起こす事ができる領域にまで至っている。

 強めの一発でゴブリンたちを一掃できるだろう。


 だが、それでは遺跡まで巻き込むことになってしまう。


 遺跡のオーパーツ探しに悪い影響を当たえてしまう事になるだろう。

 それはパーティの望むところではないハズだ。


(だったら、地道にいくしかないか)


 仕方がないので一体ずつ倒す事にした。


 1秒にも満たないわずかな時間だが、集中状態のヴィータは超高速思考で結論を出した。


 数多の戦場で磨き上げられたのは肉体だけではなかった。

 ヴィータは戦闘のための思考力もまた、人並みなずれているのである。


(人間界のゴブリンに比べると肉体の強度もかなり上がっている。だが、威力は充分)


 ヴィータは1体目を倒した時、拳に伝わる感触からゴブリンたちの耐久値を把握していた。

 必要最小限の威力で、速度を重視した攻撃に切り替える。


 シュパッ。


 音が遅れるほどの超高速の攻撃、【空打】。

 攻撃の余波で嵐のように暴風が巻き起こる。


 一発の打撃音と共に、ヴィータに飛び掛かろうとしていた周囲のゴブリン6体がその頭部を破裂させる事になった。

 空気を殴って圧縮して飛ばすだけの簡単な攻撃だが、その破壊力は申し分ない。

 視認すらできないため、ゴブリンたちは1体目と同じく死んだ事にすら気づいていないだろう。


(ん……?)


 一瞬でゴブリンたちの群れが半壊したところで、更に遺跡の中から増援が現れた。


 巨体で派手に着飾ったゴブリンが1体と、他の個体より一回り大きな身体の個体が4体。


 着飾った姿は今度こそリーダーだろう。

 大きめの個体はホブゴブリン……戦闘力の高い亜種のゴブリンか。


 ヴィータは瞬時に判断し、戦力を分析する。


 ホブゴブリンの危険度はB+と言ったところだろう。

 そしてホブゴブリンを取り巻きにしたリーダーらしき個体は……恐らくは危険度Aランク!


「グギャガァァァオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!!!」


 リーダーの咆哮と共に、生き残りのゴブリンたちの動きが変わった。

 まるでリーダーを守るような壁を作り、ホブゴブリンたちが最前線に立つ。

 陣形を組んだのだ。


 通常、人間界のモンスターは高い知性を持たない。

 だがこの場ではAランクのリーダーを旗頭に、Bランク越えのゴブリン部隊が統率されている。


 知恵を駆使したモンスターとの戦いなど、単純な個体の危険度では測り切れないだろう。

 ここが人間界のダンジョンだったなら、Aランク以上の危険度に認定されてただろう。


 まだまだ奥がある事を考えればSランク以上に認定されてもおかしくはない。


 勇者パーティなら、この場で簡単に全滅するハズだ。

 ……ヴィータがいなければ。


「グギャガアアアア!!」


 リーダーが再び雄叫びを上げ、手にしていた長い剣をヴィータに向かって振り上げた。


 まるで「殺せ!」と指示を出すような動きに合わせ、ゴブリンたちが動き出す。


 次の瞬間、ゴブリンたちの視界からその姿が消えた。


 スキルでもなんでもなく、ヴィータはただ素早く動いただけだ。


 パパパンッ。


 ゴブリンたちがヴィータの姿を探す間もなく、リーダーとホブゴブリンは頭部を失った。


(やっぱり、こっちが楽だな)


 威力の調整には神経を使う。

 今まで周囲の事など気にする必要がなかったため、ヴィータにとってそれは慣れない作業だったからだ。


 ゴブリンよりも強力なホブやリーダーは耐久値も上昇しているだろう。

 だが威力の調節を間違えると、貫通した攻撃が遺跡を破壊する事になる。


 同じようにまずは1体仕留め、耐久値を確認すれば問題はない。

 だが、少数を相手にするのなら直接攻撃した方が簡単だった。


 移動して殴る。

 ただそれだけの単純作業によって統率者を失ったゴブリンが逃げ惑う。


「ゲギャーーー!!」


「お……?」


 予想外の行動にヴィータは少しだけ驚いた。

 人間界ではモンスターが逃げるなんて行動をとるのを見た事がなかったからだ。


 ただ、驚いたのは一瞬だ。

 すぐに思考を切り替え【空打】で生き残りを殲滅する。


「こんなものか」


 殲滅に時間などかからなかった。

 Sランク以上の危険度のハズの戦闘を、ヴィータはほんの数秒で終わらせたのだった。







「ねぇ、オトワ。アイツって本当に人間なの……?」


 その光景を見ていたエノンは呆れたようにオトワに聞いた。


「うむ!!」


 オトワは根拠もなく良い切った。

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