072:勇者は苦戦する⑧ ~追放サイド~
ついにクリムから離れていた冒険者たちが全て消え、最後には勇者パーティとエイサ、ミクールだけになった。
薄暗いダンジョンの中には静けさだけが残る。
キキーがいなくなった今、ダンジョンの中を照らすのはクリムが放った炎の残り火と、火の魔法剣の使い手であるミクールが作り出した火球スキルによる明かりだけだ。
残ったメンバーが未だ正気を保っていられたのは「勇者なら何とかしてくれる」という願望めいたい希望があったからだ。
逆に最初に限界を迎えたのは、その勇者であるクリムだった。
「くそ!! いい加減、こっちにきやがれ!!!! クソミミズが!!!!!!」
恐怖と我慢の限界を迎えたクリムが喚きながら魔法剣を振り上げようとした時、不意に砂嵐が収まり始めた。
ズン、と。
天上から巨体が落ちてくる。
それはまるで挑発に乗ったかのようなタイミングでクリムたちの前に現れた。
「なんだコイツは!?」
「これが……このダンジョンのボス!?」
形状から巨大ミミズのワームに近い種に見えるが、よく見れば全く別のモンスターだった。
人間よりも巨大で太く蛇よりも長い胴に、荒い鱗のような外皮。
顔はなく先頭には上下左右に開くクチバシのような口だけがあった。
その口の中にはビッシリと並ぶ小さな牙。
見たことのないおぞましい姿のモンスターだった。
ワームに似ているが、まるで異質な形状のドラゴンのようにも見える。
ワームはミミズが魔力の影響で巨大化しただけの低級モンスターだ。
森や沼の近くで他のモンスターたちのエサにされているのが良く見つかるくらいで、冒険者たちの敵ではない。
(ワームの変異個体か!?)
一瞬、スライム魔王の姿が脳裏によぎったが、クリムはそれを「バカな」と振り払った。
魔王レベルの変異体が次から次に現れるワケがない。
ドラゴン級のワームなんて聞いたことも見たこともない。
「やっと姿を現しやがったか!! わざわざやられに出てくるとはな、バカめ!!」
だったら見た目が変わってもワームはワーム。
姿がハッキリ確認できない内はどんな化け物なのかと怯えていたが、正体が分れば何と言う事もない。
しょせんはザコだ。
サブパーティのヤツらめ、俺さまが勇者様の貴重な時間をかけて審査してやったのに何の役にも立たずに死んでいきやがって!!
俺さまのサポートにきたくせにこんなワーム如きにやられるなんて本当に情けないヤツらだぜ!!
「死ねぇ!!!!
ワーム如きに勇者の俺さまが負けるワケがない!!
俺さまはそこらのザコ冒険者とは違うんだよぉッ!!
クリムは残っている力を込め、最大火力で必殺技をぶっ放した。
火の魔法剣の真っ赤な刃から伸びるのは圧縮された炎の斬撃である。
ズギャギャギャギャギャーーーーッッ!!!!
朱色に染まった斬撃はワームにぶつかり爆ぜた。
爆炎と轟音が洞窟の中に反響する。
「よしッ!!」
今度は真正面から、間違いなく直撃した。
人類最高の魔法剣が放つ、最強の一撃。
ワーム如きがくらえば、跡形も残らないだろう。
クリムはそう確信してニヤリと笑みを浮かべる。
炎と煙の奥で影が蠢いた。
その影は倒れるのではなく、逆にゆっくりと首をもたげる。
「な、なにぃッ!?!?」
ワームは生きていた。
その外皮には傷1つ付いていない。
最初の一発も、当たらなかったのではない。
まるで当たっていないと錯覚するかのように、全く効かなかっただけなのだとクリムはやっと気が付いた。
「バ、バカな……!?」
ワーム如きが俺様の攻撃に耐えられるワケがない。
そして、思い出す。
魔界の荒野に潜む伝説の砂龍サンドワーム。
砂嵐と共に現れ、雷を纏うと言われる変異ドラゴン。
このダンジョンの名前にもなっている誰もが聞いたことがあるモンスターだが、その姿を見た者はおらず、実在しないと結論付けられた。
クリムは確信した。
目の前のワームこそがサンドワームの伝説が生まれた理由なのだと。
いや、コイツはサンドワームそのものに違いない。
そうでなければ俺さまの必殺技で死なないワケがない。
俺たちは今、伝説に遭遇しているのだ……!!
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