071:勇者は苦戦する⑦ ~追放サイド~
サブパーティのメンバーたちの行動はハッキリと分れる事になったが、その多くはクリムと共にダンジョンに残る事を選んだ。
キキーと共に撤退を選んだのはわずか4名。
キキーと同じ木の魔法剣の使い手であるテリエを筆頭に、ほとんどがサポート型の冒険者たちだ。
彼女たちはこのダンジョンの中の短い時間で、キキーのその優秀さを思い知った。
だからこそ、キキーの言葉が、キキーの判断能力が正しいと信じる事が出来たのだ。
サブパーティのリーダーであるエイサや、クリムと同じ火の魔法剣の使い手であるミクール。
彼女たちもキキーの優秀さには気づいていた。
だがそれ以上にクリムの持つ「人類最高の勇者」という称号を妄信してしまっていた。
それは魔法剣至上主義の世界のおいて、王に次ぐ名誉である。
そして冒険者としてはその頂点にたつ存在である事の証明でもある。
そんな称号を持つクリムの言葉には、根拠などなくとも彼女たちを納得させるほどの力があるのだ。
ここまでのダンジョン内でサブパーティが苦戦するほどの強敵と呼べるような相手はいなかった。
ついに勇者クリムの本気の戦いが見れるに違いない。
姿の見えない敵への恐怖よりも、そのことへの期待が大きかったのだ。
だからエイサたちはダンジョンに残ったのである。
勇者クリムが自分たちを救うと信じて……。
「さぁ、勇者パーティの力を思い知りやがれ!! クソモンスター!!」
そのクリムはどこにいるのかも分からないモンスターに啖呵を切って魔法剣を構えた。
これまでに大技を使いすぎて、その剣がいつもより重たく感じる。
だが、コイツが最後だ。
ボスを倒せばダンジョン攻略は終わり。
他にモンスターが残っていてもザコだけだ。
ここで活躍して勇者の力を見せれば、帰り道は全員が俺様を崇め称えるだろう。
そう、あのクソデカい蛇みたいなヤツを倒せば終わりなんだ。
簡単な事だろうが。
何が撤退だ!?
キキーめ……俺様に歯向かうなんて許せねぇ!!
クリムはそんな怒りを力に変え、魔法剣を握りしめる。
「さぁ、隠れてないで出てきやがれ!!!!」
火と煙は時間と共に収まってきているが、どういうわけかモンスターが巻き上げた砂埃は収まる様子がなかった。
ダンジョン全体に響くような小さな振動は常に続いていて、敵がどこからくるのか予測もできない……。
「全員、俺の方に集まれ! 離れていては守り切れないぞ!!??」
クリムの声を中心に陣形を組みなおそうとするが、敵はそれを許さなかった。
「ぐわあっ」
「きゃあっ」
敵はまるで闇の中に潜む暗殺者のように、次々と冒険者たちに音もなく襲い掛かった。
サブパーティの数がどんどん減っていく。
なんとか勇者パーティの3人は合流できたが、サブパーティはずっとクリムの側にいたエイサだけしか合流できていない。
「
ダンジョンの砂は異常は勢いで水を吸うため、オリバの水で砂を固める事もできない。
「
アイリの風で砂埃を払おうとしたが、余計に砂嵐が巻き起こるだけだった。
このままではキキーの言う通りになる。
そう焦ったクリムがオリバとアイリに指示を出したのだが、どれもこの状況を打破する事はできなかった。
このまま待っていては被害が大きくなるばかりだ。
だが移動しようとすると狙われる。
「みんな、動かないで! 敵は振動を感知している可能性があるわ!」
「ぐがぁっ」
パーティの頭脳であるアイリは過去のモンスターとの戦いからそう推測したが、それも無意味だった。
「ひぃぃ!! 守ってくれるんじゃなかったのかよぉ!! 俺はもうイヤだぁぁぁ!! ……ぎゃっ!」
当然、いつ自分がやられるか分からないという恐怖から逃げ出す者もあらわれた。
何も見えず、状況すらも理解できないまま、いつ自分が殺されるのかも分からない状態が続く恐怖は、様々なモンスターとの戦いを生き抜いてきた実力のある冒険者たちですら耐えられないほどのものだった。
ザラザラとした砂嵐に紛れて聞こえるのは犠牲者たちの短い悲鳴だけだ。
襲われてすぐに砂中に引きずり込まれるのか、悲鳴はいつも不自然に途切れる。
即死なのか?
生き埋めにでもされているのか?
何も分からないからこそ、恐ろしい想像が浮かび上がってくる。
絶対に負けないと大見えを切ったクリムや勇者たちですら、この状況には多大に神経をすり減らしていた。
一人消える度に、どこかで「それが自分でなくて良かった」と安堵するのを自覚するほどに。
ダンジョンに残る事を選択した者たちも、逃げ出したくなる気持ちが理解できてしまう。
だが、逃げ出した者のその末路は決まっていた。
逃げようとした者は必ず襲われる。
この場から逃げられたのはキキー達だけだ。
何故かキキー達は襲われることなく撤退できた。
その理由もクリムたちにはわからないままだ。
ただひたすらに、どうしようもない恐怖がクリムたちを砂嵐と共に包み込んでいた。
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