070:勇者は苦戦する⑥ ~追放サイド~
砂煙で悪くなった視界は、クリムの巻き起こした爆炎と煙によって更に悪化した。
崩壊する砂壁の一部が炎と共に降り注ぎ、クリムたちのいる部屋は一気に危険地帯と化した。
閉鎖的な地下ダンジョンの中での魔法剣による全力攻撃だ。
とっさにキキーとアイリが防御スキルを使っていなければ、他の仲間たちにまで被害が出ていたであろうめちゃくちゃな攻撃である。
自身が放った全力の必殺技にクリムは勝手に手応えを感じていたが、実際には敵の悲鳴すら聞こえない。
そしてダンジョンに響く振動が止まる事もなかった。
「あのバカ……っ!!」
キキーはクリムの自分のエゴを優先した身勝手な行動に悪態をつきながらも、地中に伸ばした根を更に広げる事に集中した。
(クリムの攻撃程度で「やれる」相手じゃないのが分らないのか……!!)
敵を仕留めきれず、ただ煙幕のように視界を悪くしただけ。
クリムの攻撃は間違いなく最悪の一手だった。
それも過信した自分の力を見せつけるためという低俗な理由なのだから
視界の悪すぎるこの状態ではどこから攻撃されても奇襲になりえる。
キキーは地中へと姿を隠した敵の姿をできるだけ迅速に捉えたかったが、上手くいかない。
「くっ……!!」
水とも風とも相性の良い木の魔法剣だが、唯一、火だけとは相性が悪い。
ただでさえ広範囲に防御スキルに力を使わざるを得なかったうえ、クリムの火によってスキルが邪魔されてしまい探知の精度が落ちていた。
そして探知よりも早く、次の攻撃が来る。
「ぎゃっ」
短い悲鳴はキキーよりもさらに後ろから響いた。
「なにっ……!?」
さきほどの敵が再び現れたにしては、やけに振動が小さかった。
悲鳴がなければ気づかけない程に静かな攻撃である。
あの巨体で、どうやって……?
「はっ……! これは……」
キキーは自分の足元が沼地のように柔らかくなっている事に気が付いた。
砂がかすかに振動している。
(さっきの巨大な振動は、このためか……!)
周囲の砂を振動させ、軟化させたのだ。
そのせいで先ほどよりも砂中での移動がスムーズになっているである。
より静かに、そして素早く。
砂埃と火煙と、そして火の魔力のせいで攻撃のタイミングが探知できない。
今、この戦場にはノイズが多すぎた。
クリムの大技によって混乱が生じ、サブパーティの陣形も崩れてしまっている。
「みんな陣形を立て直して! 一度、退く!!」
このままでは全滅もあり得る。
キキーはそう判断してすぐに指示を出した。
普段、大声なんて出さないから喉が痛い。
それでも振り絞るように出した声は、しかし別の大声によってかき消される。
「なんだと!? キキー!! 勝手な指示だしてんじゃねぇッ!! リーダーは俺だろうがああああ!!!!」
クリムだ。
煙幕に隠れてしまって姿は見えないが、声でわかる。
クリムが煙の向こうでどんな表情をしているのか、想像できる気がした。
「何を言っているの!? このままだと全滅する!」
「勇者パーティがこんなダンジョンで全滅するわけがないだろうが!! 俺が倒す!! サブパーティのヤツらは自分の身を守ってろ!! 勇者パーティの力を見せてやるからよぉッッ!!!! やるぞ、オリバ! アイリ!!」
「は、はい!! クリム様!!」
「わ、わかってるわよ!」
そもそもクリムの無計画な攻撃のせいでここまで事態は悪化しているのだ。
慎重に行動すればもっと安全に逃走できた。
その上、更に戦闘を続けようと言うのなら、この男は正真正銘の大バカ者である。
そして未だに勇者の力を妄信している2人もだ。
「……だったら勝手にしろ!!」
キキーはそれ以上、クリムたちの相手をするのは無駄だと判断した。
クリムと共に死に急ぐのか、あるいはキキーと共に退く事を選ぶのか。
後は各々の判断に任せるしかない。
少なくともキキーは、クリムに巻き込まれてここで無駄死にするつもりはなかった。
「お、俺たちはどうすれば……!?」
「ゆ、勇者クリムが勝つと言ったんだ! 俺は信じる!!」
「でも、何も見えないこの状況でどうやって……!?」
「い、いやだ……! 死にたくない……死にたくないぃ……!!」
キキーとクリムの指示が割れた事で、冒険者たちは戸惑っていた。
死への恐怖と冒険者としての誇りの間で揺れているのだ。
「このままでは死人が増えるだけだ!! 死にたいくない者は私と共に退きなさい!! 道は私が作る!!」
キキーは探知の範囲を狭く、退路の周囲に限定した。
最前線に立つクリムたちは守れなくなるが、どのみち守り続ける事も不可能だ。
クリムが頭を冷やさない限り、冷静に対策を立てない限りこのパーティはここで負けてそして死ぬ事になる。
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