064:魔王城の朝は早い③


「ダーリン♡」


「うぉっ!?」


 地下室への扉を開けると、気配に気づいていたのかオトワがヴィータに飛びかかるようにして抱き着いてきた。


「起こせなくてごめんな。ぐっすり眠っていたから……フフ、可愛い寝顔だったぞ♡」


 と、上目遣いでニヤリと笑う。

 ヴィータにはそれが本気で言っているのか、それともからかっているつもりなのか判断が付かなかったが、どちらにせよ胸がキュンキュンするのには変わりがない。


(この魔王、可愛すぎないか??)


「それと、ちょっと準備があってな……ダーリン、朝食は済ませたか?」


「あぁ、エノンが用意してくれて」


「そうか! エノンは良いメイドだろう!」


「うん。良いメイドだと思う」


 昨晩はオトワがなかなか寝かせてくれなかったためヴィータの瞼はまだまだ重たかった。

 肝心のオトワはと言うと朝から元気満タンの様子である。


 そんなオトワのパワーにあてられたのか、あるいは胸の高鳴りからか、ヴィータの目も冴えて来た。


「それで、準備って?」


「ん! これだ!」


 そう言ってオトワが見せたのは、手に持っていた小さな丸い物体だ。


 その物体にはヴィータも見覚えがあった。

 つい先日、初めて見たから強く印象に残っている。


「ワープポータル?」


 ヴィータが人間界から魔界まで来るために使った転移装置だ。


「そうだ。今日はこれを使うからな! 起動させるのに準備が必要なんだ」


「どこか行くのか?」


 そういえば、あの時も「準備に時間が必要」だとか言って一晩待った。

 そんな事を思い出しながら、ヴィータは何気なく行先を尋ねる。


「どこって、そんなの決まっている!」


 オトワは元気いっぱいに胸を張る。

 立派な胸も元気いっぱいに揺れた。


「せっかくダーリンが我らのパーティに加入したのだから一緒にダンジョン攻略に行くぞ!」


 と、そんな事を言い出した。


 確かにパーティへの加入手続きはしたが、それにしても急である。


「大賢者は何でも知っている。ポータルを動かせるのは私だけ」


「うぉ!?」


 何故かヴィータの背後からマインが現れた。


 マインの部屋なのだからマインがいるのは当たり前なのだが、とにかくマインには気配がない。

 オトワに気を取られていたにしても、存在感が希薄すぎるのだ。


 ヴィータは人間界で以前、暗殺者ギルドからの謎の刺客に襲われた事があった。

 ……のだが、余裕でその気配を察知できたため、大怪我にならないように手加減したうえで普通に返り討ちにした。

 返り討ちにした相手は暗殺者ギルドでも最強だったらしい(返り討ちにした相手が「暗殺者ギルド最強のこの私が!?」とか言って驚いていたので多分そうなのだろう)が、それとは比べ物にならないほどに気配が無その物なのである。


「そういうワケで準備をしてもらっていたんだ」


「正確には、親機を動かせるのが私だけ。オトワが持っているのは戻ってくる時のための子機」


 ポータルは親機と子機に分かれるらしい。

 親機からは好きな座標に移動できるが、子機からは親機の元へしか戻れない。


 親機を使えるのは今の所、大賢者であるマインだけである。

 子機は誰でも使えるが、使う度に親機からのエネルギーの供給が必要になる。


 人間界から戻る時、オトワはその合図を城に残っている分身体でマインに伝えていた。


「大賢者は何でも知っている。君は私たちのパーティに加入した仲間だ」


「いや、知っているというか、今さっきそこでその話してたんだけど……」


 人間世界の大英雄を相手に特に緊張する事もなく話せるのは、相手がゾンビだからなのか、それとも思考が魔界に……オトワに馴染んできているからなのか。


「だから君が一緒にダンジョンへ潜れるように準備をしていた」


「そうだったのか。ありがとう」


「ダーリン、我らの準備は出来ているぞ! あとは……」


「アタシでしょ? 準備できてるわよ」


 そういってエノンもやってきた。

 食堂の片づけを終えたのだろう。


 早い。

 さすができるメイドである。


 無敵の突然変異体スライム、歴代最強魔王のオトワ。

 闇落ちした元英雄、大賢者のマイン。

 そして謎のスケルトン、なぜかメイドになっているエノン。


 人間が魔王と認定した怪物が3人、ここに揃っている。

 魔王と呼ばれるモンスターの危険度ランクは全てがSSSランク。


 エノンに関してはその素性も戦闘力も未知数なのだが、マインと互角に渡り合うほどの実力者だ。

 そして恐らくは、闇落ちの原因を作った相手でもある。

 弱いワケがない。


 そんな魔王たちが手を組み、1つのパーティを結成している。

 正真正銘のSSSランク魔王パーティである。


 人間界など簡単に滅ぼしてしまえそうな凶悪なパーティ。


 ヴィータはそこに加わったのだ。

 改めてそれを実感し、ヴィータは思った。


(これ、俺の出番とかなくない……?)

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