061:勇者はダンジョンへと挑む③ ~追放サイド~


 人類を守る長い防壁は区画に分けられ、番号が振り分けられている。


 防壁の西側にある第3区に関所。

 そこが今回のクリムたちが挑むダンジョン攻略のための集合場所になっていた。


 第3区防壁、グレイト・マイン・ウォール。

 伝説の大賢者の名がつけられた第3区のその防壁は、一度は魔王の攻撃によって破壊されてしまったが、偉大なる大賢者の魔術の奇跡によって一夜にして再建されたという逸話が残る一種の聖域だ。


 今でも大賢者はその魔力をこの壁に残し、人類を守っていると言われている。


「よし、全員そろってるな!?」


「「「はい!!」」」


 勇者クリムの呼びかけに選ばれし冒険者たちが声を揃える。


 ここには今、人類の持つ最上位の戦闘力が集結していると考えて良いだろう。

 Sランク勇者パーティと、その勇者に選ばれし冒険者によるサブパーティ……全員がこの場に集っているのだ。

 

 ただ1人、トンテオという謎の少女を除いて……


(ふぅ~、やはりあの女は来ていないか)


 クリムの予想通り、そこにトンテオの姿はなかった。

 その事実にクリムはホッと胸をなでおろす。


(そもそも途中で勝手に帰ったヤツをAグループに振り分けたりしてないし、今日の仕事についてだって教えてなんかいないが……暗殺者ギルドが匙を投げるような得体の知れない相手だからな。何を考えているかもわからん)


 トンテオは勇者クリムを軽々と凌駕するほどの火の魔法剣の使い手であり、そしてクリムと同じ伝説の勇者と同じ風貌を持つ少女だったが、それ以上に「ヴィータがいないと分かると勇者パーティから興味を失う」というクリムにとって絶対的に価値観が狂ったおかしな少女だった。


(なんだよ、ヴィータがいないパーティに価値がないってのか!? バカか!?!?)


 それを思い出しただけで屈辱的な感情が蘇るが、今のクリムにはむしろ「いないでいてくれてありがたい」という気持ちが勝る。


 クリムはまだトンテオをどう扱えば良いのか分からないままなのだ。

 行動パターンも予測できない。


 どこからか情報を得て、この場にノコノコと出てこられてもクリムは困るのである。


 トンテオが大人しくクリムの指示を聞くとはとても思えず、しかも戦闘能力はトンテオが遥かに上だ。

 最悪の場合、その力で勇者パーティを乗っ取られるとさえ考えていた。


 勇者より強い存在などこの場にいてもらっては困る。

 そんなのはクリムにとって都合が悪すぎるのである。


「みんなよく集まってくれた! さすがは俺たちが選んだ冒険者たち……魔界に怯えて逃げ出すような腰抜けは誰一人としていなかったようだな! では、覚悟は良いな!? 行くぞ!! 君たちにとってこれが勇者への第一歩となる!!」


「「「うぉー!!」」」


 関門に用意された高台から勇者パーティのメンバーたちが激を飛ばす。


「さぁ、クリム様に続きなさい!!」


「ボサっとしてると置いていくよ!」


「…………ッ」


 唯一、木の勇者キキーだけは不機嫌そうな顔をしたままだが、それでも拳を突き上げて冒険者たちを沸かせた。


「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」


 最強勇者のはずのクリムより女性陣への歓声の方が大きい気がしたが、クリムは見なかったことにして馬車に乗り込んだ。

 冒険者たちも勇者パーティに続いてそれぞれ用意された馬車に乗り込む。


 関門の巨大扉が開き、馬車が勢い良く荒野へと飛び出した。


 前日の審査によってAグループに内定した者は10名。

 それを2台の馬車に分け、勇者パーティの馬車が先導する。


 3台の馬車で連なってダンジョンへと向かう。


 目的地は荒野のダンジョン、砂龍の地下墓。

 発見当初は伝説の砂龍、サンドワームの巣だなどと噂されたりもしたが、今ではそれはデマだと判断されており、現れるのはサンドスケルトンと呼ばれるダンジョンに渦巻く魔力で動きだしたモンスターの死骸たちくらいだと言われている。

 サンドスケルトンたちの危険度はベースとなった死体の種類によって変化するが、高くてもBランクほど。


 ダンジョンが魔界という環境に出現した事を考慮して高めに見積もったとしても、ダンジョンの危険度はAランクの下と言ったところだろう。

 その程度のレベルのダンジョンがSランク勇者パーティの相手になるはずもなく、むしろサブパーティの力を試すにはちょうど良い難易度だろう……とクリムは判断している。


(……ん?)


 クリムが馬車から周囲を見渡していると、荒野の砂の海を走る影が見えた。


 ダンジョンへ向かう馬車の足音に、砂を泳ぐ肉食魚のモンスター、サンドフィッシュが気付いて寄って来たのだ。

 だが、砂から飛び出たその背ビレが馬車に近づいてくる様子はなかった。


 遠巻きに観察するような動きをするが、一定の距離を保っている。


 クリムはそれを見つけた時こそ警戒したが、すぐに警戒をやめて馬車に寝転がった。


(フン! 考える脳ミソを持たないモンスターどもでもさすがに分かるか……今の俺たちに近づくのは無謀だって事くらい!)


 砂龍の地下墓は防壁からそう遠くない場所にある。


 勇者であるこの俺が残党狩りなど、めんどくさい……。


 始めはそう思ってたクリムだが、今は少し考えが違う。


 ここ数日の間にたまりまくったストレス、吐き出すにはちょうど良い!!

 俺様の魔法剣が暴発しそうなんだよ!!


 サブパーティの力を見るつもりだったが、もうそんな事はどうでも良くなってきた……。

 俺様の炎で戦場を圧倒してやる!!


 冒険者たちの畏怖と憧憬と尊敬の視線を全て独り占めにする自分の姿を想像して、クリムは1人、ニタリと笑った。


 どいつもこいつも、俺さまの力に恐れ憧れ敬い、黙って従っていれば良いんだよ!!!!

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